32ゴーレムにいい思い出はない
「姫、その髪染めたのか?」
「まーねっ!どう?いけてるでしょ?」
第一演習場まで歩きながら、姫ちゃんが右の髪をかきあげてふふんと笑う。
内側からは銀色の髪がさらさらと。
「…なるほど。そういう方法もあったかっ」
円華ちゃんが少し悔しげに口を尖らせる。
「円華はその赤髪が似合ってるんだからいいじゃーん」
「そうだね。円華ちゃんと言えば赤髪のイメージだよ」
円華ちゃんが少し照れ臭そうに髪の毛をがしがしとかく。
「ま、まぁ二人が言うなら、このままでいいけどな」
「あー、照れてるー♪」
「照れてるねぇ」
「うるさい!先行くからなっ」
そういって早足で歩いていってしまう円華ちゃんを二人で追いかける。
ーーー
「…というわけで今日もゴーレムを相手にした模擬戦だ。お互い自分のレベルにあったゴーレムを選んで戦うこと。くれぐれも身の丈に合わない事をするなよ」
担任の岩井先生がいつも通りの説明をするけど、
…いつもと違うものが、ゴーレムの中でも一際目立つものが、ある。
「…せんせー?」
「どうした?夜咲?」
姫ちゃんも同じことを感じていたらしく、堪えきれないといった様子で先生に質問する。
「…あのアイアンゴーレムの横の、真っ黒な四本腕のアレはなんですかねー?」
姫ちゃんが指差す先、三十体ほどのゴーレムが立ち並ぶ一番端に、それはある。
禍々しい、人工的な黒色の塗装は金属の質感に似ているが、アイアンゴーレムより遥かに重厚感がある。
大きさはアイアンゴーレムの1,5倍程だろうか?
何より目立つのは肩から伸びる一対の腕とは別に、背中から伸びるもう一対の腕。
少し歪なその腕の先にある指は、鉤爪の様に鋭く、見ただけで萎縮するくらいだ。
「…あのゴーレムはな、とある二年生のクリエイターが授業に提供した代物だ」
先生が少し渋い顔で漆黒のゴーレムを見る。
「この学校でもトップの成績を誇るクリエイターでゴーレムマスターだが、研究以外興味がないのが難点なのだ。しかし、今回同じ二年生の作ったゴーレムが全て破壊された事で興味が湧いたらしい。そいつからの伝言だが、『是非私の作ったゴーレムを壊して欲しい』とのことだ」
「うわー、絶対やばいやつじゃんそれー」
姫ちゃんが顔をしかめる。
うん、私も同意見だね。
「ちなみにこのゴーレムは魔力供給タイプではなく、独立した魔石を使って動いている。起動条件は危害を加えられる事、だそうだ。…先生として忠告する。このゴーレムには手を出すな、分かったな?」
「言われなくてもやらないしー」
「うん、絶対危ないよね、あれ」
凶悪な見た目のゴーレムはただ静かに佇んでいる。
ーーー
「そういえば伊織。もう学校通って一週間だろ?何か魔法は覚えたのか?」
「ずぅーん」
円華ちゃんの、いきなり核心を突く言葉に、思わず擬音が口から漏れる。
「い、伊織!?大丈夫かっ!?お腹痛い!?せんせーっ!伊織を保健室にっ」
「落ち着けー!違うっつーのっ!」
暴走しかける円華ちゃんを姫ちゃんがスパーンとはたく。
漫才みたいだね。
「うぅ、円華ちゃーん、実はねー?」
「ど、どうしたんだ?」
円華ちゃんの瞳が心配げに揺れる。
「り、リヴィールの魔法以外、使えないのぉ」
思わずその場に崩れる。
…そうなのだ。
あれからも何度か実技講習があり、姫ちゃんやステラちゃんに見てもらったりもして色んな魔法を試した。
いくら適性がなくても光と闇系以外の各属性の初級魔法くらいなら、使えるらしい。
だけどついには私の手から、火も水も風も、発現することはなかった。
あれ?やばくない?魔力のコントロールとか、話になってないんじゃない?
