魔獣③
誰かに後ろから抱き抱えられたと同時に、浮遊感を感じた。
そろそろと目を開けると、さっきまで私が居た所にフェンリルが立っていた。
ー取り敢えず…助かった?ー
チラリと、私のお腹に回された腕を見る。そのまま私を抱き抱えている人を見ると…
エディオル=カルザイン様だった。
「っ!?」
驚き過ぎて、カルザイン様を見つめたまま固まってしまった。
カルザイン様は、左腕で私を抱き抱え、右手には剣を握っている。視線はずっとフェンリルに向けたままだ。心なし息が少し荒く、じんわりと汗をかいている。
ー急いでここに戻って来た?ー
カルザイン様は、視線を動かす事無く
「…大丈夫か?」
と訊いて来た。
「は…い。だ…大丈夫です…。ありがとう…ございます…」
「動けるか?」
「えっと…どう…でしょう?」
今は支えてもらってるけど…まだ足は震えたままだ。
「…では、このまま、もう少し辛抱してくれ。」
そう言うと、カルザイン様はフェンリルに視線を向けたまま、更に力を入れて私を抱き込んだ。そのフェンリルも、私とカルザイン様の方を見たまま視線を外さない。そのまま、お互いが牽制しながら、騎士達もフェンリルも動かない。チリチリと肌を刺す様な緊張感が漂っている。ピクッとフェンリルの耳が何かに反応した次の瞬間──
フェンリルの足下に大きな魔法陣が展開した。それは一気に光を溢れさせ、一瞬にしてフェンリルを包み込んだ。更に、先程の物より小さい魔法陣が五つ展開され、フェンリルの方へと吸い付いて行く。最初に展開された魔法陣が更に輝き、その輝きが一気に弾けた。光がなくなった後に残ったのは…
光の檻に閉じ込められたフェンリルだった。そのフェンリルの首と両手足には光の枷が嵌め込まれている。そのフェンリルからは殺気と怒りが消え、臥せた状態でおとなしくなっていた。
「間に合ったか?」
そう言いながら駆け付けて来たのは、ダルシニアン様だった。
「あぁ、クレイル助かったよ。」
「それなら良かった…。あれ?ハル殿?」
「今の魔法陣は…ダルシニアン様が?」
「ん?そうだよ?フェンリルは手強いから、やっつけるなんて無理だから、取り敢えず拘束する事にしたんだ。それでも、なかなかうまくいかなくて…森から逃げられてしまったんだ。何とか、ここで止められて良かったよ。」
「あ…あのっ…聖女様達は?騎士様達も…大丈夫なんですか?」
「あぁ、皆大丈夫だよ。聖女様達も、フェンリルが森から逃げた後、ハル殿の事を心配していたけど、フェンリルが暴れたせいで穢れが増えたから、今はまだ浄化をされてて、まだ戻って来れないんだ。大怪我をした騎士もいないよ。」
「…良かった…です…。」
ふにゃっと笑って、泣くのを堪える。
「「………」」
ダルシニアン様とカルザイン様が、少し固まる。
「?」
どうした?と思っていると、先にダルシニアン様が我を取り戻したように
「ふぅー…。で?エディオルは、いつまでそうしているつもりだい?」
ビクッとカルザイン様が反応して、サッと私から腕を離した─って!?離された瞬間、もともと足に力が入っていなかった私は、その場にへたり込んでしまった。
「ハル殿!?大丈夫!?」
「す…すみません…その…足に力が入らなくて…こんな大きな…魔獣なんて…私の世界には…居なくて…」
そもそも、フェンリルなんて神話に出て来るだけの生き物だ。それが、この世界では本当に存在する。本当に…ここは日本じゃない…地球じゃ…ないんだ─。
ここに来て、初めて怖いと思った。この3年…分かっていたようで、分かっていなかったんだ。
ー還りたい!ー
震える手をギュッと握り締める。
「……」
「はぁー…」
誰かが少し動いた気配がしたのと同時に、誰かが軽く息を吐いた。
「ハル殿、ごめんね。ちょっと…我慢してね?」
「何を─っ!?ひゃあっ!?」
ーえぇぇーっ!?ダルシニアン様に、お姫様抱っこされてます!ど…どうしたら良いですか!?ー
「立てないんでしょう?取り敢えず、ハル殿の部屋迄送るから、少しの間我慢してくれるかな?」
「いえいえ!我慢…じゃなくてですね?ここに放っておいてくれて…だっ…大丈夫です!それに、私…重いですから!お願いします!」
ダルシニアン様は、キョトンとして私を見た後
「あははっ…ハル殿、ちょっと焦り過ぎ…落ち着いて?…ふっ…。」
ー何故笑われるんですか!?えーっ!?ひょっとして、お姫様抱っこは乙女ゲームのあるあるなんですか!?お姉さん!今すぐ情報をください!ー
「ごめんごめん。ハル殿の反応が面しろっ…可愛かったから。兎に角、このフェンリルをなんとかしないといけないから、このままここにハル殿を放置しとくのは…無理だから。歩けないんだったら、おとなしく運ばれてくれるかい?」
ー今、『面白い』って言い掛けたよね?ー




