第30話 これが総力ってやつだ
作戦決行を前に、再び作戦現場へ戻るガル。
集まったのは、ギルド、軍、そして老軍医。
命を落とさないために、彼らが用意したのは「総力戦」。
「耳長人のじいさんまで連れてきたのか」
俺が村に戻ったのは、作戦開始の前日だった。
俺の背後にいた老耳長人を見て、グローが呆れたように眉を上げる。
「何じゃこの無礼なずんぐりむっくりは。礼儀も知らんのか」
「……なんだと?」
怒気を込めて睨み返すグローに、老耳長人――ゼペットはあくまで平然としている。
「それより、王国軍の責任者はどこじゃ?話が通じる奴を呼べ」
「私です!」
声を張り、前に出たのはサリィンだった。
「ほう、良い面構えじゃな。名は?」
「王国軍東方司令部所属、サリィン・ローノー伍長です!」
「伍長……。なるほど、戦後配属組か」
「ええ。戦場経験はなく……至らぬ点が多いかと……」
「いや、そういう意味ではない。お主には将の器がある。ワシが保証する」
「は……?」
面食らうサリィンに、ゼペットは柔らかく笑い、手を差し出した。
「ワシはゼペット。元王国軍の軍医、今は街で細々と医者をやっておる。今回は大規模な作戦になると見て、野戦病院の設営と医療班を連れてきた。後から看護師や衛生兵も合流する手はずじゃ」
「本当に、ありがとうございます……!」
ゼペットの申し出に、サリィンは深く頭を下げた。
「それから、フィロー商会に頼んで補給の手配も済ませてある。医薬品や保存食の類もすべて」
「なんと……!補給は軍でも苦労していたのです。助かります、ガル殿!」
「ふん。急造にしては、軍隊らしくなってきたのう」
グローが顎髭を撫で、にやりと笑う。周囲では、冒険者たちが続々と村へ集結しつつあった。ブリジットが一人ひとりに声をかけ、参加を取り付けている。
新人から歴戦の古参まで、様々な者たちが集まってきた。
だが、問題はこの数だ。
「冒険者たちは、職と練度に応じて小隊を編成しているところだ。小隊長には王国軍の兵士を立てる予定です」
「それが正解だな。個の力があっても、集団戦は別物だ。隊として動くなら、連携が何より要る」
「だから、短期ではありますが、連携訓練も施しています」
「どこまでついてこれるか……」
俺は少しだけ視線を落とした。
冒険者というのは、良くも悪くも――ならず者だ。
実力があるなら、安定した王国軍に入る道もある。それでも彼らが冒険者に留まるのは、自由を選んでいるからだ。言い換えれば、協調性に欠ける者が多い。
集団行動が苦手な連中の寄せ集め。
命令系統が乱れれば、瓦解するのは早い。
「長引けば、不利になるぞい」
グローが低く呟いた。
「わかってる。だが、一日で終わる相手でもねぇ……サリィン、ちょっといいか」
俺はグローを伴い、サリィンとともに作戦本部にしていた空き家へ入った。
「東方司令部から何か指示はあったか?」
「いえ……お二人の報告は既に送っていますが、未だ指示は来ておりません」
「この作戦についても?」
「ギルド経由での通達も含めて、報告はしております」
「つまり、黙認……いや、丸投げってやつか」
「成功すれば軍の手柄、失敗すればギルドの責任……そんなとこじゃな」
グローの言葉に、俺は苦笑すらできなかった。
確かに軍に人手はない。けれど、この街の命運がかかった戦いだ。
失敗すれば、村どころか街もただでは済まない。
「……絶対に負けられねぇな」
俺は窓の外、薄く霞む鉱山の方向を見据えた。
「ガル、一つ気になる事があるんだが」
グローの声に、俺は顔を向けた。
「単眼鬼が坑道にいたのだろう?」
「ああ、体長は三メートル前後。重装甲で、しかもそこそこ頭も回る。戦場慣れしてるようだった」
「……問題は、そやつがどこから来たのか、じゃ」
その一言で、血の気が引いた。
あの坑道で見つけた穴は、せいぜい一・五メートル。
三メートルの化け物が通れるサイズじゃない。
「……つまり、他にも穴があると?」
「奴らが補給を確保できているとなれば、荷車が通れる規模かもしれん」
「木こり町だけじゃなく、この鉱山そのものを要塞化している可能性もある」
「仮にそれが事実なら……今まで出てきたコボルドの数は、明らかに少なすぎます」
サリィンの顔が険しくなる。
「数百の兵を潜ませているなら、食料や水の問題が出る。つまり、奴らには“後方”がある」
「そいつの指揮官、かなりやり手だ。ここまで完璧に隠しおおせたんだからな」
「報告は引き続き上げます。援軍の見通しは薄いですが……」
「来たとしても、もう遅いかもしれんの。ガルの発見で動き始めているやもしれん」
「……チッ」
俺は奥歯を噛み締めた。
斥候としての失態。気づかれるなんて、致命的すぎる。
「ガル、お主のせいではない。ワシも強敵の存在は察していたが、まさか単眼鬼とは」
「いや、グローが『強敵』と言ってたんだ。俺が見に行った意味なんて――」
「あります!」
ピシャリと、サリィンが強い声を上げた。
「ガル殿が命を賭けて掴んだ情報があったからこそ、敵の規模や性質が見えてきました。補給路の可能性にも気づけました。これが“功績”でなくて何でしょう!」
「そうだ。あの情報がなければ、今も我々は敵の正体も掴めておらんかった」
グローの顔がいつになく真剣だった。
そうか、これが軍人の顔なのか。
「ガル、一つだけ教えてやろう。戦で一番重要なことは何じゃと思う?」
「……勝つことじゃないのか?」
「いいや――負けないこと、生き残ることじゃ。そしてこれは、何があっても《《負けられん戦》》だ」
タイトル通り「総力」が動き出す回です。
ゼペットというキャラが、ただの医者ではないと伝わったでしょうか。
サリィンとのやりとりは、静かだけれど確かな信頼の始まりでもあります。




