36最高の餌
腹が減った。
空腹は耐えがたい。
何物にも勝る苦痛だ。
そう聞いた多くの人は違うというだろう。
そうだろう、真の飢えなど知らないのだろうから。
「お、おい!バカな事は止めろっ!」
俺に首を掴まれた餌が喚く。
この男は確か政治家で、それなりの地位に居て、汚い事にも手を染めて、なんでも思い通りになる人生だったらしい。
…さっきまでは。
今はただ、捕食されるだけの餌に成り下がっている。
この世界は食うか食われるか、そして俺は生まれついて食う側にいる事を神に約束された存在。
それを邪魔し、俺から食う事を奪った奴ら。
飢えに満ちた日々、憎悪を募らせ、ただ待った。
復讐の機会を。
そしてその日はやってきた。
俺の情報を得て接触してきた組織は俺を自由にして、ある情報を持ってきた。
…俺に相応しい最高の餌があると。
「か、金なら払うっ!た、頼む」
「うるさい」
「や、やめ、やめろぉお!」
汚い悲鳴が響く。
…不味い餌だ。
ほとんど魔力などない、生命力を喰らい尽くす。
悲鳴は今やか細い声となり、耳にわずかに届くのは悲鳴か懺悔か。
もはや声も出さなくなった餌から手を離し、その辺に投げる。
「…良くやった」
後ろで事の成り行きを見ていた奴が声を出す。
俺をあの監視から解放した組織の人間だ。
「おい、いつまでこんな不味い飯を食わせるつもりだ。はやく最高の餌とやらを食わせろよ」
「まだだ。お前を解放する為にかなりの労力を使ったのだ。もう少し我らの組織に協力しろ。必ず最高の餌をお前に食わせてやると約束しよう」
男は感情のこもらない声でそう言う。
まるでそこにいるのに、居ないような錯覚を覚えるほど、人としての気配が希薄だ。
「ふん、まぁいい。もう少し付き合ってやるさ」
俺がそう言うと一度頷き、すぅ、と姿を消す。
「…気味の悪い奴らだ」
俺が言えることではないが、胡散臭く全く信用ならない連中で、利用しているだけなのは間違いない。
しかし俺も自由に動ける身ではないから、奴らの庇護は便利ではある。
まぁ利用してるのはお互い様って事だな。
今に見てろよ。
最高の餌とやらを見つけ出し、俺を隔離して監視した魔法省の奴らを食い殺してやる。
ーーー
今日の授業がようやく終わり放課後、生徒達が帰宅や部活の準備をする喧騒の中、突然校内放送が聞こえる。
『一年D組の御門伊織さん、第四魔導科学研究室までお越し下さい』
事務的な機械音声が、間違いなく私を呼び出している。
身に覚えのない呼び出しに、聞き覚えのない場所。
…怪しすぎる。
「…第四魔導科学研究室って、葉山深美先輩んとこじゃないかなー?」
「あれ?姫ちゃん知ってるの?」
私と一緒で、変な放送に対して警戒した表情の姫ちゃんから聞いたことない名前があがる。
「有名人だよー。葉山先輩。魔導ゴーレムとか魔法科学とかの天才でさー!殆ど授業に出ないで研究室にこもってるんだけど、それでも学校側は何にも注意しないわけっ!」
「えぇ?先輩って事は二年生でしょ?どうやって進級したの?」
「噂なんだけどねー?学校側は学業を免除して研究施設を与える代わりに研究成果を要求してるとかー、将来絶対科学者として成功する葉山先輩がここの卒業生ってゆー実績を残す為に在籍させているとかー!」
「へぇ。すごい人なんだね!」
なるほど。
扱い的には私たちより余程特待生みたい。
ウチの学校は冒険者とか勇者見習いとかが目立ちそうだけど、そういう人も居るんだね。
…うん、なんでそんな人が私を呼び出すのかな?
「あー、今日円華が穴だらけにして壊した黒いゴーレムあったじゃんー?」
「うん。あの四本腕のやつー?」
「そーそー。あれ、多分葉山先輩の作ったやつだと思うー」
「あ、なんか嫌な予感してきたよっ」
なるほど、そこに繋がるのねっ!
