第16話 さて、本題だ
情報は揃い、戦果は確認された。
問題は、その先に待つ“本命”――武装した巨人。
「ただいま戻りました」
コフィーヌがピュートを伴って戻ってきた。馬上から軽く敬礼しながら報告する。
「ご苦労。状況は?」
「ガル殿の仰った通り、街道から少し離れた休憩所に、大量の矮鬼の焼死体がありました。穴が深く、死体が折り重なっているため正確な数までは分かりませんが、逃亡した痕跡も見つかりません。あれで全滅と見て間違いないかと」
「大まかな数は?」
「……おおよそ、五十は下らないかと」
「街道で最初に襲ってきた矮鬼の確認は?」
「そちらも。装備の特徴や統一感から見て、同じ部隊のものと判断できます」
「ふむ。そして……ここの矮鬼と黒醜人か」
地面にずらりと並べられた死体を、サリィンが静かに見下ろす。焼け焦げた空気がまだ地に残っていた。
「……本当に、お二人で殲滅なさったのですね。感服致しました」
その声に、俺は煙草をふかしながら、肩をすくめる。
「矮鬼は単純だからな。統率していた黒醜人も、結局はただのバカだったよ」
「黒醜人は百人長のバズグルを名乗っていた」
「百人長・バズグル……。軍の情報部に記録があるか確認させましょう」
コフィーヌが控え目に口を開く。
「伍長、休憩所についてですが、あのまま埋めてしまった方が良いかと。死体の引き上げには相当な人手と時間が要ります」
「確かに。あれ以上腐敗が進めば、感染症の温床にもなりかねん。報告書に記載した上で早急に埋め立てを。ピュート殿」
「はい」
「あの休憩所、閉鎖しても構いませんか?」
「ええ。あの場所は街道から少し外れておりますし、元より利用頻度も低いです」
「……そこまで想定して、あそこに罠を仕掛けたのですか?」
サリィンが俺を見やった。わずかに目を細めて。
「まぁな。あの手の休憩所には、俺たちも世話になってる。あそこで済ませられれば、被害は最小限だろ?」
「お見逸れしました。我々も処理の手間が省けて助かります」
「お互い、暇じゃないからな」
焚火の煙が、わずかに西風に流れていく。風向きが変わった。日が翳り始めている。
「我々は一度、東方司令部に戻って報告を。エルウィン殿の件も、正式に引き継がせて頂きます」
「件の穴、埋めるだけでよければワシがやっておくが?」
「助かります。ピュート殿は休憩所の閉鎖手続きをお願い致します」
「承知致しました。商団にも連絡済みですので、明日には規制線を張れるかと」
「改めまして、ガル殿、グロー殿、ピュート殿。魔王軍残党の討伐、ご苦労様でした。街へお戻りの際には軍の事務局へお立ち寄りください。ささやかですが報奨金をご用意いたします」
「ありがたく頂戴するよ」
会話が一区切りしたところで、俺はエルウィンの方へ目を向けた。
彼女は不安げに、馬上のサリィンとコフィーヌを見ていた。
「エルウィン」
そっと声を掛ける。
「俺たちとは、ここで一旦お別れだ。けど、こいつらはお前を悪いようにはしない。……何か困ったことがあった時は、俺のとこに来い」
エルウィンは静かに頷く。
そして、言葉を探すように、ゆっくりと口を開いた。
「ガル、グロー……ありがとう。忘れない」
たどたどしいが、はっきりと届いた言葉だった。
丁寧に頭を下げたその所作は、やはり品がある。
そのまま、彼女はコフィーヌの馬に軽やかに乗り込んだ。
「では、失礼します」
サリィンの号令とともに、馬蹄の音が遠ざかっていく。
「……色々と忙しい一日だったのぉ」
グローがパイプに火を点け、深く吸い込む。
「グロー、あの穴の処理頼むな。俺は昨日の休憩所で飯の準備しとく。ピュート、お疲れさん。よくやったな」
「いえいえ!こちらこそ、討伐していただいて大助かりです!」
荷をまとめつつ、軽口を交わす。
「しかしあれだな、水晶の幻影はよく出来てた」
「一回使い切りですけどね。周囲の風景を記憶して映す魔法の水晶、なかなか面白いでしょ?」
「矮鬼もまんまと騙されおったのぉ。少々、楽過ぎたかもしれんがの」
「それに、あの油――灯油だっけか? あれも火が回るのが早くて使いやすかったな」
「寒冷地では暖房にも使うんですよ。次回も何かあればお声掛けください」
「そのうちな」
そうして、俺たちは遺跡を後にした。
矮鬼の件も、エルウィンの件も終わった。
やっと、本来の目的――村への護衛任務に戻れる。
だが、俺にはひとつだけ、気がかりがあった。
「ピュート」
「なんでしょう?」
いつも通りの営業スマイル。だが、その目はどこか読み合いを感じている。
「……俺たちが、この依頼を引き受けた理由。アンタ、もう分かってるだろ?」
「……え?」
ピュートの笑顔が、ほんの一瞬だけ、引きつった。
その“間”を俺は逃さなかった。
「向かっている村からは、巨人の討伐依頼が出てる。出させたのは、商団だろ?」
「なに……?」
グローの顔色が変わる。
「村は、水薬が特産。その原料が取れる山に巨人が住み着いて、生産が止まってる。
あんたの商団はそれを買い取り、市場に流してる。原料が手に入らなきゃ、商売も止まる。
そこに街道で襲撃が起きた。……だから、護衛依頼を出して、うまく処理できる人間を探したってわけだ」
ピュートは、短く、観念したようなため息を吐いた。
「……ガル殿の仰る通りです。完全に見抜かれていたとは……」
「いや、依頼を選んだのはグローだ。感謝するなら、あいつにしろ」
「ふん。最初からまとめて依頼してくれた方が楽だったぞ」
「そうはいかんのです。護衛と討伐をセットで出すと、手数料が一気に跳ね上がる」
「そうなのか?」
「討伐とそれ以外の依頼を併せると、調整料込みで倍近くなるんだよ。……依頼掲示板見てんのに知らねーのかよ……」
「依頼側に掛かる経費なんぞ知らんわい」
「まぁ、これで街道は安全になるし、水薬の供給も戻る。アンタらにとっては万々歳だろ?」
「まさに、仰る通りです」
そのやり取りの中で、俺の脳裏に、もうひとつの違和感が浮かんでいた。
「なあ、ピュート。あんた、その巨人――見たことあるか?」
「いえ、私は後方担当で……現地を見たのは仕入れ係の方です」
「じゃあ、その仕入れ係、どう言ってた? 特徴とかあれば」
「ええと……とにかく“大きい”。あと、“武装してた”そうです」
「武装、ね……」
俺はそれだけ言って、くゆる煙を目で追った。
「全部、繋がってるかもしれねぇな……」
一連の狗鬼戦を経て、ようやく本題に入ります。
戦いの裏にあるもの、仕掛けた者たちの影が、少しずつ浮かび上がってきました。
クライマックスに向けて、緊張感が増していきます!