18お姉ちゃん降臨
「すぅー、はぁー!伊織の匂いで胸いっぱいー。幸せー」
「うぅー。もうやだ、お嫁に行けない」
「えっ?ほんとにー?お嫁に行けないのー?」
「…なんで嬉しそうなのよ。…あ、ちょっと!もう嗅がないでってば!
「いいじゃん、減るもんじゃないしさー!」
「…もうやだ。姫ちゃんきらい」
「えっ!?うそうそほんとごめんってば!」
などとやりとりをして更衣室から出る。
ーーー
私達は着替えて教室に戻り、急遽中止された授業の代わりにHRを受ける事に。
「…で、中本の話を整理すると、突然起動したゴーレムから中本達がクラスメートを避難させている最中に、ろくに動かないのを良いことに御門と夜咲がゴーレムを壊していた、ということか?」
なんか変な話しになってた!
「違うっつーの!先生!急に動き出したゴーレムがなんでか伊織目掛けて襲ってきたんだってー!中本とか、ろくに助けてくんないから、伊織に魔力を貰った私が全部ぶっ壊したのー!」
「しかしどちらの話の方が信じられるか、というのは子供でもわかるだろう?御門の怪しげな魔法で夜咲が『そう』なったって話もある。ドーピング系の魔法はまだ未成年では禁止だぞ?」
先生は完全に信じてなく、嘘の証言をする上にドーピング魔法にまで手を出すとんでもない生徒、として接している。
実際に姫ちゃんの見た目の変化は凄くて、最初は先生もこいつ誰?って目で見ていた。
確かにびっくりはするけど、目を見ればすぐにわかるのに。
「…ホント、マジうざい。この短期間でよくここまで筋書きつくれたもんだわ。魔法学校じゃなくて演劇学校でも通えば?中本」
そう言われた中本君はやれやれ、といった様子で肩をすくめている。
なにあれ?さすがにムカつく!
「だいたいだな、夜咲。いくらドーピング魔法を使ったとはいえ、あの数のゴーレムに襲われて勝てるはずがないだろう。御門も、ドーピング系の魔法の使用は犯罪だ。院長先生に相談する」
怒りすぎて、姫ちゃんは怖いくらいの無表情になっている。
「私はともかく伊織にまでイチャモンつけて。そんなに信じらんないなら、見せてやるっつーの」
椅子に座りながら足と腕を組んだままの姿で、姫ちゃんの周辺から魔力の発光が始まる。
「姫ちゃん、ダメだよ!そんなことしても余計に立場が悪くなるだけだって」
むしろそれさえも中本君達の作戦なのかも?
「…くそ。でもこのまま黙ってても結果は同じかもよ?」
姫ちゃんは集めた魔力を霧散させて、周囲をギロリと睨む。
中本君は自分のグループの人達複数人に同じような証言をさせている。
普段は模範生を演じている中本君達グループと、転入生と普段ろくに授業を受けてない姫ちゃん、先生からの信用に大きく差があった。
中本君グループ以外の生徒達も、私の使ったリヴィールの波動を受けたショックで何が起こったか自信がないらしい。
むぅ、どうすればいいかな?
その時、教室の扉が勢いよく開かれた!