「…でもあれを壊したのは私だぞ?それなのにどうして伊織なんだ?」
円華ちゃんも怪訝そうな顔をする。
まぁ確かに直接壊したのは円華ちゃんだし、何か勘違いがあるのかな?
「あーしもついて行くよー♪どーせ言われた場所知らないでしょー?」
姫ちゃんがカバンを肩にかけて立ち上がる。
「いいの?遅くなるかもしれないよ?」
「平気だってばー♪てゆーか伊織を一人で行かせる方が心配だしー。結構方向音痴だしねっ♪」
そう行ってにひひっと笑う姫ちゃん。
「よし、じゃあ当然私もついて行くぞ」
隣からは円華ちゃんもそう言って立ち上がる。
「嬉しいけど、いいの?」
「まぁアレを壊したのは私だしな。変なこと言ってきたら私が居た方がいいだろ。…色んな意味でな」
そういってふふっと男前に笑う円華ちゃん。
なるべく穏便にいこうね?
「さてとー!それじゃあ四人で行きますかー♪」
「二人ともありがとねっ!…うん?四人?」
疑問に思って首を傾げると、姫ちゃんが目を瞑り静かに教室のドアを指差す。
たすたすたすっ!と控えめだが誰かの慌てたような足音が聞こえたかと思ったらいきなりドアがばっと開かれる。
「伊織ー!放送聞いたかにゃー!?私もついて行くにゃ!」
私の席とはほぼ対局の場所にあるドアから、ステラちゃんが大声で叫ぶ。
「ふふ、じゃあ四人で行きますか」
面倒くさがらずに付き合ってくれる友達に感謝だね。
ーーー
私の斜め前を姫ちゃんが道案内しながら歩く。
左の髪は耳にかけられ、中から銀色の髪が見える。
大きくて綺麗な金色の瞳は吸い込まれるような魅力を放つ。
追い討ちの様にオシャレに着崩した制服から見える肌に、男女問わず目を奪われる。
すれ違う人は思わず一瞬動きを止めて、慌てて道を譲っていく。
そして私の左にはステラちゃんが両手を後ろで組んで歩いている。
上機嫌なのか、トレードマークの猫耳はぴょこぴょこと動く。
私より少し背の低いステラちゃんは、歩幅が合わないのか時々小走りで私の隣に追いつく姿には形容し難い可愛さがある。
まさしく猫を思わせる大きな茶色い瞳と、茶色い髪、そして同じ色の尻尾がスカートから伸びている。
…何故か尻尾の先端はずっと私の太ももに押しつけられるように当てられていて、ちょっとくすぐったい。
そして右には円華ちゃんが、腕を前で組んで歩いている。
中性的な美人の円華ちゃんは長身で、スカートから伸びた足はすらりと長くて、武術を学んでるからか姿勢も良く、まるでモデルを思わせる。
目立つショートカットの赤髪と少しきつい印象の瞳からは人を惹きつける綺麗さと遠ざける迫力が混同して、不思議な魅力を放っている。
幼馴染みの円華ちゃんは昔から一緒に歩くときはこうして私の隣でいて、ボディガードの様に周囲を見渡している。
ホントに男前な幼馴染みなのだ。
そして真ん中を私が歩く。
この学校の廊下は広いから、すれ違うのには全然困らない。
でもあんまり真ん中歩いてちゃ悪いなぁと思うんだけど、だいたいいつも左右に誰かが居て、端に寄らせてくれない。
余程私が迷子になると心配されてるらしい。
大丈夫だよ、最近のスマホのマップ機能は凄いからっ。
こうして歩いていると、廊下ですれ違う人達はみんな一度立ち止まり、私たちを見ては目を逸らしたり凝視したり。
歩きながら振り返ると多くの人がこちらを見ている。
「やっぱりさ、みんな美人だし、すごく目立ってるよね」
「「「伊織が一番目立ってるのー!」」」
三人にハモられる。
いやいや、違うよ。
この三人は美人の自覚が少ないんじゃないかな?
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