第23話 これ以上頭を抱えたくない
酒を飲みすぎた朝に、反省と後悔と少しの未練。
それでも、依頼は待ってくれない。
顔に差し込む朝日が眩しくて、俺は目を覚ました。
頭が痛い。完全に飲みすぎだ。
重い体を引きずってベッドから起き上がり、腰を下ろす。
「……あ?」
大きな欠伸とともに、視界の端に紙切れが映った。
テーブルの上に、乱暴に置かれた書置き。
『帰ります。飲み過ぎ注意』
セリファだな、間違いない。
……結局、昨夜は浴びるほど飲んだ挙げ句、セリファを家まで連れ込んで――
勢いで抱いてしまった。
「……反省はしてる。けど、謝るのも何か違うよな……」
頭を掻きながら呟く。
言葉にすればするほど、自分がガキに思えてきて、さらに頭が痛くなる。
紙巻煙草に火を点け、深く吸い込んだそのとき
――コン、コン。
「ガル、起きとるかー?」
グローの声。返事をする間もなく、ドアが開いた。
「お前……こっちが返事するまで開けるなよ……」
「なんじゃ、まだ寝とったか」
俺は慌てて、テーブルの書置きを手で押し隠す。
「今起きたとこだ」
「お主が飲み過ぎるとはのう。それより、出発の準備はできておるのか?」
「あぁ。荷物は整ってる。……とりあえず、風呂行ってくる」
「おう。ワシはここで待っとる」
グローがパイプに火を点け、テーブルにドカリと腰を下ろす。
俺は重い足を引きずって、公衆浴場へ向かった。
この街にはいくつかの公衆浴場があり、王国の経営で料金も安い。
貴族や資産家でもなければ、自宅に風呂なんて贅沢はないのが普通だ。
俺が通っているのは、一番近くて馴染みのある浴場。
ちょうど入口に差しかかったときだった。
「あっ……」
女湯から出てきたのは、セリファだった。
目が合うなり、明らかに気まずそうな顔になる。
「おう、もっと早くに帰ってたのかと思ったぞ」
「誰のせいで足腰立たなくなったと思ってんのよ!」
……開口一番、それかよ。
だが内容が内容なだけに、すぐに我に返ったセリファは口を押さえて周囲を見回す。
さいわい、通行人はいなかった。
「さっきようやく歩けるようになったのよ?アンタだけスヤスヤ寝て……」
今度は小声で、でもしっかり文句を言ってくる。
「……はぁ、抱いてる時は素直で可愛かったのにな」
溜息混じりに、わざとらしく言ってやる。
「なっ……!二度とアンタの酒には付き合わないから!」
……元気だな。朝から。
その怒鳴り声で、二日酔いの頭がグワングワンする。
俺は逃げるように、男湯の戸をくぐった。
†
「おう、早かったの」
自宅に戻ると、グローがパイプを咥えながらくつろいでいた。
「眠気覚ましに浸かっただけだ。長湯する気分じゃなかった」
「酒と目合いの匂いがプンプンしとったがな」
「……お前、鼻良すぎるんだよ」
「女を抱くのは構わんが、どうせセリファじゃろ?」
「うっせぇな」
「あんなガリガリのどこがええんじゃか」
好みは種族によって違う。
俺は人間だが、異種間で付き合うのは珍しくない。
耳長人との混血は進んでるし、そのうち同一種族になるんじゃないかって話もある。
鉱矮人も例外じゃない。
とはいえ、グローは珍しい純血らしいが。
「鉱矮人の女は小さすぎる」
「お主がデカすぎるだけじゃ。人間のくせに」
「そうか?」
俺の身長は197センチ。
この前の巨人ゴールグが217だったが、それほど差があるようには感じなかった。
ヒュームの平均は170程度。耳長人も似たようなもんだ。
鉱矮人は147くらい。グローは154で、大きい方だ。
「……で、そろそろ行くか。昼になるぞ」
「分かってる。目的の村までは近いし、夕方には着くだろう」
「酒癖の悪さも考えて、前日入りすればよかったわい」
「お前に言われたかねぇよ」
文句を言い合いながら、俺たちは出発した。
村に着いたのは、夕暮れ間近だった。
ここは昔、鉄鉱山で栄えていた村だ。開発が始まったのは200年以上前。
最盛期は90年前、だが今は鉱脈が枯れ、住民も200人を切っている。
「狗鬼の討伐依頼を受けて来た者だ。状況を聞かせてくれ」
村役所の職員はわずか5人。……いや、この規模なら多い方かもしれない。
「あっ、冒険者の方ですね! お待ちしておりました!」
受付の女性が明るく立ち上がる。
「資料をお持ちしますので、こちらへ!」
会議室らしき小部屋に通された。
「どうぞお掛けください!」
彼女はパタパタと資料を取りに出て行った。
「なんじゃ、やけに丁寧じゃの」
「被害が出始めて日が浅い。まだ余裕があるってことだ」
現場が地獄と化してるケースは少なくない。
依頼を出しても、冒険者が来るまでに数日から数週間かかることもある。
その間に、村が崩壊している……なんてことも。
狗鬼も矮鬼も、個体の戦闘力は高くない。
だが問題は、増えることだ。
一匹が住み着けば、すぐに仲間を呼び寄せ、群れを作る。
放置すれば、ひと月で百匹に達することもある。
そうなれば、俺たちでも手に負えない。
軍の派遣が必要になる。だが、王国軍はそうそう動かない。
理由は簡単。
儲けが出ないし、練習にもならないからだ。
冒険者がやれば犠牲が出る。
軍がやれば簡単に終わるが、コストに見合わない。
――そんな厄介な相手が、小型種というやつだ。
「お待たせしました!こちらが我々が持っている資料です!」
ドスン、と置かれたのは厚みのある紙束。
そのあまりの多さに、俺もグローも目が点になった。
「えぇっと……、これは……?」
「え?ですから、今回の狗鬼の討伐に関連するであろう資料です!これが村周辺の地図、村民の名簿……。あ!坑道の地図もありますよ!」
目の前に積まれる紙の山。
思わず、俺は頭を抱える。
――これ以上、頭を抱えたくないんだがな。
二日酔いがぶり返してきたようだ。
セリファとの関係性に一石を投じるエピソードです。
ガルの人間味というか、「不器用な大人」が少しでも滲み出ていれば嬉しいです。