「ファイアも?」
「………」
むりむり、と片手を振る。
「ウォーターやアイスも?」
「………」
ぶっぶー!と両手でバツを作る。
「ウィンドも?」
「………」
手をぱたぱたーと仰いで風を作ってみる。
「ま、まぁまだ諦めるには早いよな。実際リヴィールは使えるんだから、色々試してみようぜ?」
そういって私の両腕を掴んで立たせてくれる。
「…うん、そうだよね。こんなことで諦めてたらダメだよね」
いきなり核心を突かれて目眩がしただけ!大丈夫、まだ折れてないっ。
「それがさー?リヴィールなんだけどねー?ちょっと伊織、見せたげてよー」
「え?うん、わかった」
姫ちゃんに促されて、右手の人差し指を立てて 、意識を集中させる。
身体が少し光り、指先には銀色の魔力球が生成される。
「見てのとーり、リヴィールに関してはコントロールも完璧だし、しかも無詠唱で出来るってゆーねっ」
「なるほど。リヴィールに関しては私より上手だな」
「うん、あーしも無詠唱とか無理だしっ」
二人の感心した声を聞きながら、指先の魔力をふっと霧散させる。
そうなのだ。
姫ちゃんに魔力を渡すたびに制御に気を使っていたら、いつの間にかかなりのコントロールを身につけていたらしい。
しかも気づけばリヴィールと口に出さなくても使えるくらいだ。
「…ちょっと待てよ?」
「ん?どしたの?」
円華ちゃんが思いついたように顎に手を当てて思案顔に。
まるで探偵みたいだね。
「リヴィールは自分の魔力を取り出して『顕現』させる魔法。伊織くらい強大な魔力を持っていて完全なコントロール
のうえで取り出された魔力なら?」
円華ちゃんが難しいこと言ってるっ!
少し言葉遣いが乱暴な時もあるけど、円華ちゃんは実はインテリ女子なのだ。
「なぁ、伊織。ちょっとさっきくらいの魔力をリヴィールで取り出してくれない?」
「?別にいいけど。…はい」
さっきと、同じくらいの大きさの魔力球をもう一度指先に生成する。
「そのままさぁ、…あっちの誰もいない方を向いて?」
「えーと、こっち?」
円華ちゃんが指差す方向、数体のゴーレムが並んでいるだけの生徒のいない方向を向く。
「そのままそっちにその指先を向けてさ、ちょっとファイアって唱えてみてよ」
「…魔法に魔法をかけるってことー?」
姫ちゃんが少し心配そうな顔でこちらを見る。
「そ、それでいけるの?」
円華ちゃんも、まだ思案顔。
「仮説だけど、どうかな?大丈夫、私がついてるから。な?」
「それなら私だって見守ってるしねっ!まぁ気楽にやってみなよっ」
二人の頼もしい視線に勇気づけられる。
「…よしっ!やってみるねっ」
深呼吸して、前を向く。
リヴィールを使うときみたいに、指先を見つめて集中。
すーはー、すーはー、…うん。
「いくよっ。『ファイア』っ」
水面の様な静かさをたもっていた銀色の魔力球が波打ち、瞬間的に爆ぜる。
言葉通りに。
指を向けていた方向に、燃え盛る火球が飛んでいく。
ただの炎ではなく、何故か銀色。
チリチリと大気を焦がすような熱量。
頬を撫でる熱風に思わず目をしかめる。
勢い衰えることなく直進し、一番手前のゴーレムに直撃したっ!
凄まじい音がしてアイアンゴーレムの上半身が吹き飛び、炎上している。
「きゃあっ!」
「な、なんだ!何の魔法だ!?」
「銀色の炎?また御門なのか?」
突然の事に驚いた生徒達が悲鳴をあげている。
ご、ごめんね、いきなり!
…うん、でも成功だっ!
「や、やったよ!出来た出来た!二人とも見てた!?…あれ?どしたの?」
あまりの感動に子供のようにはしゃいで振り返ると、そこには腕を組んだ円華ちゃんと、腰に手を当てたポーズの姫ちゃんが、目を虚にして呆然として立ってた。
「…何今の魔法ー?上級魔法のメギドなんとか?」
「…いや、発動したのは間違いなく最下級火属性魔法のファイアだ」
「ちょ、ちょっと二人とも?帰ってきてってばぁ!」
二人の肩を掴み揺さぶるが、まだ二人の視線は定まってない。
ーガシャアン、ガシャアン!
鉄が鉄を踏み砕くような凄い音が後ろから聞こえる。
…嫌な予感。
爆発霧散したゴーレムの近くを振り返って、見る。
『敵対魔力を確認。目標を補足。戦闘を開始します』
とても流暢な機械音声が聞こえ、ピカーンっと赤色の光が私を捉える。
…うん。四本腕の黒いやつがこっちを見て目を真っ赤に光らせてるねどうもすいませんでした。
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