第29話 命張るならその前に
大量の敵、規格外のサイクロプス。
情報を持ち帰ったガルは、ギルドと軍の“次の一手”を提案する。
「ガル殿!ご無事でしたか!」
「……無事とは言えねえ。左手が逝った。それより重要なことがある」
息を整える間もなく、俺は言葉を続けた。
「奴ら、単眼鬼を引き連れてる」
空気が凍った。
グロー、サリィン、ブリジット――その場にいた全員が息を呑んだ。
説明は要らない。あの巨人どもの名は、それだけで十分すぎる脅威だ。
「全体の規模までは把握しきれなかった。悪い」
「いいや、戻ってきただけでも大仕事だ。よく生きていたな」
グローが静かに頷く。その目は、俺の左手の異変にも既に気づいていたが、何も問わなかった。
「お前の罠、効いたぞ。あれがなきゃ、こっちは壊滅していた」
「即席の仕掛けだったが……、役に立ったか」
「村人には避難を促してある。日没までには村を空にできる見通しだ」
「助かる。避難民はこの街に流れてくるはずだ。軍で受け入れ態勢を整える」
「それで、軍は何人動かせる?」
「最大動員で五十弱。援軍の見込みは、いまのところ立っていない」
重たい沈黙が、再び落ちた。
だが、俺の脳裏に一つの案が閃く。
「なあ……ギルドと軍の共同作戦ってのはどうだ?」
「……なるほど。それなら――動かせるかもしれないわね」
静かな声が応じた。
ブリジットが改めて名乗った。ギルドの事務長。妖艶で物静かな印象を持つが、その瞳には確かな知性の光が宿っていた。
「そちらが王国軍発信で『狗鬼及び単眼鬼討伐』を掲げてもらえれば、ギルドとしても最優先で動けるわ。人数制限なし、報酬後払い。形だけでも公式の依頼として掲げれば、多くの冒険者を動員できる可能性がある」
「その作戦、成立するぞい。ただし、集まる数が問題じゃ」
「現在この支部に登録している冒険者は、百八十七名ね」
「全員が参加しても、軍と合わせて三百に届かんか……」
「だが、それでも十分に戦える。手をこまねいている場合じゃない」
俺は力強く頷いた。
「ブリジット、すぐに依頼を貼り出してくれ。報酬と経費は後で東方司令部に押し付ければいい」
「そうね。参加費も必要だろうし、医薬品や物資の手配も。経費はすべて王国軍名義で処理してもらうわ」
その言葉に、サリィンの顔がピクリと動いた。
王国軍は金を出し惜しみするきらいがあるからだ。
「サリィン、これは王国の未来に関わる問題だ。軍が動けないなら、ギルドが動く。それだけの話だ」
「……分かりました。領収書はすべて、私の名前でお願いします。責任は、私が持ちます」
見上げた根性だ、発破をかけた甲斐がある。
その決断に、場の空気が変わった。
「作戦の発動は、いつに設定しますか?」
「グロー、罠はどれくらいもつ?」
「最大で五日。だが、敵が本格的に動き出したら三日が限界じゃ」
「なら、三日後。その日を決行日とする」
ブリジットは静かに頷き、携えていた手帳に走り書きする。
「最優先案件として、冒険者に回すわ。可能な限り多く集めてみせる」
「頼む。俺はこれから医者に行って、診察が済み次第すぐに村へ合流する」
「サリィン、ワシと一緒に先遣隊と合流してくれ。鉱山の地形、再確認せねばな」
「承知しました。ガル殿、くれぐれも無理はなさらぬよう」
「言われなくてもな」
†
「示指の基節骨、完全に折れとる。中指と薬指もヒビじゃな。三ヶ月はかかるぞい」
診療所の診察台で、俺は老耳長人の医者に左手を見せていた。
「どうやったらこんなとこ折れるんじゃ」
「単眼鬼の棍棒を棒一本で受け流した」
「……馬鹿も休み休みにせい」
ぼやきながらも、処置は確実だった。
骨を固定し、金属板を添え、包帯で丁寧に巻いていく。その手付きには年季がある。
「これじゃまともに戦えないな……」
手を見るたびに、重みが増すようだった。
「右手は使えるが、無理はするな。痛み止めは出す。が、動きすぎれば効かんぞ」
「分かってる。けど、言い出しっぺの俺が前に立たなきゃな」
荷物を背負おうとしたとき、医者がぽつりと口を開いた。
「ガル」
「なんだ?」
「ワシも連れて行け」
「……は?」
耳を疑った。
「冗談言うなよ。あんたの歳で戦場なんか――」
「だからこそ、必要なんじゃ。戦場になるんだろ? 野戦病棟の設営も、人員の采配も、ワシに任せておけ。怪我人すら出さずに終われるような作戦ではないじゃろ?それと、補給の事も考えておけ。食糧だけでなく、医薬品から予備の武具も必要になるじゃろ」
目の奥に、かつての軍医としての火が残っていた。
「……分かった。医者と看護師を集めてくれ。補給に関してはツテがある」
「うむ。ワシの前では誰も死なせん」
その言葉を背に、俺は診療所を後にした。
次に向かうのは――フィロー商会だ。
戦いは、もう始まっている。
一時の休息と、準備の始まり。
ブリジットという存在の重みと、ガルの提案が次章の基盤になっていきます。
静かな会話の中に熱を込めて書きました、こういうのが一番好き。




