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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋とエトセトラ

作者: 椿 綾羅

「普通って何だろうね」

 ふと、君は空を見ながらそう言った。雲一つない空に、煙草の紫煙を上げながら。

 私は君の質問の意図がわからず、どうしたの? と返した。君は苦笑いを浮かべて、長くて綺麗な、濃いパープルカラーの髪をかき上げ、煙草の紫煙を吐いた。その拍子に耳についたお揃いのシルバーの翼が煌めいて見えた。

 その仕草をする君も、煙草を吸っている君の姿も、お揃いのピアスが煌めいているところも、全てが完璧で美しい芸術品に見えた。それを、独り占めしているのだという背徳感が、興奮となって身体を駆け巡った気がした。

 オンボロ安アパートのベランダに二人だけ。二人だけの、ささやかで、小さな幸せな世界。

 うーん、と唸っていると、君は小さく笑った。いや、笑ったように見えただけなのかもしれない。私は”普通”について、基本的に考えたこともなかったから、それを見透かして呆れていただけかもしれない。

 下着だけを身にまとった君はタバコの火を消して、シーツのみを身にまとった私を抱きしめる。ほんのり香る煙草の匂いが肺と心を満たした。まるで、君にすべてを支配されているような気分だった。

「例えば、異性同士でこうして、恋人のように抱き合うのは違和感がない」

 耳元で囁くようにそう言った。優しい声がくすぐったくて、肩をすくめた。クスクス君が笑うのがなんか、悔しくて胸に頭をぐりぐり押し付けた。可愛いねえ、と茶化された。何かずるいなと思って、君はかっこいいよねと返した。

 また君は、苦笑いを浮かべて唇に口づけた。なんだか、恥ずかしくて首に腕を回した。

「でも、同性同士だと、こうやって抱き合っていると違和感を感じる人がいる。そして――」

 ――それを、異常だと、普通じゃないと思う人がいる

「普通じゃないと感じれば、普通に戻そうと、本人の意志なんて無視して矯正しようとする人もいる」

「それが、幸せって信じている人はでしょう? 」

 耳元にイタズラに吐息を吹きかけたり、口づけたりするものだから吐息交じりになってしまった。本当に君はずるい。弱いのを知っていてわざとやるのだから。

「そうだね、でもさ、そういう人が多いのは割と否めないでしょ? 特に、一番理解して欲しいと願う人たちにさ」

 その言葉に、古い記憶が再生された。

 自分たちの関係を伝えるために親を呼び出し、話した。散々否定された挙句に拒絶された。まるで、子どもがいじめられっ子を菌扱いして気持ち悪がるように、汚いものに触れるのを嫌がるようにも見えた。その時、追い詰められた末にこぼした君の涙が、ほろ苦いカクテルの中に落ちていったのは今でも忘れられなかった。

「そう、だね……、でもさ、なんで、否定されなきゃいけないんだろ」

 君はうーん、なんでだろと呟きながら、私の長い髪を櫛削るように撫でた。その撫でる手が心地よくて甘えるように、首元に口づけた。

 もう、まだ昼だよ? と言いながら私をなだめる君はすでに猛獣な表情をしていた。君がこんな表情を浮かべたら、口先で言い訳をしても食べられる合図。

 わかっているけど、捕まえられるのが好きだからわざと興奮を抑えて逃げてみる。無駄な抵抗。するりと、君の腕を抜け、挑発的な笑みを浮かべてみる。

「そうだね、まだ昼だし、二回目になるからやめておく? どうせ、夕方には帰るんだろうけど」

「はは、そうだね。でも、それはお誘い? それとも、挑発? どっち? 」

 どっちだろうね、と笑うと猛獣とかした君が私の腕を引っ張り腕の中に閉じ込めた。まるで、餌を捕まえた肉食動物みたいだった。

 そのまま、ベッドに連行されて、シーツを乱暴に剝がされる。こういうところも好きだけど、ちょっと恥ずかしい。優しくベッドに縫い付けられ、愛撫され溶けそうなほどに熱くなった肌を重ねて、啼いて、泣いて。

 嗚呼、本当にこのまま、お互い絡み合ったまま溶けて一つになればいいのに。

 数えきれないくらい、身体を重ね、次のラウンドに入ろうかという時に、君のスマホが鳴った。小さな幸せの終わりの時間の合図だ。

 お互い不満を込めたため息を吐くと、ゆっくり身を起こして身支度を済ませる。

 ふいに、私がねえ、と声をかけると既に獣ではない死んだ魚のような目をした君が振り向いた。

「さっきの話の続きだけど、普通って多分マジョリティのことなんじゃない? 」

「あー、マジョリティは異物にならないもんね。そうすると、異物にならないように生きることが普通ならそうかも知れないね」

 気だるそうに微笑む君は痛々しくて、そっと近づいてキスしようとしたら拒否された。どうやら、普通を演じている姿だから異物となる行為はできないらしい。ケチっと思いながらも、君が拒否した理由を分かっているから、仕方ないなと諦めた。

「普通に生きることが幸せとは限らないのに、普通の枠の中に抑え込もうとする。誰が決めたかわからないのに」

 俯いて、君はそういった。学生の頃から続いた運命と共依存。それが、呪縛になるなんて、無知な私たちは当時思いもしなかった。二人だけの世界には誰も入れやしないと思い込んでいたから。

