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お前に掛けたれた賞金は安いからいつもなら見逃すのだが  作者: Soh.Su-K
第一章 一節 巨人討伐依頼編
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第14話 泣きたい時は泣いた方がいい

千年の眠りから覚めたエルフは、失った時の重さを知る。

そして、言葉の通じないまま、彼女は涙を流す。

「待て待て!落ち着け!」


 俺は両手を前に出し、長弓ロングボウを引いている女を宥めようとした。


「お主が至らん事をするからだ!」

「俺のせいかよ!」

「他に考えられんだろうが!」


 グローは双斧ツインアクスを地面に投げ捨て、両手を上げる。

 俺も腰の刀を床に落とす。


「敵じゃない!だから落ち着け!」


 女は俺たちと落とした武器を交互に見て、やがてゆっくりと弓を下ろした。


「はぁ……」

「ありゃ、明らかにガルを狙っておったぞい」

「ああ、完全に眉間ど真ん中だったな……」


 遅れて冷や汗がにじむ。生きた心地がしないとはこのことだ。


「して、お前さん、名前は?」


 グローが話しかける。

 女はしかめ面のまま口を開いた。


「○△%◎◆&×#□!」

「……はぁ?」

「……何じゃて?」


 俺たちの反応に苛立ったのか、今度は少しゆっくりと大きな声で話す。


「○△%◎◆&×#□!!」


 それでもやはり意味は分からなかった。


「ダメだ、まったく通じん……」

「もしかして、古代耳長人(エルフ)語か?」

「だとしたら、ワシには無理じゃ」

「俺もだな……」


 ただ、どこかで聞いたような音の並びではあった。


「古い言い回しなら通じるかもしれん」

「なら、やってみるがよい」


 俺は咳払いをしてから、普段なら絶対に使わない言い方で喋ってみた。


「某の名はガルと申す。其方(そなた)、名は?」

「……いつの時代じゃ……」


 グローが呆れた顔をする一方で、女は目を瞬かせていた。


「……ガル……?」

「そう!俺はガル!」


 自分を指差して何度も言う。


人間ヒューム……ガル」

「おう、いいぞ」


 女は次に、グローの方を見る。


「……鉱矮人(ドワーフ)……」

「そうそう、こいつはグロー」

「グロー……?」

「その通り」


 女はゆっくりと頷いた。名前を覚えたようだ。


「俺がガル、こいつがグロー。で、あんたの名前は?」


 女はふと胸元を見下ろす。

 そこには、銀のアミュレットが輝いていた。

 それを手に取り、じっと眺める。


「エルウィン……」

「ん?」

「わたし……は……エルウィン……」


 思い出したというより、その場で名乗ったような言い方だった。


「片言だが、ワシらの言葉を真似しとる」

「頭は良いな」

「当然じゃ。古代耳長人の知性、今の耳長人の比じゃない」


「ピュートが戻る頃には、日常会話できそうだな」


 と、その時。

 「ぐぅう」と部屋に腹の音が響いた。


「腹の虫か?」

「俺じゃないぞ」


 エルウィンの顔は、耳まで真っ赤だった。


「ははっ、千年も寝てたらそりゃ腹も減るわな」

「ピュートの腸詰、少し残っておる。温めてやるかの」

「礼拝堂、まだ死体まみれだけど大丈夫か?」

「武器が置かれておったのなら、あれは戦士じゃ。多少のことでは動じんじゃろ」


 礼拝堂に戻ると、やはり血の臭いがきつい。

 エルウィンは、表情を変えずに一体の矮鬼の死体へと歩み寄り、しゃがみ込んだ。

 しばらく黙って見つめた後、顔を上げてこちらを見た。


「ガル、グロー、たおした、矮鬼」

「お、おう」


 頷くと、エルウィンは静かにお辞儀をした。

 仕草ひとつひとつが整っていて、見惚れてしまう。


「◎◆%〇$……」


 またも分からぬ古い言葉だったが、礼を言っているのは分かった。


「仕事のついでだ。礼なんていらねえよ」


 それでも、まっすぐな視線を向けられると、ちょっとだけ照れくさい。

 その様子を見て、グローがにやにやと笑う。


「ふっ、意外と純情なんじゃなかろうの」

「うるせぇ……」


 俺は視線を逸らして話題を変える。


「そういや、ピュートって、あとどれくらいで戻るんだ?」

「早馬なら、もうそろそろ戻るじゃろうな」


 外へ出ると、太陽はすでに高い位置にあった。

 どうやら神殿内で時間感覚が狂っていたらしい。

 俺が空を見上げ、大きく伸びをしたその時――

 エルウィンが俺とグローを押しのけ、膝をついて地面に崩れた。

 声も出さず、ただ静かに泣いていた。


「……そうか」


 グローがぽつりと呟く。


「たぶん、自分が千年以上眠っていたってこと、今ようやく実感したんじゃろうな」

「町の記憶は、多少なりとも残ってたんだな」


 俺は迷いながらも、彼女の背中にそっと手を置いた。

 肩は、小さく震えていた。

 故郷をなくした悲しみは、俺には分からない。

 でも――大事な何かを奪われた痛みなら、少しだけ分かる。

 俺とグローは、エルウィンが泣き止むのを、黙って見守っていた。

ファンタジー世界で「言葉が通じない」という現実を、少しだけシリアスに描いてみました。

エルウィンという存在が、ガルやグローにどんな影響を与えていくのか。

ここから物語の色合いが少しずつ変わっていきます。

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