42親友の理性
円華ちゃんに促されて部屋に入る。
勉強机にベット、テレビに本棚と相変わらずとてもシンプルな部屋だ。
筋トレするためのベンチ台?が壁にかけられているところとかを見ると、もはや男子の部屋じゃないかと錯覚するくらい。
…いや男子の部屋知らないけどね。
孤児院の子供達は基本的には大部屋なんだけど、私達2人は15歳から孤児院で働く予定だったので特別に個室を貰っていた。
今回の事で私は香奈お姉ちゃんの部屋に引っ越したけど、円華ちゃんはまだ保留みたい。
孤児院側は今まで通りで良いって言ってくれてるらしいけど、円華ちゃんの気が済まないみたいで、今部屋と仕事を探す為にギルド登録も考えてるらしい。
生真面目な円華ちゃんらしいね。
「やっぱりだけど、全然散らかって無いよ。…すんすん、でもなんだか良い匂いがするね?」
「えっ!?…わ、わかるか?実は最近寝れなくて。アロマキャンドルがいいって聞いたから色々試してるんだけど、中々近い匂いがないんだよな」
確かに見てみると勉強机の隅の方に色とりどり、大小様々なアロマキャンドルが置いてある。
…けど、
「近い匂い?って何に近い匂いなの?」
「あっ!?いや、なんてゆーかその、安らぎとか!そういうのに近い匂いって意味だよ!結構繊細なんだよな」
「そうなんだね。ちょっと意外かも。今度一緒に見に行こうよ」
「ああ、そうだな!一緒だったら見つかるかもな!」
なんかいつもよりあたふたしている円華ちゃん。
こういう女の子らしい部分、可愛いと思うけど、普段さばさばしている円華ちゃん的には恥ずかしいのかもね。
ーーー
いきなり心拍数が上がる。
まさかアロマキャンドルの事に気づかれるなんて!
伊織が孤児院から出て行って一週間、あまりにも寂しくて夜眠れないから伊織の匂いに近いアロマキャンドルを探して買い漁ってたとか…
言えるわけないだろ!
結局見つからず、そうだ、伊織の使ってたボディソープとかリンスを買えばいいじゃないか!…と気付いた時に急にふと我に返り、自分の奇行に軽く落ち込んだのがまだ一昨日の話なのだ。
もはや傷は深いと言える。
そして昨日は午前中は孤児院に遊びに来た伊織と一緒に子供達と遊び、夕方以降はずっと部屋の掃除に費やしてしまって肝心の久しぶりの伊織と過ごす夜のプランを全く考えて無かった。
自分の要領の悪さに辟易とする。
ほんと、伊織絡みの事になると普段の自分じゃ居られない。
その事に幸せを感じる辺り、私は重症なのかもしれないな。
「久しぶりにみんなとお風呂も楽しかったよ。リカちゃんなんてはしゃいじゃって。ずっと私の胸を触ってきゃっきゃしてたし」
「よし、あのエロガキは今度から私と風呂だな」
「エロって…リカちゃんまだ5歳だよ?」
伊織が少し呆れたように言うが、甘い。
伊織に限って言えば、老若男女関係無くその魅力にやられるのだから。
実体験も含んでいるので間違いない。
てゆーか私も触った事ないのにリカに先を越されるとはっ!