「異物として見られたくないから、飛び出てはいけないから、ただそれだけの理由で普通を押し付けられるのって酷いよね」

 私は、曖昧に頷くしかなかった。みんな同じでなければならない、それは確かに理不尽で押し付けられるものではないと思う。

 でも、それを言っている君は”普通”に染まった空気をまとっていて違和感があった。そのせいで、君の意見には賛成も反対もできそうになかった。

 偶々、運命の人が同性だっただけなのに。偶々、生まれ持った性別と、心が違っただけなのに。偶々、生まれ持った体質が、遺伝子が性別と少しだけ違っただけなのに。

 偶然であることを一般的ではないから、マジョリティじゃないから、普通じゃないから、そういってどこかへ追いやられるか矯正させられるか。

 余りにも、理不尽じゃないかと思う。けど、その理不尽すらも通ってしまう世界。何も変わらない、息苦しい世界。

 ふと、さっきまで漂っていた煙草の香りが消えたので顔を上げると、離れた場所で君が吹くに消臭剤をかけていた。幸せの証拠隠滅といったところだろうか? 君にとってはただの儀式かもしれないが、私には、証拠隠滅を図っているように見えた。それに、少しだけ胸が痛んだが、いつものことだから気にしない。

 確認のため、もう行くの? と尋ねると、暗い顔で君は頷いた。そっか、と小さく呟きながら視線をそらそうとしたとき、耳についた翼の代わりに左手の薬指に嵌まっていた指輪に目が留まった。

 また、チクリと胸が痛むのと同時に、ちょっとしたイタズラ心が湧き上がって近づいた。不思議そうな顔をしている君を愛おしく思いながら指輪を指がら抜き取った。

 ちょっと、と困ったような声を出す君にイタズラ心がどんどん芽生え、取り返そうとする君を少しからかうように躱すと、少しだけ、猛獣が顔を出した。見たかった表情を見れて満足して油断していると、一気に距離を詰められ、キスされた。猛獣だけでよかったのにおまけ付とは。

 そう思っていると、長すぎるおまけに酸素が足りなくなってきた。離れようとすると唇を割られ、舌を絡めとられる。安心させるようでもあり、楽しんでいるようでもあった。

 ようやく離れたときには、お互い息が上がり、銀色の蜘蛛の糸のようなものがお互いを繋いでいた。

 続きはまた今度ね、と妖艶に笑う君にきゅんとなり思わず床に座りこむ。そんな私を見て、君は微笑み、靴を履いた。本当にずるい。なんやかんや言って、私の望むことを知っていて、わざと放置プレーするんだから。もう少し満足するまで叶えてくれたっていいのに、と我儘を心の中で呟く。それでも、そんな意地悪すらときめいてしまうのは、最早末期症状かもしれない。

「次はいつ会えるの? 」

「いつかなあ、本当はもっと会いたいんだけど……」

 なかなかね、と悲しそうに君は笑った。そんな君に私は、膨れ上がる感情を押し殺し、偽りの友人である旦那によろしく伝えといて、と乱雑に言った。

 君は、見透かしたように、呆れたように微笑むと、はいはいと言って”普通の世界”に帰っていった。

「普通、ねえ……」

 君が、いや、彼女が帰っていったドアを見つめながら呟いた。

 普通、だなんて所詮、不安から逃れるためのものでしかないのに。そのせいで、マイノリティだの、マジョリティだのって言葉があるような気がする。マジョリティは不安から逃れるための集団、マイノリティは集団を維持するための共通認識。割る言い方をすれば、スケープゴートに近いかもしれない。

 だけど、その集団から外れたらどうなるか、不安になるから普通であり続けようとし、自分の周りにそれがいて欲しくないから普通を押し付ける。誰に何と言われようと、これが私の知っている普通の正体だと思う。

 それがわかっていても、普通を押し付けられて表面上だけ普通を演じていても、彼女との火遊びは止められなかった。否、お互いやめる気はなかった。

 学生時代からの運命だからとか、運命だからとかじゃない。粉々にすべて砕けるほど、愛し合っていて、それでいて、お互いに依存している、つまり、共依存だから。それに、彼女の夫もこの関係を知っていて、止めないのだからやめる必要がない。

どんなに引き離されても、お互いを求めあうのをやめられないのを共依存と言わないで何というのだろう。

 ふいに、あの日の続きが頭の中にフラッシュバックした。

 あの後、強制的に解散させられて、一ヶ月ほど連絡が付かなかった。ようやく、連絡できるようになったと思ったら、彼女は結婚していた。どうやら、母親が無理矢理お見合いさせて、DVとも呼べる古典的なやり方で結婚させたらしい。それも、大金持ちで、彼女自身には興味がなく、うわべだけの夫婦らしい。

 それを聞いた時、彼女以外のすべての物を破壊しようかと、心の中で呟いた。

 私なら、幸せにできるのに。彼女にこんな顔をさせないのに、と。そう思った次の瞬間、彼女にキスした。それに煽られたのか、彼女は昔みたいに獰猛な表情を浮かべた。

 理由や、きっかけはどうであれ、蜘蛛の糸に絡まったら最後。そのまま、私たちは学生時代のように二人だけの世界を作った。これでもう、彼女は私から離れられない。

 けど、時々想像してしまう。

 もし、どちらかが男として生まれていれば、ずっと一緒にいられたのかなとか、誰に邪魔されることなく二人だけの世界にずっといられたのかな、と。何かが違えば、結果は変わっていたかもしれない、なんて、思っても仕方ないことばかりが頭によぎる。

「今度は、いつ会えるかな、次で終わるのかな」

 と、小さくぼやくのと同時に視界が滲んだ。今度なんてわからないのに。このまま、終わるのかもしれないのに。次を期待してしまう。

 もしかしたら、蜘蛛の糸に絡まってしまったのは私かもしれない、と笑えない冗談を吐き捨てた。もし仮にそうだとしても、彼女が張り巡らした蜘蛛の糸なら絡まったって、構いやしないのだが。

 軽くため息を吐くと、ありふれた”普通の女”を演じるために、証拠隠滅と自分自身の偽造を始めた。

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