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お前に掛けたれた賞金は安いからいつもなら見逃すのだが  作者: Soh.Su-K
第一章 二節 狗鬼討伐依頼編

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第22話 俺だってイラつく事はある

捨てたはずの名前、忘れたかった記憶。

だが、過去はいつも“今”に追いついてくる。

 ――フェイ様。


 真夜中、眠る俺に遠慮がちな声が届いた。

 フェイ──かつて俺が捨てた名。その名で呼ぶのは、昔から厄介事を持ってくる男に決まっていた。


「……パオか。夢枕に立つには、ちょっと面が悪すぎるぞ」


 まぶたすら開けずに応じると、気配だけがそっと空気を揺らした。姿は見えない。だが、確かに奴はそこにいる。


「お休みのところ、申し訳ございません」


 低く伏した声。昔から、そういう物腰だけは律儀な男だった。


「できれば、二度と聞きたくなかったぞ。お前の声は」

「重ねて、お詫び申し上げます。ただ……今回ばかりは、伝えずにおれませんでした」

「手短にしろ」

「……組織内に、大きな動きがあります」

「よくある話だろ」

「いえ、今回は規模が違います。……フェイ様の御身にも、影響が及ぶ可能性が」


 フェイ。その名を口にされると、眉間が勝手にひくついた。


「……俺はもう関係ない。名前も捨てた」

「承知しております。それでも……ご警戒を」

「やるなら、そっちで後始末をつけろ。ファンにそう伝えろ」


 沈黙。しばしの後、パオの気配が、風のように消えていった。

 俺は舌打ちして、ベッドから身を起こす。

 棚の上の紙巻煙草を引き抜き、火を点けた。

 煙がのどを焼いた。嫌な夜だった。


 †


「よう、ガル!……なんだ、そのツラ。機嫌悪そうだの」


 いつもの酒場で一人エールを飲んでいる俺に、グローが陽気な声をかけてきた。


「……ああ。ちょっとな」


 答えながら、煙草を灰皿に乱暴に押し潰す。

 妙に湿った夜の気配を、まだ引きずっていた。


「珍しいのう、お前さんが不機嫌とは。前の女にでもすっぽかされたか?」

「女の方がまだマシだ」


 新しい煙草に火を点けると、グローはにやつきながら隣に腰を下ろした。


「まあええ、それより、面白そうな依頼を見つけたぞい」


 ぽんと差し出された紙には、見慣れた印が押されていた。


「……狗鬼(コボルド)、か」


 依頼内容に目を走らせる。街からそう遠くない村が、最近になって狗鬼の被害に遭っているらしい。

 目撃数は3~5匹。だが、実際の群れはもっと大きいはずだ。


 狗鬼――犬のような顔をした、小柄な種族。

 鉱山近くに住みつき、粗悪な金属を加工しては、剣や斧に仕立てる。

 知性は低いが、繁殖力は高く、放置すればあっという間に増える厄介な連中だ。


矮鬼(ゴブリン)といい、狗鬼といい……最近、小物ばかりだな」

「仕方ないだろ。ほかはみな、四人以上のパーティ限定依頼ばかりじゃ」


 言われてみれば確かに。俺たちはふたり組、受けられる仕事も限られている。


「……仲間を増やすのも、そろそろ考えるべきか」

「腕の立つ奴じゃなけりゃ、足手まといになるだけだがの」

「だから、お前の基準が高すぎるんだって」

「数合わせなら、いない方がマシだと言っとるだけじゃよ」


 言っていることは尤もだ。四人依頼は難度が跳ね上がる分、力量が必要になる。

 素人を連れて行っても、重荷になるだけだ。


「まあ、使える奴がいれば、声はかけるさ」

()()()な」


 グローが嫌味っぽく繰り返す。

 俺は煙を吐いて話を戻した。


「で?この依頼のどこが面白そうなんだ?」

「殴り合いができそうだからじゃ」

「……馬鹿なのか、お前」


 思わず頭を抱えた。


「たまには暴れたくなるじゃろ?」


 グローは楽しげにエールを飲む。まったく理解不能だ。

 疲れるだけだろうに。


「狗鬼はな、ワシら鉱矮人(ドワーフ)にとっちゃ害虫みたいなもんじゃ。駆除ついでに暴れて何が悪い!」


 ガハハと笑うその顔に、どうにも文句を言う気も失せた。


「3~5匹か……なら、群れは10匹前後か」

「そのくらいじゃな。依頼は二日前。まだ増えてはおるまい」

「前回の件もある。魔王軍の残党の可能性も、捨てきれんな」

「念のため、警戒はしておくべきじゃ」

「地図を調達しておいてくれ。村の周囲が分かるやつだ。出発は明日だ」

「任せておけ」


 グローは勢いよく立ち上がると、酒場を後にした。

 ……会計もせずに。


「おい……」

「グローって、いつも飲み代払わないの?」


 セリファが、飲み干されたジョッキを片付けながら聞いてくる。


「払わないだけだ」

「お金は持ってるんでしょ?」

「当たり前だ!報酬はちゃんと折半してる!」


 俺はジョッキを乱暴にテーブルに叩きつけた。泡が跳ねる。


「わ、私に当たらないでよー」

「なんで俺ばっかり払わなきゃならねぇんだ!」

「……珍しいわね。そんなに荒れてるガル、見たことない」


 セリファは少し距離を取りながら、テーブルを拭いている。

 この程度でビビるなと言いたい。


「セリファ!」

「な、なによ?」

「今日は俺に付き合え」

「はぁ!?」

「大将! セリファ借りるぞ!」


 厨房から顔を出した大将は、意外なほどあっさりと頷いた。


「いいぞ。今から貸切だ。セリファ、表締めろ」

「ちょ、ちょっと!まだ夕方よ!?」

「セリファ、ちょっと来い」


 大将がセリファを呼びつける。


「何ですか……?」

「ガルが荒れてるのは珍しい。好きにさせてやれ」


 セリファはため息をつきながら、店の戸を閉めに向かった。


「……ほんと、自分勝手なんだから。……何があったてのよ……」

新章開幕、二節スタートです。

冒頭からガルの過去に少し踏み込んでみました。

“フェイ”とは誰なのか――物語の縦軸にも関わってくる重要な要素です。

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