44無自覚は罪?
1限目が終わり、自販機でミルクティーを買って教室に向かっていると、廊下でうろうろしているステラちゃんを見かけた。
「なーにしてるの?」
「ふにぃぃ!い、伊織かにゃ!?」
後ろから肩をポン、と叩いただけなのに背中をびくりとさせて、耳と尻尾をぴーんと逆だてる。
…え?そんなに?
「もう、びっくりしすぎだよぉ!」
「ご、ごめんにゃ。少し考え事してたにゃ」
「そうなんだ。とりあえず教室入らないの?」
いつもだったら元気よくドアを開けてD組の教室に入っていくのに。
「そ、そのこれ!糖質とかアミノ酸は運動後の疲労回復に良いって聞いたにゃっ!」
そういってステラちゃんは後ろ手に持っていた紙パックのジュースを差し出してくれる。
白とピンクのラベルが特徴のイチゴミルクだ。
「うぅ、伊織に何かいいものないかにゃと思って色々探したんだけど、学校の購買じゃこんなものしか無かったにゃ。ごめん伊織ぃ」
ステラちゃんが耳と尻尾をしゅんとさせて上目遣いでこちらを伺っている。
…うむ、可愛い。
「大丈夫だよ、私イチゴミルク好きだし。ぐんぐん飲むよ。ありがとうね」
そう言ってイチゴミルクを受け取ると、ステラちゃんが途端に顔を綻ばせる。
「ほ、本当かにゃ!?良かったにゃ!他に何かいいものが無いか探そうか迷ってたところにゃ」
あ、それで廊下をうろうろしていたのね。
「もう、気を遣いすぎだよーとか言っといてー、はいこれ」
イチゴミルクと交換する形でさっき買ったミルクティーを渡す。
「にゃ?これはなんだにゃ?」
少し困惑顔のステラちゃん。
「ほら、朝の。バスの中でちょっと言い方キツかったかなって。ごめんね?」
「い、伊織の方が気を遣いすぎにゃ!」
「はは、そうかもっ」
冗談ぽく肩をすくめて笑う。
「普段から落ち着きがないってよく言われるけど、気にしたことなんてなかったにゃ」
「ステラちゃんはいつも元気いっぱいって感じだもんね」
「だけど伊織と居ると、楽し過ぎて歯止めが効かなくなるにゃ!自分の落ち着きの無さが恥ずかしいのは初めての経験にゃ」
「私もステラちゃんと一緒だとすっごく楽しいから、気持ちわかるな」
「んもー!そうやって嬉しい事いっぱい言うから!嬉しくて恥ずかしくて、走り回りたい気持ちになるにゃ」
「えー?じゃああんまし言わないようにしよっか?」
「…て、定期的に言って欲しいのにゃ」
ステラちゃんが手に持ったミルクティーをギュッと握って顔を赤くさせる。
「はい、じゃあこれまで通りって事で。ほら、早く教室入ろ?」
「…伊織は落ち着きの無い私をどう思うかにゃ?に、苦手かにゃ?」
目をギュッと瞑って、意を決したと言わんばかりに両手足を強張らせている。
もう、この子は。
「私は普段の元気いっぱいのステラちゃんが、」
…よし、ちょっと目を瞑ってるみたいだし、少しだけいたずら。
「大好きだよ?」
ステラちゃんの耳にそっとささやく。
「ーっ!?…ふにゅーん」
全身をぴーんとさせたかと思うと途端に力を抜けたように前のめりに倒れてくる!?
慌てて受け止めると、き、気絶してる!?
「ちょ、ちょっと!?ステラちゃん大丈夫っ!?ねぇってばっ!」
や、やばい、なんとかしないと!
よし!このままステラちゃんを保健室まで…は…はこ…運ばないとっ!
そう心では強く念じるのに、私の足は一歩も動いてくれない。
そ、そうか。
私って運動苦手なんだった!しかも筋肉痛もっ!
