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お前に掛けたれた賞金は安いからいつもなら見逃すのだが  作者: Soh.Su-K
第一章 二節 狗鬼討伐依頼編

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第28話 まともにやり合う数じゃねぇ

傷だらけで、命からがら。

廃坑道の最奥から、追いすがるコボルドの大群を前に、残るは“生き延びる”という意思だけ。

「もう少し……っ!」


 あと五メートルで、坑道の外だ。

 息を切らせ、足を引きずりながらも、俺はなんとか走り続ける。

 視界の端には追いすがる狗鬼(コボルド)の姿。

 数は減っていない。むしろ、さっきより増えている気がする。

 奴らの速度と持久力を考えれば、逃げ切るのは不可能だ。

 だが止まれば、その瞬間に殺される。


「クソ……!」


 出口の手前、ほんの二メートルの地点で、異様な物音が響いた。

 何かが落ちるような音。そして――視界の先、坑道の両脇に積まれた岩の山。

 その直後、岩が崩れ、まるで生きているかのように狗鬼たちに襲いかかる。


石礫(ストーンブラスト)……設置型か」


 術者の姿は見えない。

 だが、あの魔法の緻密さとタイミングは、グローのものに違いない。

 俺が通過したのを見計らって起動するよう仕掛けられていたのだ。


「助かった……!」


 俺は外へ飛び出し、その場に倒れ込んだ。

 視界に広がるのは、久しぶりに見る自然の光。空気は冷たく、朝靄がまだ残っていた。

 胸が激しく上下する。肺が焼けるように痛む。喉もカラカラだ。

 もう立てそうにないと思った矢先、蹄の音が地を震わせた。


「ガルさん!? ご無事ですか!」


 馬に乗った役所の女性――昨日話したばかりの彼女が、こちらに駆け寄ってくる。

 その表情は驚きと安堵に満ちていた。


「来てたのか……?」

「グローさんが、迎えに行ってくれと……この馬を連れて」


 気の利く鉱矮人(ドワーフ)だ。

 命拾いした。


「ありがたい。……その馬、借りる」

「どうぞ! 村でもっとも足の早い馬を選びました!」


 すぐさま馬に跨がり、手綱を握る。

 鼓動が落ち着かないまま、俺は彼女に言った。


「この坑道、いや周辺の坑道全てに近づくな。魔王軍の残党が潜んでる。場合によっては、大規模な戦闘になる」

「ま、魔王軍!?……わ、分かりました。すぐに村人を避難させます!」

「出来るだけ早く。俺はこのまま街に戻る」

「ご武運を!」


 手綱を強く引き、馬の腹を蹴る。

 風を切り裂く音と共に、街道を駆ける。

 グローが王国軍に連絡を取っているはずだ。

 敵の規模は把握できなかったが、単眼鬼(サイクロプス)がいた。

 それだけでも十分に緊急事態だ。

 木こりの町――この村の規模からして、一個大隊は潜ませられる。

 魔王軍の残党が本格的に動き始めているのかもしれない。

 とにかく急がねば。



「部隊を編成せい!敵拠点はここ!この規模なら三百は余裕で入る!」


 グローが地図を机に叩きつけ、吼えた。


「東方司令部には早馬を出しました。しかし、返答には二日はかかります。それまでにこちらで先遣隊を――」

「人数は?」

「非番も含めて五十……。殲滅戦の主力が中央軍に持っていかれており、兵力の余裕がないのです」

「話にならん。敵は少なく見積もって三百以上だぞ」


 状況は最悪だった。

 魔王軍の残党が各地で暴れ、それを王国軍だけで抑えるのは無理だ。

 大規模なものは軍が対応するが、小規模な掃討は冒険者ギルドに外注している。

 今回のような規模になると、もはやギルドの手には負えない。


「位置も悪い。この村を拠点にされれば、街までは一直線。王都へも道が通じておる」

「狙いはこの街ですね。補給拠点にもなりますし、交通の要です」

「穴を掘って潜り込むとは……知恵をつけおって」


 グローが舌打ちする。


「ガルはどうした」

「敵の規模を探るために坑道に残った」

「なんと無謀な……!」

彼奴(あやつ)のことじゃ、やると言ったらやる。無事を祈るしかない」

「伍長!」


 慌ただしく事務所に駆け込んできたのは、サリィンの部下、コフィーヌだった。


「どうした」

「今集められる全兵力は四十二。文官を含めても五十三名です」

「文官は四名だけ連れて行く。他は本部と連絡を取れるようここに残せ。馬をできるだけ用意しろ」

「了解!あと、ギルドの事務長が到着されました」

「私が出迎える。コフィーヌ、お前とラルースを副官に指名する。指揮系統を構築しておけ」

「はっ!」


 コフィーヌが敬礼して退室。

 その指示の的確さに、グローは内心舌を巻いていた。

 サリィン・ローノー――耳長人(エルフ)の若き軍官。

 戦後に配属されたにもかかわらず、その判断力と胆力は軍人として一級品の片鱗が見える。


「グロー殿、お疲れでしょうが、しばし私と行動を共にして頂けますか?」

「お安い御用。……お主、耳長人には勿体ないくらいに肝が据わっておるの」

「いえ、そんな事は!緊張で心臓がバクバク言っておりますよ」


 サリィンはそう言って微笑んだ。


「うむ、笑える時点で一端の軍人よ!ワシも元は軍人だ。力になるぞ」

「何よりも心強いお言葉。ありがとうございます」


 事務所の扉が開く。

 入ってきたのは、冒険者ギルドの事務長――ブリジットだった。


「遅くなりました。ギルドのブリジットです」

「お待ちしておりました。王国軍伍長のサリィンです。こちらはグロー殿」

「いつも世話になっとるぞ」

「こちらこそ。それで、派遣される部隊の数は?」

「先遣隊として五十弱。あとは東方司令部の判断次第ですが……」

「中央では既に七件の中規模戦闘が発生中です。援軍の望みは、薄いのでは?」


 沈黙が、場を支配した。

 それを破ったのは、扉を勢いよく開け放った一人の男の声だった。


「サリィン!!」


 全員の視線が入り口の俺に集まる。


「そろそろ帰って来ると思ったわ」


 グローがニヤリと笑った。

命を賭けた撤退戦。

ガルの体術、投擲、ナイフ、そしてグローの仕掛けが噛み合ってのギリギリの脱出です。

勝つことより、“生き残ること”がどれだけ大変かを描きたかった回でした。

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