「…ねぇ、円華ちゃんて普段筋トレしてるんだよね?」
少し物思いにふけっていると、伊織が壁にかけられたベンチ台を見ながら言う。
「あぁ、時間がある時は自重、時間がない時はウェイトトレーニングって感じだな」
「じじゅー?うぇいと?色々種類があるんだぁ」
そんなに難しい用語でも無いのに、聴き慣れないのか伊織が首を傾げて聞き返す。
その可愛い仕草に思わず笑みが溢れる。
「私にも出来る筋トレってある?運動は苦手だけど、毎日続けたら円華ちゃんみたいになれるかな?」
「伊織はまず体力つけたほうがいいと思うけど、…そうだな。腕立て、腹筋、スクワットとかならコツコツ出来るかもな」
「あ、それなら分かるよ。ちょっと円華ちゃん、足の先持って」
「ははっ、今やるのかよ。…ほら」
伊織が床に仰向けに寝て頭の後ろに手を組み、膝を立てていわゆる腹筋の姿勢をつくる。
短パンだから、当然露出しているふくらはぎを掴むことに。
「……」
驚くほどすべすべの肌に手のひらが吸い付くと同時にむにゅう、と指先が沈む。
手のひらを押し返すような程よい弾力に意識を持ってかれそうになる。
「ちょ、ちょっと円華ちゃん!揉んでるよ!くすぐったいってばっ!」
「あ!ご、ごめんごめん!ちょっと筋肉触ってたんだよ!」
笑いながらくすぐったそうに身をよじる伊織を見てるといけない思想に染まりそうになる。
いけない!親友が筋トレを頑張るって言ってるんだから、それに応えないと!
「いくよ?…せーのっ、いーちっ」
可愛らしい掛け声と一緒に伊織が起き上がるたびにシャンプーの匂いがふわり。
ゆっくり降りるたびに服がめくれておへそがちらり。
筋トレしてるだけなのにどうしてこんなに魅惑的な時間なんだろう?
「っはぁ、っはぁ、…もう無理っ!」
「…お疲れ様」
伊織の可愛らしい掛け声に理性を総ざらいされそうになったが、結局は7回しか腹筋が出来なかったおかげでどうにか踏みとどまれた。
…いや7回て!ちょっと貧弱すぎじゃね!?
「…、円華ちゃん?」
「どした?」
「起こしてほしいかも」
そう言って息を切らした伊織が寝ながら、これまた可愛らしく両手をぱっと上に向けて伸ばす。
まったくこの幼馴染みはどれだけ私の心を乱せば気が済むのやら。
しょーがないな、と言いながら肩を貸して起こしてあげる。
…多分明日は筋肉痛なんだろうな、7回だけど。
ーーー
「うぅ。お腹痛くなりそう。これ筋肉痛かな?」
「最初はそんなもんだよ。筋肉痛を繰り返すうちに強い体になるんだ」
円華ちゃんはそう言って慰めてくれるけど、さ、さすがに7回は引かれたんじゃないかな?
次までに10回は出来る様になりたいかも。
「さて、そろそろ寝ないか?明日も学校だしさ」
そう言って円華ちゃんがスマホの時間を確認すると時刻は21時30分頃。
いつもなら少し寝るにははやいけど、
「円華ちゃん、今日は転入初日だし疲れたよね。私もヘトヘトだし、寝よっか」
今日は転入してから色々あったし、私の筋トレに付き合ってる場合じゃないよね。
「さすがに今日は疲れたよな。…じゃあ布団引くから、伊織はどっちで寝たい?」
そういって円華ちゃんが押し入れを開ける。
「えぇー?いいよ別に。久しぶりに一緒に寝ようよ」
「えぇっ!?い、一緒って、ベッドで寝るってことか!?」
円華ちゃんが少し大きな声を出して目を丸くしている。
「しっ!子供達が起きちゃうよ?」
「ご、ごめん。…じゃなくて!本気で言ってんのか?私と、伊織が、その…」
円華ちゃんが珍しく言い淀んでいる。
「そう、一緒のベッドで寝ようよ?」
「っ!?い、いい、良いのか?」
「うん。なんだかこうやって夜に一緒の部屋に居るの久しぶりだなって思ったら懐かしくなって。…ダメかな?」
大部屋の時はよく一緒に寝たけど、個室を貰ってからは寝るのはお互いの部屋になってたし、こんな機会もあんまりないしね。
「…ダメじゃない。分かったよ。一緒に寝よう」
