表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

オリジナル短編集

宿縁

作者: のなめ

彼はずっと何かを探している。それは自分でも分からない。今までに自分が見たものかもしれないしそうでないものかもしれない。しかし物心ついてから、ずっと心の片隅にありどれだけ小さくなろうとも決して消えることのない違和感。そんな得体の知れないものの正体をずっと探している。


彼は中学生まで、何の変哲もなくごくごく普通の学生時代を過ごしてきた。勉強だって運動だって、どれをとっても平均的で熱中できるものは何もなかった。受験勉強だってろくにせず家から近いからという理由でその高校に入ったのだ。言ってしまえば、特に目標ややりたい事もなく、なんとなく今まで生きてきたのだろう。だが高校に入って学問の幅も広がり、色々な経験をしていく中で、強烈に自分の興味を引く分野と出会った。それは宇宙に関するものだ。別に物理学や量子力学、天文学などに興味を抱いたわけじゃない。ただいつからか、宇宙飛行士達と同様、地球の外側の景色を、自分も実際に行ってこの目で見てみたいと強く思うようになっていた。それは興味というよりは憧れに近いかもしれないが。もちろん教科書や図鑑、ネットなどで探せばいくらでも見れるだろうが、そんなものに意味はない。実際に行き自分の目で見るからこそ得られる感動や発見があるというものだ。逆に言えばそういったものでしか見ることの叶わない世界であり、選ばれた者しか本当の意味で目にすることが出来ない景色でもある。そう、ようやく彼は、心の底からやりたい事や目標を見つけることが出来たのだ。


「俺が宇宙飛行士になることで多少なりとも前に進む事が出来れば、幼い頃から抱いてきた違和感の正体も少しは分かるかもしれないしな」


実際に行って自分の目で宇宙を見ること、そして幼い頃から抱き続けてきたどれだけ小さくなろうとも決して消えることはない違和感の正体。その解明。それらを意識する度に、彼は今までにないくらいの鼓動の高まりを感じた。だからこそ確信する。自分の進む道は間違いなくここなのだと――。


*************************************



それからおよそ十五年の月日が流れた。文明は発達し、一人乗りの宇宙船すら出来ていた。また、各宇宙飛行士達はそれを利用し、冬眠をしながらそれぞれ指定された惑星に向かい調査をするという任務を遂行していた。もちろん文明が発達した分、民間人でも比較的簡単に宇宙に行けるようになったが、あくまで成層圏までと限られている上に、大人気なため五年先の予約まで埋まっているようだった。そして肝心の彼はというと――あれから宇宙飛行士になるために過酷な訓練や勉強を寝る間も惜しんで日々やりこみ、数多の難関な試験をクリアして、十五年の時を経て念願の宇宙飛行士になっていたのだ。彼は自分に送られてきた宇宙飛行士の認定書を机の上に置くと、洗面台に行き顔を洗って、鏡を見つめ呟いた。


「気付けば、あれから十五年も経ってしまったか......。苦しかったし、本当に長かった......。だが当時の熱は今でも残っているどころか年々増しているし、あの違和感だって結局消えないままだ。ようやく、その時が来たんだな」


そこには当時の弱々しく何も考えていない少年のような面影はどこにもなく、鍛え抜かれた肉体と覚悟や決意を瞳に宿した男が写っていた。どうやら実際に宇宙飛行士として活動するのは来月かららしい。彼は来月になるのを今か今かと待った。出来れば明日、明後日にでもと願っていた。そしてそんな思いが誰かに届いたのかは分からないが、自分の些細な願いは思わぬ形で実現してしまうことになる――。


「おい!皆ちょっといいか!!人工衛星からの画像だ!!これを見てくれ!!」


彼が認定されてから一週間後、某研究施設にて訓練を繰り返していた彼は、一人の職員が慌ただしく周りの仲間達に呼びかけているのを確認する。なんだなんだとその職員の周りに集まる中、彼らが目にしたもの、それは――


「――これ、人か......?」


位置は地球と月の中間点付近。そこに、一人と言えるのか分からないが人のような形をした何かが写っている。そしてそれを撮影した人工衛星は、画像を送った後に故障したのか、今は全く接続出来ないようだった。


「ど、どういうことだ?宇宙人ってわけじゃないよな?」


「いや宇宙人だとしたら何で生身で浮いているんだ」


「宇宙船はどこだ?第一、何しに来た......?」


「侵略に決まってるだろう。植民地でも探しに来たに違いない」


「おい何で人工衛星に接続出来ないんだ!それもあれの仕業なのか!?」


数々の意見や情報が交差し半ば施設内がパニックに陥っている中、彼だけは、何故かそこに妙な違和感を覚えていた。そして自分の中にある消しても消せない違和感と照らし合わせた時の感覚、それがどうも一致していることに気が付いた。


「同じ違和感だ――。だが分からない。何故だ?何故あんなものに......?」


施設内の職員たちは今もそれについてどうするか、ああでもないこうでもないと言いながら話し合っている。そんな中、彼は手を挙げて大声で言った。


「もし、出来るなら......私が直接それのもとに行って、その正体を確認したいのですが、よろしいでしょうか?」


「な、なにっ!?今何と言った!?自分が行って直接確認してくる?ふざけた真似はよせ。そんなことをしたら君に何が起こるか分らんぞ!」


「あなた方の話し合いを聞いていれば、あれはどうやら宇宙人で地球を植民地にする為の視察だと言っていたり、地球と友好関係築きに来たどこかの星の使者だと言う方もいます。だからこそ、唯一地球に残っている宇宙飛行士である私が、その確認をしてこようと思うのです。このまま議論していてもらちが明かない。それどころかあれが動き出すかもしれませんよ?今は静止しているみたいですが。もちろん、危険は承知の上です」


