第21話 とりあえず休みだ
すべてが終わって、ようやく報告と休息の時間。
……とはいかないのが、バウンティハンターの常だ。
「例の部隊の残党でしたか……」
ゴールグが着ていた鎧を見ながら、サリィンが小さく呟いた。
ここは街にある王国軍東方司令部の支所。
巨人討伐の報告を兼ねて、矮鬼殲滅の報奨金の受取に立ち寄ったところだった。
「神殿内部に残されていた指令書の解読が終わったのですが、水薬原料の採取と輸送が主任務だったようです」
「ああ、現場を見た感じもそうだった。薬草畑の踏み荒らされ方、運搬の頻度から見て、週に2〜3回は矮鬼が回収に来ていたはずだ」
「ご明察です。相変わらず鋭いですね、ガル殿」
サリィンが穏やかに微笑むが、すぐに顔を曇らせた。
「……ですが、申し訳ありません。巨人の残党討伐は報奨金増額の対象外になってしまうかと」
「いや、増額をお願いしに来たわけじゃないんだ。ただの報告、この巨人の討伐をもって件の部隊は完全に殲滅ってわけだ」
「それを聞いて安心しました。ご苦労をお掛けしましたね」
その時、奥の部屋からコフィーヌが戻ってきた。
「ガル殿、お待たせしました。こちらが報奨金になります」
小さな袋を手渡され、中にはしっかりとした重みがあった。
俺は少しだけ袋を傾け、中身の金貨の縁を確認する。
「おぉ、意外と……多いな。ありがとな」
「軍としても感謝しております。貴殿のような冒険者は、我々にとっても心強い味方です」
サリィンとコフィーヌが胸の前で右手を握る。
王国軍式の敬礼だ。
俺も軽く手を上げ、それに応える。
「どこの馬の骨とも分からん俺らに、丁寧に対応してもらって助かったよ。機会があれば、また会おう」
背を向け、軽く手を振って支所を後にする。
「で、いくら出たんじゃ?」
支所の外では、いつもの調子でグローが金袋を引ったくるように覗き込む。
「……なんじゃい、これっぽっちか……」
がっくりと肩を落とすグロー。
「お前、ほぼ寝てただけだろうが」
「何を言う。ワシも立派に働いとったぞ。穴を掘ったり、壁を壊したり!」
「逆にそれくらいしか働いてねーだろ」
「ガルはケチだわい……」
いつものやりとりだ。
正直、相手をするのも面倒になってきた。
護衛と討伐でしばらくは食える分の金は得た。
次の依頼までは、少しくらい休んでも罰は当たらないだろう。
「……ッケ、今夜は飲むかの!」
グローが勢いよく歩き出したのを、俺は咄嗟に止める。
「待て。今夜はダメだ」
「なんでじゃ!」
「その金は貯蓄だ。飲みたいなら、もう一件こなしてからにしろ」
「えぇえええええ〜〜〜!!」
耳に響く絶叫。
仕方なく俺は金袋を奪い返す。
「ガルのケチ!金の亡者め!」
「うるせえ。お前に渡したら、朝には空っぽだろうが!」
「それは血肉になっただけだ!」
「なってねぇよ!」
「ガル殿!」
後ろから声をかけられた。
振り向けばサリィンが手を振って近づいてくる。
「なんだ、何か忘れ物でもしたか?」
「いえ、今さっき届いた報告書に関してお伝えしたくて」
彼女は一枚の羊皮紙を取り出し、俺に差し出した。
「……エルウィンの件か」
「はい。彼女は正式に王国民として登録され、考古学研究所の特別職員として迎え入れられることが決まりました」
文書には、王国による身元保証と、公的な生活支援がつくこと。
そして、古代語に関する高度な知見を活かすため、今後研究チームに参加予定とある。
「……そりゃ、良かった」
「彼女はとても聡明で、今ではほとんど会話も不自由ないそうです」
「そうか。ま、王国の管理下なら、悪いようにはされねぇだろ」
ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなった気がした。
「……ガル、お主、もしかして心配しておったのか?」
「うるせぇ、当然だろ」
サリィンは笑いながら業務に戻っていった。
「……まったく、手のかかる連中ばっかりだな」
俺は金貨袋から1枚取り出し、グローに投げてよこす。
「おおっ、なんじゃい?」
「今日はそれで飲め。俺は帰って休む」
「ちぇっ……もう1枚くらい寄越せっての……」
ぶつぶつ文句を言いながら、グローは繁華街へと消えていった。
帰宅した俺は、ようやく一息ついた気分になっていた。
報奨金はいつもの鍵付きの木箱へ。
装備の確認と手入れをするため、作業台に小剣と刀を並べる。
その中でも、一番手間がかかる一本を手に取った。
「……ソハヤ」
それは、かつて俺に生き方を教えてくれた人から譲られた刀だ。
異国の名を持ち、異国の技法で鍛えられたそれは、いまだに俺にとって馴染みきらない存在だった。
柄巻きを解き、目釘を抜く。
手順は複雑で、神経を使う。だが、そのぶん、この剣に向き合っている時間だけは、他に代えがたい。
柄から刀身を外した瞬間、鉄がわずかに鳴った。
「ったく……。面倒くせぇ剣だよ、ホントに」
だが、この“面倒くささ”こそが、俺を“まっとう”に保ってくれているのかもしれない。
誰にも言うつもりはないが。
俺は、また一つ深く息を吐いて、砥石に手を伸ばした。
事件の余韻、戦果の整理、そしてゴールグの“居場所”の確保。
平和な回想の裏にある「次なる火種」を匂わせながら、一区切りとしました。
第二節も、よろしくお願いします!




