45やはり姉は強い
「ただいまーっと」
「「「お邪魔します」」」
今日は姫ちゃん、円華ちゃん、ステラちゃんの3人が部屋に遊びに来た。
香奈お姉ちゃんが『いつも伊織ちゃんの話に出てくるお友達と私も会いたいわ』と言っていることを3人に伝えると、喜んで来たいと言ってくれた。
香奈お姉ちゃんの部屋に住むようになってお友達を連れてくるのは初めてだね。
「それにしてもすっごい部屋だねー♪香奈さんっぽいってゆーかさ?」
「わかる。ただ高級マンションってだけじゃなくて上品な感じがするよな」
「てゆーか最上階の一室全部とか、スケール凄いにゃ!」
「あはは、私も最初にこの部屋来た時はびっくりしたよ」
廊下を抜けてリビングで3人が感嘆の声をあげる。
うんうん、分かるよっ!その気持ち。
「とりあえずリビングで寛いでいて?私はカバンを直しに部屋に行くから」
「伊織の部屋っ!?見たい見たいー!!」
「わ、私も見たいにゃー!」
「えぇー?別になんもないよー?まだ引っ越してあんま経ってないしね?」
「まぁ、私も幼馴染みの今の部屋に興味あるな。ちょっとくらい良いだろ?」
「円華ちゃんまで!…もう、ほんとに別になんもないんだからねー?」
「わーい♪」
「やったにゃー♪」
別に見ても面白いもんじゃないんだけど。
階段を登り、二階の部屋に。
扉にかけられたハートの形の『伊織』と書かれた表札をみて姫ちゃんがテンションをあげる。
「もう可愛いんですけどー!?なにこれ!?ねぇ?持って帰ってもいいっ!?」
「ダメに決まってるよね!?これは香奈お姉ちゃんが作ってくれたのっ」
扉を開けて部屋に入る。
「どうぞー。昨日掃除しておいて良かったよー」
あの3人ならもしかして部屋を見たいって言うかも?と思って綺麗にしておいて正解だ。
「…な、なんかいざってなると緊張してきたかもー」
「もう既にいい匂いするにゃ…ちょっと嗅覚調整しないと」
「…なんだかんだで私らってヘタレだよな。伊織が一番堂々としてる」
3人が何か葛藤したあと、静かに部屋に入ってくる。
とりあえず机の上にカバンを置き、ブレザーを脱いでハンガーにかけ、リボンを外す。
「孤児院の時もそうだけど、伊織の部屋っていつも片付いてるよな」
「あんまり物がないだけだよ。それを言うなら円華ちゃんの部屋なんていつも凄い綺麗だし」
3人が部屋を見回している。
自分の普段生活しているところを見られるのって、思ったより恥ずかしいね。
「大きいベッドにゃ。いつもここで寝てるのかにゃー」
「おっきいよね。でも孤児院の時の小さいベッドの癖で、いつもすみっこのこの辺に丸まって寝てるんだ」
そういってベッドの端を指差す。
「あぁ、伊織っていつも丸まって寝るよな。一昨日も一緒に寝た時私の胸元に顔を埋めてたし」
「…ちょっと円華ー?それ聞いてないんだけどー?」
「…一緒に寝たにゃ?」
姫ちゃんとステラちゃんの眼光が鋭く光る。
「…ち、失言だったか」
円華ちゃんが2人の剣幕に少したじろぐ。
「うーん、やっぱりこの年になると変かな?ごめんね円華ちゃん。今度は一人で寝るようにするよ」
やっぱり変だったのかな?少し寂しいけど、円華ちゃんは優しいから頼めば拒めないし。
私も大人にならないといけないのかも。
「っなぁ!?お、おい!お前らのせいだぞ!?伊織!別に変じゃ無いって!それくらい幼馴染みなら普通だからっ!」
「えぇー?もう大人だしねー?」
「そうにゃー。高校生はもう大人なんだにゃ」
この世の終わりのような顔をして慌てふためく円華ちゃんとは対照的に、姫ちゃんとステラちゃんはニヤニヤと少し意地悪な笑みを浮かべている。
「…くそ、お前ら!…自分がそのシチュエーションになった時に後悔するなよ?」
「ーっ!まぁゆーて高校生とかまだ学生じゃん?大人みたいな子供って意味では実質子供ってゆーか!」
「そうにゃ!お泊りした時に一緒に寝るっていうのはノリ的におかしく無いのにゃ!」
2人が急な方向転換で見事な手のひら返しを見せた。
なにか説得されるようなこと言われたのかな?
ーーー
今香奈お姉ちゃんから連絡来た!もうすぐ帰ってくるって!
伊織にそう言われて、部屋を後にしてリビングでソファーに座って待つことに。
初めて入った伊織の部屋は物凄く名残惜しいけど仕方ない。
出来れば今度、2人っきりの時に来たいな。
それにしても緊張してきたっ!
伊織の部屋に入る時とは全然違う種類の緊張だ。
何せあの沢村香奈さんと会うんだしっ!