「くっ...しかし......」


「大丈夫です。このまま何となく時が過ぎていくのが一番良くない。今ここで重要なのは、あの得体の知れないものの正体を確かめること。敵意はあるのか、目的は何なのか、それを聞かない限りここでいつまで話し合っていようと答えは一向に出ません。それに一人用の宇宙船なら直ぐに辿り着く距離です。時間が無い今、方法を考えている余裕なんて我々にはないんですよ。そして私なら覚悟は出来ていると、申し上げたんです」


「――分かった。やむを得まい......許可しよう。ただ、このカメラを宇宙船につけてくれ。状況が伝わるようにな」


「分かりました。許可していただきありがとうございます。では、さっそく向かいます」


彼らは迷いなく宇宙船に乗り込む彼の姿をどのように捉えていたのだろうか。半分は期待を込めて勇敢な地球人代表として見送り、もう半分は自分から死地に赴くような哀れな若者として見送ったのかもしれない。しかし、当の彼自身は自分の中に溢れ出る共通の違和感の核心に迫る気持ちで胸が一杯だった。故に後先のことなど、ましてや自分がどうなるかすら考えていなかった。ただそこに行けば、何かが分かると思った。その一心で彼はエンジンを起動し飛び立つと、あっという間に大気圏を抜け、目的地までの所要時間を確認する。


「このまま順調にいけば大体三十分ってところか。しかしこの高鳴る鼓動は一体何なんだ?幼い頃からずっと引き摺ってきた違和感、その違和感がどうもあれに対する違和感と酷似している......というか同じだ。俺は遂に、その違和感の正体に辿り着けるかもしれない」


およそ違和感を意識し始めてから三十年近くが経っていた。そんなに経っていれば普通なら忘れてもおかしくはないのに覚えている。消しても消しても消えないもの。記憶の片隅にありどれだけ小さくなろうと存在している違和感。それが今爆発的に膨れ上がり自分の潜在意識がその違和感の正体を求めているようだ。全身の細胞がこれから起こるであろう未来に期待し打ち震えているように感じる。まさに、今か。彼はそんなことを考えているうちに、遂に目的の場所に到着した。するとそこには――


「な、なんだ......?この子は――」


彼は自分の目に写る、銀髪で白と黒を基調としたセーラー服のようなものを着ている女の人を見て、思わず声が出た。その子は宇宙服を着ていなかった。それどころかまわりに宇宙船や乗り物は何もない。彼女しかいない。彼は宇宙船から降り、宇宙服に命綱を付け彼女の顔が正面からはっきりと見える位置まで近づく。彼女は目を瞑っていた。まつ毛、眉毛も銀色で、肌は雪のように白く、儚くも美しい少女だった。見れば見るほど人間にしか見えないのが不思議だ。今まであれだけ鳴っていた鼓動が、嘘のように静まり返っている。そんな状態で、まずは冷静に周りを観察してみることにした。さっきは違和感についての思考に夢中で、自分が宇宙を飛んでいるなんて意識すらしていなかった。


「改めて、ここが俺の見たかった景色か――」


それにしても恐ろしく静かな世界だ。今頃宇宙船内の遠目に写るカメラからこの状況は施設内に中継されて大騒ぎになっているだろうが、そんなことすら感じさせないほどの静寂。まるで、この世界には自分とその少女しかいないかのように――。見方によっては自分とその少女のための世界にすら思えてくる。そして月と地球に挟まれ、足元と周りには、漆黒の闇と遠くに輝く星々がどこまでもどこまでも続いている。それを見たものはただただ広大なスケールの景色に圧倒され、美しい星々の光に魅入ってしまうだろう。はたまた底の知れない闇に吞み込まれそうになるかもしれない。まさに自分の目で見なければ体験出来ない感情。ここに来れて良かった。そう思い、再び彼女の方に向き直ろうと視線を戻したのと、彼女が目をゆっくりと開けるのは同時だった――。


「ぁ......」


彼は言葉が出なかった。あまりにも彼女の美しさ、そして宇宙の壮大さが調和しており、それに一瞬だが釘付けになってしまう。時間で言えばほんの一瞬、しかし彼にはそれが永遠にも感じられ、本当に時間が止まったかのような感覚すら覚ていた。


「――」


彼女は何も言わない、口も開かない。ただ無言で、こちらを見つめ近づいてくる。まるで彼女の求めていたものが彼自身であるかのように――。そして彼もまた、何も言わず、口も開けず、この先に何が起きるか考えもせず、ただ見つめ返し彼女を待つ。それが正しいように思えたから――。そして彼女は手を伸ばせば触れられる距離まで近づくと目を細め、自分の手を彼のヘルメット、それの頬に当たる部分を撫でるように触った。その瞬間――彼の目からヘルメット越しにも分かるくらい、大粒の涙が溢れ出していた。いつの記憶なのだろう。そもそも誰の記憶だろうか。それすら分からないのに涙がとめどなく零れ落ちてしまうこの感情は何なのだろうか。ずっと探し求めていたような、懐かしく暖かいもの――。しかし決して交わるはずのないもの――。そして彼女は一瞬だけ悲しげに微笑み、消えてしまった。残された世界にはもう自分しかいない。どこまでも続く闇の世界にたった一人取り残されたような感覚。ただ、何かは分からない、覚えのないものが何故か彼の心の違和感を満たしていく。それは孤独なのに、とても暖かかった。幼い頃から探していたもの、その正体。彼は頭ではないどこかで、それを覚えていたのかもしれない――。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