第24話 ただの偶然だといいが
大量の資料と、少しの手がかり。
村に残る静けさの裏で、何かが動いている。
用意された資料は、どう見ても無駄に多かった。
その中から俺たちが持ち帰ったのはたったの三つ――坑道の地図、村の周辺地図、そして狗鬼の目撃情報と被害報告だけだ。
色々揃えてくれるのはありがたいが、量が多すぎると逆に思考が散る。
読むだけで二日潰れる紙束など、現場じゃ荷物にすらならない。
「こんな寂れた村でも、ちゃんとした酒場があるとはな」
グローが豪快に笑いながら、三杯目の樽ジョッキを空にした。
「ここの人に失礼だろ……」
溜息をつきながら、シチューの皿に手を伸ばす。
ごろりと入ったイノシシの肉。脂は多いが、臭みはない。
煮込み加減も上出来だ。
まさかこんな辺鄙な村で、まともな飯にありつけるとは正直思ってなかった。
店内は静かだった。客はちらほら。
村の避難が進んでいるせいか、飲みに来る余裕がある住人は少ないらしい。
店主は無口で無愛想だが、出てくる料理と酒は一級品……というより、田舎にしては過剰なほど良い。
「今日は飲まんのか?」
「昨日、浴びるほど飲んだからな。もう十分だ」
「ハハハ!ならばワシは独りで楽しませてもらうぞ。役場の女子でも誘ったらどうじゃ?顔立ちはお主の好みじゃろうて」
「しょうもないこと言ってると、ぶつ切りにするぞ……」
「ガハハ!まだ不機嫌なようじゃな」
どうやら、この村のエールがグローの舌に合ったらしい。
こいつは、うまい酒と静かな環境さえあれば機嫌がいい。ある意味、扱いやすい。
俺はテーブルの端に広げた地図に視線を落とした。
村の地図には、狗鬼の目撃と被害地点を×印でマークしている。
使っているのは、魔法で一度だけ複写できる羊皮紙だ。
ピュートが仕入れてくれるようになってから、価格も手頃になった。
現地の紙地図に複写しておくと、こうして作戦立てに使えるし、泥や雨で原本をダメにする心配もない。
冒険者には地味だがありがたい装備だ。
「地図なんぞ睨んでどうする?相手はたかが狗鬼じゃろ。正面から叩き潰しゃ済む話じゃ」
「……用心するに越したことはない」
「それはお主の役目じゃ。ワシは鉱矮人、地図など不要じゃ」
鉱矮人の地形把握能力は、本能に近い。
坑道の構造や道順を、空気の流れや地圧、壁の振動で感じ取る。
地図で迷う俺の方が不器用に見えて、少し腹が立つ。
だが、地図でしか分からないこともある。
敵がどこから現れたか。どのルートで動いているか。
それは、経験則と地図の照合があってこそ掴めるものだ。
「……やはり第三坑道が怪しいな」
目撃地点と襲撃の範囲を結んだ中心に、その坑道がある。
特に、夜間の目撃が集中していたのは第三坑道の入口周辺だった。
「既に坑道周辺の住民は避難済み。今日で四日目……」
空き家となった民家に入り込んでる可能性も捨てきれないが、行動パターンと範囲からして、根城は坑道と見て間違いない。
資料によれば、この第三坑道は五つある中で最も長く、最も深い。
人がいないことも含めて、狗鬼にとっては理想の巣だろう。
「グロー。この坑道、他に出入り口があると思うか?」
「うむ……地図だけでは断言できんが、通常の坑道は出入り口はひとつ。しかし、規模がそれなりならば複数あることもある。特に、逃げ道や排気口を設けるためにな」
グローにしてはめずらしく真面目な回答だった。
ただ、坑道の構造については、地図や記録より、グローの感覚の方が信用できる。
――とはいえ。
「……行ってみるしかないな」
この目で確かめなければ、確信にはならない。
翌朝。
霧の残る静かな村を抜けて、俺たちは第3坑道へ向かった。
閉山から五十年。
坑道の口は、まるで何かを待っているかのように、ぽっかりと口を開けていた。
調査回ですが、グローとの掛け合いを中心にテンポよく読めるよう工夫しました。
こういう「地味だけど必要な仕事」、ガルたちは手を抜きません。




