第五話 黄龍会
今日は教室で小中さんや洸と別れて、一人で帰ることにした。なぜなら、買い出しを頼まれたからだ。今年で中三の双子の妹、彼女達からスマホに連絡が来ていたのだ。
本当ならまた小中さんと一緒に帰りたいところだが、夕飯までに買って帰らないといけないのでゆっくり帰ってはいられない。
下駄箱で靴を履き替えて、校門を出る。
そこに一人の少年が立っていた。その少年には見覚えがある。先日お婆ちゃんに絡んでいた不良少年である。
その少年は俺のことをずっと見ていて、視線を外さない。
こちらも距離が縮まると同時に警戒度をあげていく。
「こんちわ!この前は失礼しました!」
「え………」
予想外の展開に間の抜けた声が漏れる。
「会長があなたのことを呼んでこいと。ついてきていただけますか?」
しばらく歩き、町の中心部から少し離れる。そこで、路地裏に入るとビルに囲まれた広場が現れる。
そこには大勢の不良少年が集まっていて、広場の奥、俺の前方に一人だけ明らかに雰囲気の違う奴が一人座っている。
「よぉ!シン!元気にしてたか!」
その男が俺に話しかけてくる。彼こそが中区を縄張りにしている「黄龍会」の会長、龍崎 神也だ。
「おう、久し振り。てか、その呼び方やめろって言ったろ、お前の名前と被るし」
「まあそう言うなって。呼びやすいし、こっちの方が格好いいじゃねぇか」
座っていた龍崎は立ち上がり、喋りながらこちらへと歩いてくる。龍崎の肩には黒い上着がかかっている。「なぜ落ちないのだろうか?」などというどうでもいい疑問は頭の中から払拭する。
「そいつから聞いたぜ。お前に迷惑かけたんだってな」
龍崎は俺のことをここまで案内してくれた少年の方へ一瞬目線移す。
それを感じた少年は汗をかきながら、足を少し震わせていた。その挙動から龍崎がこの黄龍会で絶対的な存在であることが窺える。
ビビりまくっている少年が不憫に思え、俺は少年を少しばかり庇うような発言をする。
「別に気にしちゃいねぇよ。迷惑って言うまでもねぇくらいのことだったからな」
「そうか。お前が良いなら、良いけどよ」
俺が気にしていないと言ったら、龍崎は納得したようだ。だが、先程から龍崎の後ろで控えている奴が尋常ではない剣幕で俺のことを見ている。
俺はこいつに恨まれるようなことでもしたのだろうか。
そんなことを考えていると、その俺を睨んできている奴が龍崎に話しかける。
「会長、何者なんですかこいつは?先程から会長とため口で話していますが」
その質問を聞いて、龍崎はキョトンとしていたが、すぐに合点がいったようで説明をする。
「ああ、お前が入る前の出来事だから知らなくても無理ないか。こいつはな、前に黄龍会の二番手やってたんだよ」
広場にいる黄龍会の会員全体がザワザワとしだす。その雰囲気を代弁するかのように龍崎の後ろに控えている奴が話を続ける。
「………元二番手ですか、つまりあの『黒龍』がこの人だと………」
「一応紹介しとくと、こいつが今二番手やってる真田だ」
「どうも、以後お見知りおきを。………ところで、よろしければ私と手合わせ願えますか?」
唐突の申し出に俺は驚きの表情を隠せずにいた。
もちろん俺は断ろうと口を開く前に龍崎が乗り気で喋り出す。
「いいじゃねぇか!俺も久し振りにシンがやり合ってるところ見てぇしな!」
「ちょっと待て、龍崎。今日は俺『黒爪』持ってないし、戦うなんてごめんだぞ」
俺を戦わせようとしている龍崎に俺は抗議するが、龍崎は俺の耳元で小声で囁く。
「大丈夫だって、脚は使えるだろ。それに面白いものが見れるぜ」
正直に言うと戦いを断りたい理由は「黒爪」を持っていないことだけではない。以前、付き合っていた彼女にフラれたことを自分の中で消化しきれなくてこの黄龍会に所属していた。その時にたまたま成り上がってしまって二番手にまでなってしまったのだが、やはり普通の高校生生活を送るべきだと思い直し黄龍会は抜けた。
