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お前に掛けたれた賞金は安いからいつもなら見逃すのだが  作者: Soh.Su-K
第一章 二節 狗鬼討伐依頼編

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第31話 打てる手は打った

作戦開始。

数で負けても、勝ち筋はある。――そのために、すべてを出し切った。

 作戦開始当日。朝霧がわずかに残る薄曇りの空の下、広場に人々の気配が集まりはじめていた。

 結局、ブリジットが集めた冒険者の数は187名。街を拠点登録している冒険者のほぼ全員が顔を揃えている。長期依頼に出ている者以外、ほぼ例外なしだ。

 たった三日。ほんの三日でこれだけの数を集めてのけた。

 ブリジットという女、やはり只者ではない。

 そしてこれだけの人数が動けば、その報酬は想像したくもない額になる。軍が支払うことになる手数料を考えただけで、胃が痛む思いだ。


「二五〇には及ばんかったが、急造にしては上出来だの」

「……これで、本当にいけるのか?」


 俺は思わず、ぼそりと呟いた。不安で仕方がなかった。

 戦争の経験など、あるわけがない。

 斥候や奇襲、追跡戦ならば得意分野だが、こうも正面からぶつかる大規模戦となると、話が違う。

 だが、サリィンの顔には迷いが見えない。グローに至っては、むしろ楽しんでいるようにすら見える。


「数的には不利ですが、敵の多くは狗鬼(コボルド)です。警戒は必要ですが、勝算はあると見ています」

「腕が鳴るのぉ~、血湧き肉躍るとはこのことだな」


 軍人というのは、やはり分からない。

 以前、矮鬼(ゴブリン)を百体以上仕留めたが、あの時は十分な準備があり、策も道具も揃っていた。だからこそ勝てた。

 今回は違う。三百の狗鬼、それに単眼鬼(サイクロプス)と、その背後にいる指揮官。

 一網打尽にする手があるわけでもない。


「策と言えるモノもなく、勝てるのか……」

「心配性だのう、ガル。狗鬼の群れなど、戦場に慣れておれば難しい相手ではない」

「……問題は単眼鬼と、その指揮官です」


 サリィンの声には鋭さがある。


「まずは狗鬼の数を減らし、単眼鬼を炙り出す。それが初手です」


 作戦は単純だった。

 第三坑道の入り口前の広場に主戦場を設け、坑道から出てくる狗鬼を迎撃。その中に混じって現れるであろう単眼鬼を撃破し、さらに坑道内部の掃討戦へ。

 並行して指揮官を探し出し、首を取る。作戦はこれで終了だ。


「単純明快!これならば混乱も起こらん。寄せ集めでも何とかなるのぉ」

「出来るだけ白兵戦を避ける方針です。矢で削る、毒で弱らせる。混戦になれば、こちらの被害が増えます」


 砦の中に整然と並ぶ矢筒。

 すべてフィロー商会からの提供品だった。半弓(ショートボウ)用の安価な矢だが、その品質は決して侮れない。

 矢尻は毒水薬(ポーション)に浸されており、これは俺の提案だった。

 掠っただけでも半日と持たずに命を落とす、ゴールグ謹製の猛毒だ。

 加えて、柵が幾重にも巡らされ、狗鬼の突進を阻む構造になっている。

 さらに、その外側には木製の塀。冒険者たちはその上から矢を放つ。グローの提案によるものだ。

 戦とは、攻めるより守る方がずっと楽だという。

 荒削りではあるが、この広場は今や簡易要塞となっていた。


「これで負ける気はせんのぉ……」


 グローは深く煙を吸い込み、静かに吐き出した。

 その横顔に浮かぶのは、どこか獣めいた戦士の笑みだった。


「そろそろですね」


 サリィンの言葉に、俺とグローも中央へ向かう。

 冒険者たちのざわめきが徐々に静まり、視線が集中する。


「準備は整った! これより作戦を実行に移す! 目標は、敵指揮官の首級くび!」


 サリィンの号令に、兵たちが一斉に鬨の声を上げる。

 荒々しくも熱のこもった叫びだった。


「では、ガル殿、グロー殿、頼みます」

「任せとけ」

「見つかるのが仕事ってのも、なぁ……」


 グローと共に坑道へと向かう。

 奴らをおびき出すために、グローが設置した魔法を解除する必要があった。


「では、行ってくる」


 グローが淡々と魔法を解除し、坑道の闇へと足を踏み入れる。

 俺も後に続いた。


「奴さんも準備は整えておるだろう。単眼鬼は、そう易々とは出してこない筈じゃ」

「最終兵器、ってやつだろうな」

「だが狗鬼は……無限に湧いてくる可能性もある」

「となると、どれだけ早く単眼鬼を倒し、指揮官を見つけられるか……だな」


 俺達は足を早めた。



 坑道内は異様なほど静まり返っていた。

 湿った空気が肌にまとわりつく。土の匂い、鉄の匂い、それらが混ざり合って重く淀んでいる。


「やけに……静かだな」


 無意識に口をついて出た言葉が、思いのほか大きく響いた。


「あまり緊張するな、ガル」


 グローの声は落ち着いている。


「緊張すると、自分の声が大きく感じるものだ。もっと肩の力を抜け、動きが鈍くなるぞい」

「分かった……。だが、これは流石に……静か過ぎないか?」

「うむ……」


 グローは立ち止まり、周囲を見渡した後、俺の顔を見た。


「静かさの理由は二つ考えられる。ひとつは、単純に寝ておるだけ。しかし戦支度中に、見張りも巡回もおらんというのは……あり得ん」

「……だな」

「もうひとつは、この坑道には……もはや何もおらん、という線」

「まさか……撤退か?」

「もしくは、攻勢に出ておる」


 撤退となれば、木こりの町が戦場になる。

 敵もあちらに陣を張り、構えるつもりかもしれない。

 それなら、俺たちが築いたこの砦は無意味だ。

 だが攻勢ならば、他の坑道から別のルートを使って出ている可能性がある。標的は、この砦か、あるいは街そのものか。


「どちらかは……確かめるしかないな」


 グローは再び歩き出した。


「待て、街に行かれてたら……落ちるぞ?」

「街道には見張りを出しておる。何かあれば、すぐにサリィンへ連絡が行く。街は防備もあるし、何とかなる」

「問題は、こっちか……」


 砦が囲まれれば、補給路を断たれ、干し攻めの危険もある。

 寄せ集めの兵では、長期戦に耐えられない。


「敵の指揮官が、そこまで考える奴なら……厄介だな」

「分からん。だが単眼鬼は戦慣れしておったのだろ?ならば、その可能性は捨てきれん」


 俺は無意識に背筋を伸ばした。

 敵は、想像以上に手強いかもしれない。


「……どっちにしても、進むしかないんだよな」


 闇の奥へ、俺たちはさらに踏み込んでいった。

準備完了。

ギルド、軍、個人の誇りを懸けての戦争前夜。

ガルたちの緊張感、ブリジットの仕事ぶり、グローの軍人としての顔――各キャラの“持ち場”を見せる話にしました。

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