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お前に掛けたれた賞金は安いからいつもなら見逃すのだが  作者: Soh.Su-K
第一章 一節 巨人討伐依頼編
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第9話 少し派手すぎないか?

炎が上がり、闇が裂ける。

グローの仕掛けた罠が、矮鬼たちを灼く。

あとは任せた、という背中。

 夜の森は、しんと静まり返っていた。

 梢のあいだから覗く月は鈍く濁り、雲に吞まれてはまた現れる。光の届かぬ地面には、獣たちの匂いと足音が這っていた。

 その中に、明らかに異なる気配が混じる。

 歪な影が木々のあいだから姿を現した。

 矮鬼(ゴブリン)たちだ。

 鼻を鳴らし、耳を立て、匂いを探る。

 地面に落ちた毛や、枝に引っ掛かった布の繊維、踏み固められた足跡。

 いくつもの“気配”を拾いながら、群れはじりじりと森の奥――狙った獲物の元へ進んでいく。

 一体が低く唸る。先行した者から戻った情報を共有する。

 ――この先に、人間どもがいる。

 十数体の矮鬼たちは、木々の間に溶け込むように姿勢を低くし、地を這うようにして進んだ。

 やがて拓けた場所を見つけた。

 焚き火の跡があった。

 丸く焦げた石の囲い。灰はまだ白く、風に乗って舞っている。

 荷馬車が三台、横並びに並べられていた。帆布がかけられ、影の中に荷が見えた。

 木の幹には馬の手綱が巻きつけられており、鼻をくすぐるような匂いが残っている。

 襲撃に失敗して逃した商団だ。

 顎を砕かれて逃げ帰ってきた奴は見せしめされた。

 今度は失敗しない。

 それだけの数を揃えたのだ。

 気配を探る。

 そこには“生活”があった。

 テントが三つ。

 どれも布の色が淡く、夜でもよく目立つ。

 しかし、矮鬼たちは違和感を覚えていた。

 音がしない。

 火の弾ける音も、寝息も、鼾も、会話もない。

 匂いはある。痕跡もある。だが、“音”が消えている。

 一体が鼻を鳴らし、もう一体が耳をぴくりと震わせる。

 後続の影たちは、湿った土を踏むたびに足裏で感触を確かめるようにして歩を進めた。

 あまりにも静かすぎる。

 それでも、もう止まれない。

 獣の群れにとって、疑いとは止まる理由ではなく、殺しを早める材料にすぎなかった。

 一体、また一体と、木々の影から姿を現し始める。

 短剣を握る者、棍棒を持った者、牙を剥いた者――。

 獲物を狙う動きに躊躇はなかった。

 前列を走っていた四体が消えた。

 地面が沈み、重みが抜けたのだ。

 瞬き一つの時間もなく、足元が崩れ去った。

 踏み出した脚が空を切り、体が重力に引かれる。

 口を開いたままの顔が、何かを叫ぼうとするが、音にはならなかった。

 そのまま、闇の底へ。

 後続の矮鬼たちは、足場が崩れた様子に気付き、急停止しようとした。

 だが、前の者とぶつかり、体勢を崩し、結果――二段目の地面まで一気に崩れた。

 黒い穴がさらに広がる。

 土が舞い、視界が遮られる。仲間の体が、突如消える。

 わけが分からず止まった矮鬼たちにとって、それは「何が起きたか」ではなく、ただの“恐怖の渦”だった。

 穴の底では、落ちた矮鬼たちがもがいていた。

 短い腕を振り回し、壁を爪で引っ掻き、踏み台になるものを探して押し合う。

 壁を登ることが出来ない。

 ぬめりのある液体が広がっていた。

 鼻を突く、刺激臭。

 足を踏み出せば滑る。爪を立てれば剥がれる。

 必死に這い上がろうとする者が、背中から崩れた仲間に押し潰され、喉を鳴らした。

 登れない。

 何かがおかしい。

 視界が狭まり、嗅覚が鈍り、ただ“逃げ出したい”という衝動だけが膨れ上がっていく。

 生への衝動から、上を見上げたとき光が見えた。


「やれやれ、ちと派手すぎたかの」


 松明を持ったグローが現れた。

 布地を巻いた先がちろちろと燃え、ほのかに照らし出すその顔は、どこまでも穏やかだった。


「主ら、ここで終わりじゃ」


 誰に聞かせるでもない呟き。

 矮鬼たちの呻きが、かすかに響く穴の中へ向かって、言葉を落とす。

 地面の裂け目から上がる蒸気。

 風が流れ、煙の匂いを運んでいく。


「ワシは鉱矮人(ドワーフ)じゃからな。掘るのも固めるのも慣れとる。この内壁には石化の魔法を掛けとるからどう足掻いても登れんし、穴すら掘れんぞ」


 穴の縁まで歩み寄り、グローは片手を掲げた。

 松明の炎が、音を立てて揺れる。


「油と藁もたっぷり使わせてもろうた。商会の準備の良さには、感心するわい」


 軽く肩をすくめて、グローは松明を放り投げる。

 瞬間、火が走る。

 液体が燃え、藁に移り、空気を喰らって炎が跳ね上がる。

 炎が広がり、黒煙が舞い、赤い閃光が夜の闇を突き破った。

 穴の中から、しばし呻きにも似た音が漏れるが、それもすぐにかき消された。

 木々が風に揺れる。

 炎は下から上へ、螺旋を描くように燃え上がる。

 焦げた臭いと土の匂いが混ざり、空気はじっとりと重かった。

 グローは巨大な火柱を上げる罠を一瞥し、静かに歩き出す。


「さて、ワシの役目は果たした。……あとはガルの番じゃの」


 背を向けるグローの足取りは、遅くもなく、急くでもなかった。

 ただ、淡々と。

 すべきことを終えた者の、それらしい歩き方だった。

 炎の中で動くものはもういない。

 残るは、巣に潜む“本命”のみだ。

ド派手な罠発動回。

グローの職人としての一面や、圃矮人たちの装備提供も活きてきました。

このあたりから、少しずつ「仲間たちの信頼関係」も浮かび上がってきます。

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