第25話 本当に狗鬼だけか?
廃坑道へ、調査に入る。
そこにいたのは、狗鬼だけではないのか――?
朝霧が村を包み込んでいた。
まだ陽は昇りきっておらず、空気は冷たく湿っている。
人通りもまばらで、避難が進んでいることを改めて実感させられる。
俺たちは荷を軽くまとめると、すぐに村の外れへと向かった。
第三坑道――かつて最も深く掘られた鉱脈。その入り口が目の前にある。
「……ここが入口か」
岩肌にぽっかり開いた黒い穴。
まるで何かが口を開け、侵入者を待っているような不気味さがあった。
「寂れた穴じゃのう。鉱石の匂いより、狗鬼の臭いの方が強いわい」
グローが鼻を鳴らし、顔をしかめた。
俺も角灯に火を点け、坑道の奥をのぞき込む。
「閉山して五十年。まともな鉱石なんて残ってないさ」
「しかし、それなら何故狗鬼共はこんな場所を選んだ?奴らはワシら以上に鉱物の匂いに敏感じゃぞ」
「人がいねぇから……だけじゃなさそうだな」
グローが首を傾げる。その顔にはいつもの軽さがなかった。
鉱矮人にとって、鉱脈というのは本能に刻まれたものだ。
その鉱矮人が選ばないと言う場所を、狗鬼が選ぶ――違和感が残る。
俺の背中に、微かな不安がこびりついた。
「……魔王軍絡みってことか?」
「断定はせんが……あり得なくはない」
簡単に済むはずの狗鬼討伐が、また別の何かに繋がってるのか――
そう考えるにはまだ早いが、頭の隅に引っかかる感じが消えない。
坑道に足を踏み入れる。
入り口は広かったが、数歩も進めば壁は狭まり、足元は不安定な岩肌に変わった。
湿気のこもった空気が重くのしかかってくる。
「……思ったよりも造りがしっかりしとるな」
グローが手を壁に当てる。
「通路の石壁、魔法で石化加工されとる。これは……落盤防止の術式じゃな。簡単には崩れん」
「資料にもあった。最初期に、安全対策として魔術師が関わったってな」
「お主、あの資料の山を本当に読んだのか?」
「全部は無理だ。略歴と関連しそうな項目だけ、ざっと目を通した」
「……真面目じゃの」
「命がかかってるからな」
「ふふん、照れておるな?」
「照れてねぇよ」
そのとき、グローがふいに立ち止まった。
「……なんじゃ、あれは」
視線の先、壁面に――異様な“穴”があった。
坑道とは明らかに違う掘削跡。
直径は一メートル半ほど。丸く、滑らかに削られたその穴は、不自然なほど形が整っている。
まるで誰かが“ここへ繋げるために”掘ったように見えた。
「……新しいな。崩れた跡もねぇし、岩肌に湿気が残ってない」
グローの声が低くなる。
その背から、静かな殺気が立ち上るのがわかった。
「狗鬼の仕業……なのか?」
「判断はできん。だが、普通ではない」
「……確認するぞ。ガル、ワシを持ち上げてくれ」
「ええ……」
文句を言いながらも、俺はグローを高い高いの要領で持ち上げる。
重量感があるが、短時間なら問題ない。
グローは穴の縁に手を当て、中を覗き込む。
壁を叩き、指で擦り、岩の感触を確かめているようだった。
「……地図を出せ」
「これか?」
「坑道の地図ではない。村の……いや、もっと広域の」
荷の底から王国全土が記載された大きな地図を取り出した。
全て広げると2メートル四方の大きなものだ。
折りたたまれていた布製の地図を広げると、テーブルもない坑道内では取り回しが最悪だ。
「この鉱山は、ここだな。で、街はこの辺り」
「ふむ……この穴の角度、掘り方……」
グローは坑道・村・王国全土の三種の地図を見比べながら、真剣な目で地形をなぞる。
そして、ある一点を指差した。
「ここに繋がっとる可能性がある」
それは――山の反対側、かつて林業で栄えた盆地の町。
今は魔王軍との戦いで廃墟と化し、王国軍も手をつけていない“忘れられた場所”だった。
「……そこ、今も完全ノーマークのはずだぞ。偵察部隊すら入ってねぇ」
「裏を返せば、誰にも邪魔されずに拠点化できるということじゃ。……しかも、この穴のような抜け道があれば、物資や人員の移動も簡単になる」
寒気が走る。
もし、狗鬼の背後に何者かがいて、戦略的にこの鉱山を利用しているのだとしたら――。
「……いや、飛躍しすぎだ。今のところ、狗鬼しか確認されてねぇ」
「今は、のう。……動いている者がいるなら、表に出るのは遅れてくる」
グローの目が鋭く光った。
不意に、坑道の奥から吹き抜ける風が、炎を揺らした。
俺は手元の地図を見下ろし、口を引き結ぶ。
「……ただの偶然だといいが」
一歩ずつ、坑道の奥へ。
今回は探索系の雰囲気を意識して書きました。
ちょっとダンジョンRPG感ありますね。