それを機に暴力は自衛以外で使わないと決めたのだ。だから、黄龍会を抜けてから今日まで人を殴ったり、蹴ったりはしていない。
それでも会長の誘いを断って、黄龍会全体とやり合うなんて事態になったら、生きて家に帰れるかすら怪しいものだ。ならば、ここは大人しく手合わせに応じておくのが得策である。
「………分かったよ。そこまで言うならやるよ」
その言葉を皮切りに広場に全体に散らばっていた黄龍会メンバーが円状の空間を作るように俺達を囲む。俺と真田は手合わせを始めるのに支障がないくらいの間隔をとる。
俺は手に持っていた荷物を地面にでも置いておこうかと思っていると、昨日出会い、今日ここまで案内してくれた不良少年が俺の荷物を持ってくれる。汚れるのは本望ではなかったので、ありがたい。
両手が空き、戦闘を始められる状態になった俺は円状の空間で俺の反対側にいる真田に向き直り、構えをとる。しかし、今回は腕による打撃は使うことができない。よって、脚により攻撃を仕掛けるしかない。
戦闘をしていなかった期間のブランクと脚しか使えないハンデが俺に不安という感情を抱かせるが、龍崎は大丈夫だと言っていた。今はその言葉を信じるしかない。
俺と真田を囲み、これから始まる戦いに興奮し、ザワザワしていた黄龍会メンバーが一斉に静まり返る。俺と真田の中間に龍崎が立ち、右手を上げている。そして、龍崎は振り上げた右手を振り下ろすと同時に開始の合図を叫ぶ。
「………………始めッ!!」
その合図と同時に真田に向かって走り出し、距離を一気に詰める。その間、真田は動かずに構えたまま俺を待ち受ける。
距離が縮まり、俺の打撃の間合いに入る。それでもなお真田は動かずに俺を待つ。明らかにカウンターを狙っている。
俺は小手調べのつもりで真田の顔を脚で薙ぎ払う。その攻撃は真田にクリーンヒットし、確実にダメージを与えたように見えた。だが、結果は違った。
俺が攻撃した真田は攻撃が当たった顔の部分から霧のようになり消えていく。次の瞬間、そこには何もなかった。つまり、俺の攻撃は空振ったことになる。
(………なッ!この技はッ!)
攻撃した後の無防備な状態の俺は完全に意識の外にいた真田から頬に強烈な一撃をもらう。
それにより体勢を崩した俺は地面を転がり、その場から二メートル程離れることとなった。
制服が土で汚れてしまったのが気になるが、今はそれどころではない。急いで立ち上がり、再び構えをとる。
俺は視界に真田を捉えながら、殴られたことで切れてしまった口の端を拳で拭う。
俺はあの技を知っている。
ーーー「蜃気楼」
ーーー相手が攻撃をしてきた際に特殊なステップで避けることにより、まるで自分がまだそこにいて、攻撃を受けたかのように相手に見せる技。
そして、俺が知ってる限りこの技を使えるのはただ一人。どういうわけか分からないが真田が「蜃気楼」を使えるのなら、他の技も用心しておくに越したことはないだろう。
しかし、真田の「蜃気楼」は奴のものより数段劣っている。
なぜなら、本来の「蜃気楼」は影が攻撃を受けて、術者が攻撃を相手に当てるまで効果が続くはずである。なのに、真田の「蜃気楼」は俺が攻撃した時点で消えていた。
そしてこの技が攻撃にすることに対して発動するという点からこちらの攻撃は相手に通用しないように思われるが、対処法はある。
そこまで思考を巡らせたところで真田の方から動いてくる。その攻めの姿勢から真田の意図が読み取れる。
おそらく、「蜃気楼」というカウンターをあらかじめ見せておくことでこちらからは容易に手が出せない状況を作り、一方的に攻めるということだろう。だが、先程も言ったように対処法はある。