この前のゴーレム騒動の時に教室では見かけたけど、あれは仕事の香奈さんとその場に居合わせただけ。
今日は正式に伊織の友達として、しかもプライベートの香奈さんに会うのだ。
気付いたら無意識に胸元のボタンを閉めていた。
円華とステラも同じように緊張しているらしく、円華はずっとフープ状のピアスをくるくると落ち着きなく回している。
ステラはカバンから、持ち手にリボンが付いた可愛らしいブラシを取り出して自分の耳と尻尾を交互に丁寧に梳かしている。
…うん、ちょっとよくわかんないけど猫人族なりの身だしなみなのかな?
ピンポーン。
その時不意にインターホンが鳴る。
「あれ?誰だろ?香奈お姉ちゃんかな?」
伊織が立ち上がりモニターに近づく。
自分の家なら、普通インターホン鳴らさないかなー?
お客さんが居ると知ってたらどうだろー?
「わぁ!羊さんが居るよっ!」
モニターを見た伊織が驚いた声を上げる。
それに釣られて私と円華とステラも立ち上がり伊織の側に。
モニター越しに見てみると、そこには白いフワフワの毛が特徴の羊のぬいぐるみがドアップで写っている。
…怪し過ぎるっ!
「ちょっと伊織!なんか怪しいよー!出ない方がいいんじゃないー?」
「いや!これは絶対あれだよっ」
心配する私達とは対照的に、伊織はクスクスと口元を押さえて笑いを堪えてる。
「はーい、どちら様ですかー?」
そしてモニターの応答ボタンを押しちゃったっ!
「ちょ、ちょっと伊織!?」
「なんで出るにゃ!?」
円華とステラも慌てた声を上げるが伊織は平気だよ、と手のひらで静止する。
『はじめまして。私はヒツジのメェアリー。御門伊織ちゃんは居ますか?』
モニターからは可愛らしい女性の声で、羊のぬいぐるみが返事をして来たっ!…うん?何か聞き覚えのあるような声かも?
「はい、御門伊織は私ですよー?…、あははっ!もう無理!何してるの香奈お姉ちゃんっ」
ついに堪えきれないって感じで伊織が吹き出して笑い出す。
…え?香奈お姉ちゃん?
するとモニターの向こうでメェアリーと名乗ったぬいぐるみがフェードアウトしたかと思ったら、下からすっと女性が立ち上がりモニターに映る。
綺麗な黒髪のストレートがさらさらと流れ、その顔を映す。
「「「えぇ!?」」」
沢村香奈さんの、思ってもみなかった登場に3人とも思わず声が出る。
「ふふふ、バレちゃった?すぐにそっち行くわね」
そういってお茶目にウィンクしてみせる。
か、可愛いっ!
この間見た時も、たまにテレビで見るときも、こんな風に無邪気な姿なんて見たことないっ!
仕事の出来る、クールなキャリアウーマンをそのまま現した様なイメージで、モニターに映った香奈さんとは顔が同じなのに別の人に見えるっ!
「ふふっ、メェアリーだって!変なの!」
そう言って嬉しそうに伊織がリビングのドアを開けて、廊下をとててっと走って玄関に。
い、伊織、すごい嬉しそうなんですけどっ!
すると玄関が開く。
「伊織ちゃん、ただいま。この時間に帰れるの久しぶりだわ」
「お帰りなさい、香奈お姉ちゃん!お仕事お疲れ様ですっ」
スーツ姿の香奈さんが、片手に鞄とぬいぐるみを持って、空いた手で伊織の頭を撫でるのを、私達3人は開いたリビングのドアから見ていた。
う、羨ましいっ!あのただいまとおかえりの感じとか!すごい良いっ!
「もう、香奈お姉ちゃん、さっきの何ですか?」
「うふふ、昨日泊まってたホテルの売店で見つけたの。ふわふわで可愛いこの子を見てたら伊織ちゃんを思い出しちゃって。思わず買っちゃった。…メェアリーよ!伊織ちゃんよろしくね」
香奈さんが顔の前にぬいぐるみを出して、少し声音を変えてメェアリー?の真似をする。
「あ、御門伊織です!よろしくお願いします。…って私こんなにふわふわじゃないですよっ!」
…玄関からきゃっきゃうふふと2人のじゃれつく声が廊下を通じて聞こえてくる。
羨まし過ぎてっ!つ、辛いんですけども!?
「いつもお留守番ありがと。私が居ない間はこの子もよろしくね?」
「お安い御用ですよっ!…え?この子くれるんですかっ!?」
伊織から明らかに嬉しそうな声が出る。
「もちろんよ。そのために連れて帰って来たの」
「…嬉しい。ありがとうございますっ!」
そう言って伊織が満面の笑みで香奈さんから受け取ったぬいぐるみを抱きしめる。
そしてそれを目を細めて優しげな瞳で見つめる香奈さん。
…そしてそれを遠くから眺める私達3人。
玄関先での数秒がこんなに長く感じたのは初めてかもっ。
そして改めて痛感する。
香奈さんにはちょっとやそっとじゃ敵いそうに無いかもっ。
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