何か決意したように円華ちゃんが目を瞑り深呼吸している。
…これから寝る人には見えないかも。
円華ちゃんがゆっくりとベッドの毛布をめくり、脚を滑らせていき、体を横たわらせる。
「は、はい、どうぞ」
そう言って円華ちゃんが片手で毛布を下から持ち上げてくれている。
「うん。お邪魔しまーす」
その隙間に私も脚を入れていき、円華ちゃんのベッドに横たわる。
ふっと顔を上げると目の前には円華ちゃんの顔が。
「ん?暑い?円華ちゃん顔が真っ赤だよ?」
「き、気のせいだよ、ほら電気消すぞ」
そういってシーリングライトのリモコンを操作して部屋の電気を消す円華ちゃん。
「円華ちゃんてあかり全部消すタイプだっけ?」
「…今日は真っ暗な気分なんだよ」
真っ暗で見えないけど、目の前からは親友の声と息遣いが。
「なんか懐かしいね。あの頃みたい」
「あ、あの頃とは色々違うけど、まぁ懐かしいな」
少し上擦ったような円華ちゃんの声、あくびを我慢してるのかも。
「ねぇ、円華ちゃん?」
「…なんだ?」
「円華ちゃんは腹筋何回出来るの?」
「んー、限界までやったことはないけど、100回は出来るぞ?」
「そんなにっ?円華ちゃんはやっぱり凄いね」
「まぁ昔からやってるからな。伊織もそのうち出来るよ」
真っ暗で見えないけど、ふふっと笑うような音が聞こえる。
むぅ、私の7回を思い出して笑ってるのかも?
よーし!
「…ねぇ、私もお腹触っていい?」
「え!?なんでだよ!てゆーか『も』ってなんだよ!」
「お昼姫ちゃんに触らせてたじゃない」
思い出すのは更衣室でのひと時。
「…あぁ、あれか。…いいけど、へそはやめろよ?」
「やった!じゃあ触るよ?」
そう言って円華ちゃんの服を少しめくり、お腹に触れる。
「ひぅ」っと小さな吐息が漏れる。
円華ちゃんのお腹は驚くほどあったかい。
とゆーことは私の手は円華ちゃんには冷たく感じているのかも。
「ねぇ、力入れてみて?」
「へ、変な触り方すんなよ!力入んないよ」
「ほらほらー、早く力入れないとー?」
そう言って円華ちゃんのおへその周りを行ったり来たり。
その度に円華ちゃんが小さく声を漏らして肩をびくりとさせる。
その反応が面白くて、ついついしつこく触っちゃう。
「わ、わかったってば!ほ、ほらっ!」
円華ちゃんがふっと息を吐き力を入れたのを感じる。
その瞬間、柔らかく程よい弾力を持っていた円華ちゃんのお腹がきゅっと絞るように硬くなる。
「わぁ!凄いねやっぱり!いいなー私もいつかなれるかなー」
「ん、伊織もそのうち…ちょ、ちょっといつまで触ってんだよっ」
「えぇー?円華ちゃんのお腹あったかくて。なんだか…このまま…」
ーーー
私のお腹を触っていた伊織が突然言葉を切ったかと思うと、頭をこてん、と私の胸に寄せてきた。
「い、いい伊織っ!?だめだよ!私達は幼馴染みで親友で!別に嫌とかじゃ!」
「すぅ、すぅ」
「あ、あれ?…伊織、寝てる?」
目の前から聞こえるのは規則正しい寝息。
どうやら私のお腹を触ったまま寝てしまったらしい。
「…っはあぁぁ!焦った!」
伊織を起こさないように、小声でため息を吐く。
ヤバかった。
伊織の細くて冷たい指が私のお腹を這うたびに我慢出来ないような感覚が全身を駆け抜けて、出したくもない声が口から漏れた。
あわや理性なんかもう吹き飛ぶってタイミングで伊織は寝落ちしたらしい。
…そういえばいつも寝落ち寸前の伊織って変なテンションになってたっけ?
次からは眠たそうにしてる伊織には誰も近づかないようにしなければ。
…自分以外は。
あの頃みたい、と伊織は言うけど、あの頃とは違うモノもたくさんある。
目の前で寝ている親友に向けるこの気持ちが、その証拠だ。
「おやすみ、伊織」
そういっておでこにキスをする。
最後まで理性を保てた自分へのご褒美としては妥当だろう。
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