第1話 とりあえず集合はいつもの酒場な
世界が少しだけ落ち着いた今、彼らの仕事も始まる。
舞台はいつもの酒場。依頼とエールが交わされる、変わらぬ日常から物語は始まる。
勇者が魔王を倒した。
案外呆気ない。
言っておくが、勇者は俺じゃないぞ?
俺はただの賞金稼ぎ。ギルドから依頼を受けて、生計を立てているだけの人種だ。
魔王が倒されたからといって、すぐに平和になるわけじゃない。
魔王軍の残党がまだ残っていて、その中には次期魔王候補もいるとか、いないとか。
まぁ、大規模な残党狩りは王国軍がやるだろうし、そんな内容はギルドに降りてこない。
軍対軍の話だ。しがない賞金稼ぎの出る幕はない。
世界の平和だの何だのと言うのは正直、どうでもいい。
飯が食える程度に治安が悪い方が、俺にとって都合がいいってもんだ。
「大将!エール!」
俺はいつもの酒場のいつもの席に座り、樽ジョッキのエールを注文する。
「おう、ガル!最近どうだ!」
俺の声を聞きつけて、大将が厨房から顔を出す。
席数が30にも満たない小さな酒場。
俺以外に客は3人程しかいないため、厨房も忙しくはないようだ。
まぁ、真昼間から酒を飲む奴などそんなに多くはない。
この酒場は昔からの馴染みで、幼い頃から世話になっている。
金のない時にタダで飯を食わせてくれたり、店の手伝いで雇ってくれたり、色々と恩がある店だ。
「ボチボチだな。魔王が倒されたらしいけど、しばらくは軍同士の戦いがまだ続くだろう」
俺は懐から少し潰れた巻き煙草を取り出し、マッチで火を点ける。
「平和になってくれればいいんだがなー。客入りも良くなる」
「そうか?飯のタネがなくなっちまったら俺は困るぜ」
「ハッハッハ、だったら軍の剣術師範にでも仕官すりゃいい。食いっぱぐれもない。ガルの腕前なら充分いけるだろ」
冗談なのか本気なのか分からないが、大将はいつも王国軍の師範になれと言う。
しかし、俺の様な貴族の家系でも、軍人の家系でもない奴がなれる様な職業ではない。
「ダメダメ。俺みたいな何処の馬の骨かわからん奴を抱えたりしねーよ。犯罪歴もあるしな」
「そんな言い方するな」
俺の幼少期を知っているのはこの大将くらいしかいない。
剣も振れないくらいに幼い頃は、食べ物をくすねたり、スリなんかもやっていた。
そのせいで、よく憲兵のお世話になっていたし、その頃の犯罪記録もしっかりと残っている。
今現在、主に盗賊が担当する筈の斥候を兼任出来ているというのは皮肉な話だ。
「ま、俺には賞金稼ぎがちょうどいいんだよ」
煙の輪っかを口から天井に向けて吐き出す。
「そうそう。コイツは師範なんぞ無理だわい、素行が悪過ぎる」
鉱矮人が俺の隣の席にドカリと腰掛けた。
筋骨隆々で低身長のずんぐりむっくりな体型に、長く伸ばした顎髭を三つ編みにしている。
「うるせぇぞ、グロー」
この口の悪い鉱矮人は俺の相棒。
ここ数年、一緒に依頼をこなしている。
今年で170歳らしいが、長命な種族である鉱矮人ではまだまだ若造らしい。
あ、ちなみに俺は人間の32歳だ。
「カッカッカ!大将、ワシにもエールを頼む!」
「あいよ、ちょっと待ってな!」
大将は厨房へ引っ込む。
第一章の始まりです。
酒場から始まるのは王道ですが、この作品では“少しズレた日常”を描きたかったのです。
会話のテンポや雰囲気を楽しんでいただけたら嬉しいです!