第20話 使えるものは全て使わせてもらう
嘘も方便、作戦も交渉。
真実を隠すことが、誰かを救う術になるなら――。
「じゃあ、村長。ゴールグはこの薬草畑の管理人になるって事でいいか?」
「えぇ、勿論ですとも。森人ならば、歓迎しない理由はありませんぞ」
村長が快く頷くのを見届けて、俺は次の段階に入った。
「ところでさ、依頼はそのままにして、『討伐完了』ってことにできるか?」
「……は?」
間抜けな声が三方向から上がる。
「いや、だから。アンタらが出した『武装した巨人』の討伐依頼を、俺がやったことにしてくれって話だ」
当然、圃矮人の老人たちが黙ってはいない。
「倒してもおらんのに、完了じゃと!?」
「ワシらを舐めとるのか、小童!」
「詐欺じゃ、詐欺!」
「おいおい、落ち着けって。こっちにも言い分はある」
俺は鋤で打たれた患部を指差しながら、ゆっくりと言った。
「……いいか、依頼を受けた冒険者に依頼主が危害を加えた場合――その依頼は悪質案件として、ギルドが正式に調査対象にする」
その言葉に、老人たちの顔がピクリと引き攣る。
「これはな、ただの報告漏れとか、不手際じゃ済まねえ。戦後の今、王国は魔王軍残党の潜伏や、民間への潜入を警戒してる。ギルドも協力してるから、冒険者に被害が出た依頼にはめちゃくちゃ神経質なんだよ」
「……」
「冒険者にわざとケガさせて、金だけ取ろうとする連中もいる。あるいは、身ぐるみ剥いで奴隷として売ろうとする人攫いもいた。今は、そういう“疑いのある依頼”は王国軍の憲兵に即通報される。疑われた依頼主は全員、王都で取調べ。最悪、村ごと取り潰されるぞ?」
「そ、そんなバカな……!」
「バカじゃない。お前ら、魔王が死んで終わりだと思ってるだろ。でもな、戦争が終わった今だからこそ、王国は“内側の脅威”に目を光らせてんだよ」
俺は言葉を区切り、全員の顔を見渡した。
「人間だろうが、圃矮人だろうが、関係ない。王国から見れば“魔王軍と繋がってるかもしれない村”は、徹底的に疑われる。『冒険者に刃を向けた』ってだけで、十分なんだよ」
老人たちの顔が蒼白になる。怒鳴っていたのも、今は口を噤んでいる。
さっきまで叫んでいたのが嘘みたいに、しおらしくなる。
その空気を打ち破ったのは、ずっと黙って聞いていたピュートだった。
「ガル殿。討伐していない相手を、倒したと申告するのは……やはり無理があるのでは?」
正論だ。普通ならな。
「よくぞ聞いてくれた、ピュート。だが、今回は違う」
俺は草むらに置いていたゴールグの鎧を掲げる。
「この鎧を使う」
「使うって……?」
「依頼書には『武装した巨人』とある。今、ここにいるゴールグはどうだ?ただの優しい巨人だ。討伐対象じゃねえ」
「言いくるめる気満々じゃないですか……!」
ピュートが呆れたように顔を押さえる。
「だが、これは王国軍が関与する魔王軍残党の案件だ。例の矮鬼部隊――ゴールグはその一員だった」
「嘘だろ……?」
老人たちのうちの一人が、腰を抜かしかけた。
「部隊章、ここにあるだろ?」
俺はゴールグの鎧の右肩を指差す。矮鬼たちの鎧にあったものと、まったく同じ紋章だ。
「つまり、武装した巨人は“魔王軍の一員”だった。ただし、命令を理解してたかどうかは怪しい。黒醜人語がわからなかったらしいしな。ゴールグ、お前は草を集めて、それを誰かに渡してたな?」
「ウン。矮鬼ニ渡ス。薬草……袋ニイレル。毎日ヤッテタ」
「……見事に魔王軍の補給係だったわけだ」
俺の説明に、村長はゆっくり頷く。
「なるほど……それで、『討伐した』とするには、ゴールグの鎧だけで済ませると?」
「ああ。死体は埋めて持ち帰れなからな。でも、俺とグローは先に矮鬼部隊を潰してる。信用は充分あるし、見聞で怪しまれることはない」
誰もすぐには反論しなかった。代わりに、村長が静かに口を開く。
「……確かに、筋は通っているように思います。ガル殿、お願いがございます。この一件、責任を持って処理していただけますか?」
「任せとけ。俺は抜け目ないからな」
「村長! しかし……!」
年寄りの一人が声を荒げかけるが、もう一人の議員が肩を叩いて止めた。
「もうええ。ここまで仕切ってくれたんじゃ。悪くはならんじゃろ」
「おうよ。それにな、お前ら――」
俺はゴールグの方を向く。
「俺が倒してたら、こいつはここにいなかったんだぜ?」
静寂が落ちた。
やがて、ピュートがため息混じりに笑った。
「分かりました。報告の処理も、ガル殿にお任せします」
「よし、話はまとまったな。解散解散。俺は鎧を集めてくる」
「手伝いますよ」
ピュートが真面目に応じる。
一方、村長はゴールグの方へと歩いていく。
「森人殿。もしよろしければ、村の者たちと共に宴に参加して頂けませんか?」
「ウタゲ……? 行ッテイイノ?」
「貴方が主賓です。貴方が来なければ始まりません」
笑みを浮かべる村長に、ゴールグはぱっと顔を明るくする。
「行ク!」
その大きな声に、少しだけ場が和んだ。
ゴールグを“守るための方便”が、実務としてどう処理されるのか。
ガルの地味な交渉力が活きる場面でもあります。
小さな嘘が世界を救う、かもしれません。