俺はひたすらに俺へと放たれる打撃をいなし続けている。さすがにこのまま攻め続けられては俺が不利なのでこの戦いに決着を着けることにする。
猛攻の真田の攻撃を見切り、俺は一歩で真田の間合いから離脱。そして、真田へと仕掛ける。
最初の一撃と同じように真田は動かずに構えたままのようだ。つまりまた「蜃気楼」を使うつもりなのだろう。
ーーー「蜃気楼」の対処法。それは、「蜃気楼」が視覚的な効果しか持っていないという点にある。目だけで相手のことを追うと、当然相手のことを見失ってしまう。だが、人間が備えている世界を感じ取る方法はそれだけではない。ならば、視覚以外の五感を使えばいい。それだけである。
俺が側面から真田に蹴りを入れると予想通り攻撃が当たった感覚は無く、直前まで捉えていた真田の姿も跡形もなく消えてしまう。
攻撃を空振らせた俺はすぐさま体勢を整え、目をつぶる。意識を聴覚に集中させ、聞こえてくる音を解析する。
地面を蹴る音、着ている服が互いに擦れる音、微かな呼吸の音。それら全てが真田の今いる位置を教えてくれる。
特定された位置へと俺は蹴りをねじ込む。何も無かったはずの空間へと放たれた蹴りは何かに命中する感覚を俺へと送る。
そして、今まで見えていなかった真田の姿が現れ、吹き飛ぶ。多少は手加減したのだが、真田は万に一つも攻撃をもらうとは思っていなかったらしく、腹部に直接俺の蹴りをめり込ませていた。真田は俺達を取り囲んでいた黄龍会メンバーの元まで飛ばされていき、数人を巻き添えにして倒れ込む。
その結末を見て、俺は真田の元へと駆け寄り、手を差しのべる。
「だ、大丈夫か!?久し振りだったからやり過ぎちまった」
腹を押さえ、痛みに少し顔を歪ませる真田は俺の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
「完敗です。さすがはあの『黒龍』ですね。自分もまだまだということがよく分かりました」
「そう言われると恥ずかしいんだが、お前も十分に強かったぜ。その技、『龍舞』だろ。お前が完全に『龍舞』を使いこなしてたら、俺も勝ってたかどうか怪しいところだ」
「ええ、私のはただの猿真似でしてね。あの人のを見様見真似で再現しているだけですよ」
戦いが終わり、互いを認め、話をしている俺達の元へ龍崎が歩いてくる。
「おつかれ、シン、真田もな」
俺が知っている唯一の「龍舞」の使い手、真田が技を真似ているというあの人は龍崎のことである。
「龍舞」というのは古流武術の一つで、多彩な技を持つことで有名である。龍崎はその「龍舞」を継ぐ一族の末裔らしい。実際、俺も何度かこいつと戦ったことがあるが一度も勝てていない。
「おい、龍崎。真田が『龍舞』使うなんて聞いてないぞ。そういう大事なことは先に話しとけよ」
「いやいや、俺は言ったぞ。『面白いものが見れる』って」
悪気の無い笑顔を俺に向け、しゃべる龍崎。俺はついため息を漏らしてしまう。
周りを見てみると、太陽が下がってきていて、空はオレンジ色に染まっている………………!?
その光景から時間が心配になり、俺の鞄を返してもらって、その中に入っているスマホを取り出し、現在の時刻を確認する。
スマホの画面に表示されるその時刻を見て、血の気が引くのを感じる。
「………悪い。俺急いで帰らないといけないから、帰るわ」
「ああ、お前がその気になったら、いつでも戻ってこいよ」
龍崎の言葉を聞きながら、俺は慌ててその場から走り去る。
この時間からスーパーに寄って、買い物をして帰ると約束の時間には確実に間に合わない。
俺はこの日の帰り道を終始走って帰った。
今回も読んでいただきありがとうございました。
よろしければ、ブックマークと評価お願いします。
引き続きよろしくお願いします。