何事?と思っていると、禿頭の50代前半くらいの男性が扉を閉めて、勢いよく入ってきた。
「岩井先生!至急報告したいことが!」
あ、担任の先生の名前岩井って言うんだ。
「これは教頭先生。ちょうどよかった。私からもお伝えしたいことが」
「今はそれどころではないのです、岩井先生!」
教頭と呼ばれた人は息も絶え絶えに話している。
「魔法省の、魔法省の方々が!一年D組に用事があるとおっしゃって!今この教室の外にいらっしゃります!」
「な、なんですってー!?」
「い、いったい何をしでかしたんですか!?このクラスは!?」
「わ、私はなにも!?」
魔法省というのは魔法犯罪を取り締まるという側面ももってる。
なので、教師達も狼狽えるのは無理はない。
先生達の狼狽ぶりに生徒達もざわつく。
「教頭先生?私達も暇じゃないのだけれど?特に理由も無いなら、早く教室に入れてくれるかしら?」
…うん?どこかで聞いた声が廊下から聞こえて来る。
「は、はいぃぃ!今すぐ開けますっ!」
弓で弾かれたような動きで、教頭先生は教室の扉を再び開く。
「ど、どうぞ」
「お邪魔するわね」
開かれた扉から入って来るのは長身の美人。
ストレートの黒髪は絹のような色彩を放っている。
あ、やっぱり香奈お姉ちゃんだ。
スカートにネクタイと、朝見たままのスーツ姿の香奈お姉ちゃんが、妖艶な色気を放って教室の壇上まで歩いている。
それに三歩引いて付き従うように、黒髪をポニーテールにした女性が二人、歩いてくる。
双子なのかな?顔形がそっくり。
「すっごい美人っ!」
「お、おい、あの人ってまさか?」
「魔法省都内支部トップの!?」
「沢村香奈様!働く女性すべての憧れよっ!」
やっぱりお姉ちゃんは有名人みたい。
クラス中からざわめきが聞こえる。
「どうも、はじめまして。魔法省都内支部局長、沢村香奈です」
「ど、どうも!このクラスの担任を受け持っている、岩井と申します!きょ、今日はどういったご用件でしょうか?」
担任の先生が緊張のあまり、声が所々裏返っている。
「今日は今から45分ほど前に、このクラスが使っていた第一演習場で発生した異常魔力について、話を聞きにきました」
「異常魔力、ですか?さっき聞いたゴーレムの突然の起動と何か関係が?」
「ゴーレムの起動ですか。魔力供給タイプのゴーレムが勝手に?」
「そ、そうです!聞いた話では何もしていないのにゴーレムが…」
「…ねぇ?」
香奈お姉ちゃんが岩井先生が喋る言葉をぴしゃん!と遮る。
「は、はいっ!なんでしょう!?」
「さっきから『聞いた』『聞いた話』って貴方は見てないのね?」
「は、はい。怪我をした生徒を見ていて席を外していて…」
「そう。じゃあもういいわ」
「もういいとは?」
「黙っててくれる?」
「…!?…はい失礼しました」
有無を言わせない目力が、綺麗な声音から発せられる辛辣な言葉が、岩井先生の胸に突き刺さる。
美人のする無愛想というのは、それだけで相手を凍りつかせる威力があるのだと思う。
「ねぇ、誰か事情を知ってる人、居ない?」
香奈お姉ちゃんがクラスを見回す。
みんなが呆気に取られている、今がチャンスっ!!
「はい!!」
私は勢いよく手を上げた。
あまりの事に隣で座っている姫ちゃんまでビクッてなってる。
「あら、伊織ちゃん、今朝ぶりね?」
「香奈お姉ちゃん、学校で会うなんて」
「ふふ。また私の端末にアラート鳴ったからびっくりしちゃったわ。ホントは他の職員が来る予定だったけど、伊織ちゃんのクラスだって聞いて、代わってもらったのよ」
「そうだったんですね。嬉しいです」
「急いで来たら、伊織ちゃんの体操着姿、見れると思ったのにもう着替えちゃったのね?残念。家に帰ったら見せてくれる?」
「あ、あの、汗いっぱいかいてちょっと汚いので、その、洗ってからでいいですか?」
授業とは関係ないところでかいた汗だけど。
「わかったわ。先に家に帰ったら、私の服と一緒に洗濯しといて」
「わかりました」
「ありがとね」
…あ、学校って事も忘れて普通に家でするみたいに話ちゃった。
隣では姫ちゃんが目を見開いている。
「え?うそマジ?伊織の言ってたお姉ちゃんって!?」
「うん、そうだよ。香奈お姉ちゃん。一緒に住んでるの」
「昨日からだけどね」
っと香奈お姉ちゃんがウィンク。
「「「えぇぇええーーー!?!?!?」」」
この日一番の悲鳴の大合唱が学校中に響き渡った。