奇妙な形で折り重なって倒れている女子高生二人を通行人が見つけたのはそれからすぐだった。
ーーー
「…ちょっと帰ってくるの遅いと思ったらー。廊下で会ったステラの耳元で愛をささやいたら気絶したから保健室まで見送ってただとー?そんなの私がされたいわーっ!」
姫ちゃんが少し怒った顔で私の机をぱしーん。
「め、面目ない。ほんの出来心なんです」
目を瞑ってる人を前にしたら、ちょっとした悪戯心が芽生える事ってあるよね?
「出来心で済んだら魔法省もギルドも要らないぞ?伊織。とりあえずどんな感じか私に試してみろ」
そういって円華ちゃんが片耳のピアスを全部外して、ウェットティッシュで耳をふきふき。
「いや、円華。目の前でやらせるわけないじゃん。ときどきびっくりするわっ!」
「それじゃあ姫はして欲しくないのか?」
「わ、私はほら。もうちょっと静かで二人っきりの時に。…出来たら夜空とか見ながら…じゃないってっ!とにかく伊織は無差別に乙女を堕とすの禁止だからっ!」
「…なにがほらだよ。派手な見た目でロマンチストとかいい加減にしろよな」
「ろ、ロマンチストでも別にいいじゃんっ!無いよりは絶対いいに決まってるしっ」
「あ、ロマンチックといえば今週末に流星群見れるかもしんないんだって!晴れるといいなぁ」
「伊織は自由過ぎだしっ!もともと伊織の話なんだからねっ!もうっ」
姫ちゃんは腕を組んでわかりやすく頬を膨らませる。
どうにか機嫌を治してくれないかな?
そう思っているとスマホが小さく震える。
見ると、LINEの通知音。
香奈お姉ちゃんだ!
こんな時間にどうしたんだろ?
『明日は無理矢理仕事終わらせて夕方には帰るわ』
『はやく伊織ちゃんに会いたいな』
明日は帰ってくるんだ!
最近は深夜だったり早朝だったり。
ひどい時は泊まり込みで少ししか会えなかったので嬉しい。
『お仕事お疲れ様ですっ』
『ホントですかっ?私も嬉しいです!何かお料理作って待ってますね』
私も慌てて返事をする。
「むぅー。私のこのぷんぷん顔を前にして楽しそうにスマホ見るなんてー!…ねぇ、誰?」
姫ちゃんが頬を膨らませたまま、少し不安そうに見てくる。
「香奈お姉ちゃんだよ。明日久しぶりにちゃんとした時間に帰ってこれるんだって」
「…香奈さんかぁー。じゃあ仕方ないよーな、でも伊織と二人暮らしとか羨ましいよーな」
香奈お姉ちゃんの名前を聞いた姫ちゃんはなんとも言えない表情になる。
「今忙しいんだな、香奈さん。政府の要人の謎の昏睡事件とか、ギルド職員の不足で魔法省が結構普段してるらしいから、大変だろうな」
円華ちゃんも思案顔で頷く。
「円華ちゃんも香奈お姉ちゃんに会ったことあるんだよね?」
「あぁ、そうだよ。この学校の転入手続きの時にな。…正直私が今ここにいるのは半分くらいあの人のおかげだからな」
「え?そうなの?」
「あぁ、伊織を一人にさせないように、元々私にも声をかけるつもりだったらしい。だから私からアポを取った時には『丁度良かったわ』なんて言われたよ。ほんと、すごい大人だよな」
なるほど、円華ちゃんが物凄いスピードで転入が決まったのはそういう経緯もあるのかも。
それに円華ちゃんは私と同じで孤児院出身だし、まだ正式な身よりもない。
きっと子供が聞いちゃいけないやつなんだろうな?
よし、この話は辞めとこう。
そう密かに決意すると、またスマホが震える。
香奈お姉ちゃんからだ。
『そうそう、もし良かったらだけど』
『伊織ちゃんのお友達も紹介してくれない?円華ちゃんにも会いたいわ』
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