第19話 俺抜きで話を進めないでくれ
村人と巨人、間に立つのは一人のバウンティハンター。
交渉の鍵は、言葉よりも行動にある。
「とりあえず、お前と話がしたいんだ、巨人。見た通り、武器も外してる。お前に危害を加える気はない」
両手を広げ、俺はゆっくりと一歩踏み出す。丸腰であること、敵意がないことを全身で示した。
「オデト、話?」
「ああ。お前と話したい。できれば、この人たちとも一緒に、な」
俺は後ろに控えていた村長たちを親指で指し示す。固まっていた老人たちは、今さらながら気まずそうに身じろぎをした。
「オ前ヲ、イジメナイ?」
「しない。約束する。この人たちは、さっきは驚いただけだ」
巨人はしばらく俺と村人たちを交互に見つめていたが、やがて首を縦に振った。
「分カッタ。コッチ。日向ボッコシナガラ、話スル」
のっそりと歩き出した巨人のあとを、俺と村人たちが続く。途中、俺は村長たちに目線で合図を送り、全員に農具を捨てさせた。ここは交渉の場、武器は不要だ。
巨人が案内したのは、森の奥にある小さな草原だった。陽の光が梢をくぐり抜け、緑の絨毯を照らしている。風がやわらかく吹き抜け、さわさわと葉を揺らした。
まるで世界から切り離されたような、静かで穏やかな場所。
「ココ、オデノオ気ニ入リ」
「たしかに……いい場所だな」
俺は深く息を吸い込み、軽く背筋を伸ばす。空気が澄んでいて、肺が喜んでいるのが分かる。だが、伸びをした拍子に、胸元のあたりがズキリと痛んだ。さっき、鋤で刺された場所だろう。
硬皮鎧の下に仕込んでいる鎖帷子で血は出ていないが、打撲にはなっているはずだ。
「痛イ?」
「まぁ、ちょっとな。気にすんな」
「待ッテテ……」
巨人は草原をすたすたと歩き、小さな白い花の咲く草を何本か摘んできた。そして、それを掌で優しく揉み潰し、緑がかった汁が滲むと、俺に手渡す。
「コレ、塗ル。治リ、早クナル」
「おお……アニキリか!」
村の老人の一人が驚いた声を上げた。
「どうして、それを……!?お主、薬草の知識があるのか!」
「全部、ジイチャンニ、教ワッタ。耳長人ノ言葉モ、草ノ使イ方モ、ジイチャン、何度モ繰リ返シテ教エテクレタ」
「お前、賢いな……」
俺は思わず微笑み、巨人から受け取った草を傷に塗りつけた。すぐに、ひんやりとした清涼感が広がっていく。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。まず、名前を教えてくれないか?」
「オデ、ゴールグ。人間、名前ハ?」
「俺はガルだ。よろしくな、ゴールグ」
「ガル、覚エタ」
ゴールグはうれしそうに、満足げに頷いた。その仕草に、村人たちは少し驚いたような表情を見せる。目の前の存在が“怪物”ではなく、“人間のような知性を持つ誰か”であることを、ようやく実感し始めたのだろう。
「ゴールグ、お前は“森の巨人”だな?」
「森ノ……?」
ゴールグは首をかしげる。
だが、確信はあった。俺が初めてこの場所を見た時から。
「“森の巨人”ってのは、山地や深い森にだけ棲む、巨人族の一種だ。昔の書には“苔生す巨人”や“深緑の巨人”って呼ばれていた記録もある。普通の巨人とは違って、人間を襲うようなことはしない。代わりに、森を育て、魔力を巡らせる存在だ」
「魔力……?」
「そうだ。森の巨人の体から滲み出る魔力は、土地に染み込み、草木や虫、動物を育てる。まるで神の加護のようにな」
「それは……もしや、森人のことでは……?」
村長が目を見開く。
「ワシの祖父が昔、言っていた。“森人がいる森は枯れぬ、触れてはならぬ”と。あれは実在していたのか……!」
「たぶん、その森人ってのが“森の巨人”のことだ」
俺は頷き、続けた。
「見れば分かる。あんたらも周囲の草木を見てみろ。生命力が違う。薬草も、獣道も、生きてるみたいに呼吸してる。コイツがここにいるだけで、森が潤ってる」
村人たちは無言のまま、周囲の木々を見渡す。若葉が繁り、小鳥がさえずり、蝶が舞っている。まるで季節がひと月先に進んでいるような、豊かすぎる空間だった。
「ゴールグ、すまないが……その鎧、脱げるか?」
「鎧?……分カッタ」
ゴールグはぎこちなく籠手と兜を外す。つぶらな瞳の、まだ幼さの残る顔立ち。普通の巨人よりも柔和で、人懐っこい表情だ。
だが、胴と垂の外し方が分からないらしく、手こずっていた。
「貸せ、手伝う」
俺は後ろから固定具を外し、ゴールグの鎧を取り外すと、彼は布の腰巻き一枚の姿になった。深緑の肌、肩や背中には苔が薄く張り付き、陽を浴びてほんのり蒸気を立てている。
「森の巨人の特徴、そのままだな」
俺の言葉に、村人たちはどよめいた。
「ガル殿、討伐依頼は取り下げてよろしいですか? 彼には、ここに住んで貰いたい。勿論、彼の食事などは我々が用意します。……それと、依頼の報酬も払います」
村長が言い切った瞬間、数人の老人たちが一斉に立ち上がった。
「村長っ!」
「報酬まで払う必要はないでしょう! 討伐しておらんのですぞ!」
「そうじゃそうじゃ! 結局、手は下してないじゃないか!」
まったく、よく喋る。
この老人たちは最初からケチだったが、ここでもその本性を惜しみなく発揮してくる。
俺は少し考えながらゴールグの方へ目を向ける。
ゴールグは、村人たちの反応に戸惑ったように、両手を胸の前でぎゅっと握っていた。
「オデ、ココ二住ンデ、良イノ……?」
その問いかけは、小さな子どもが迷子になった時のような声だった。
拒まれる覚悟が、言葉の端に滲んでいた。
村長は小さく頷くと、やわらかい声で答えた。
「勿論じゃ。是非とも住んでくれ、ゴールグ殿。貴方がいてくれるだけで、この森は生き返る」
その言葉を聞いたゴールグの表情が、ゆっくりと、安心したようにほころんだ。
「オデ、家、モウナイ。ココ、ジイチャンノ家ト、同ジ匂イ。……ダカラ、ココ、好キ」
苔の香り、湿った土の温もり、遠くで鳴く鳥の声——
きっとゴールグにとっては、すべてが“家”の記憶に繋がっているのだろう。
俺はそっと溜息を吐いた。
とにかく、誰も傷つかずに済んだ。それだけでもう、上等だ。
村人との和解と、ゴールグのキャラクターがぐっと掘り下げられる回です。
「戦わずに済ませる」ことの価値を、少しでも伝えられたら嬉しいです。




