08.
これから年末にかけさまざまな行事が立て続けにやってくることもあり、オスカーの誕生日までの二ヶ月間はその準備で大忙しである。
そのため、支度にはさほど人員を割く余裕がないということだ。しかし幸いにして、エミリアの計画しているお茶会はごく小規模なものだ。
紅茶や食事、花や贈り物を用意し、ティールームにちょっとした飾り付けを施す。
その程度ならば、ジュリエットとエミリアが主体となって動けばどうにか準備ができそうだ。
自身の誕生日を祝うため、幼い娘が人手に限りある中一生懸命お茶会を手がけたと知れば、オスカーもきっと大喜びだろう。
エミリアのためにも、しっかり準備をして成功させなければ。
秘密裏に、そして綿密に計画を練るため、その晩ジュリエットはエミリアの部屋を訪れていた。
「まずは今後どんな行事があるのか書き出してみましょう。そのほうが計画が立てやすいですから」
既に寝間着に着替えたエミリアと共にテーブルを挟み、ペンを片手に帳面へ向かう。
「えっと、まずは金桜月ね。おじさまが王都からいらっしゃるの」
「おじさまと言うと、奥――お母さまのご兄弟ですか?」
きょうだいの多かったリデルと違い、オスカーは貴族には珍しく一人っ子だ。
あまり積極的に人付き合いをしている気配はないが、やはり元王女を娶ったということもあり、王家とは未だに密接な繋がりを保っているのだろう。
「ううん、イーサンおじさまはお母さまの従兄なの。クレッセン公爵よ」
「従兄の……。そうでしたか」
リデルが生きていた頃、オスカーとイーサンの関係性はとても良いものとは言いがたかった。そして駆け落ちを疑われたため、リデルもまたイーサンと疎遠になっていた。
「その、イーサンさま……クレッセン公爵は、よくアッシェンにいらっしゃるのですか?」
「ううん、毎年この季節だけ査察にいらっしゃるの」
「査察?」
リデルが生きている時、そのような制度はなかったはずだ。
イーサンは国王の弟の嫡子――王族にごく近しい人間だ。そのような立場の彼が、自ら他領の査察を行うなど異例のことだ。
あるいは地方の政を改善するため、国王が新たな方策を打ち立てたのだろうか。
疑問に思ったが、エミリアにとってイーサンの来訪は、ただただ嬉しいもののようだ。
「今年は、王都一の仕立屋さんを連れてきてくれるの。わたしのためにドレスを贈りたいんですって。ジョエル王子さまのお誕生日会に着ていくドレスよ」
「思いやりのある、素敵な方なのですね」
「ええ。お忙しいから滅多に会えないけど、大好きなおじさまよ」
誇らしげな表情からは、エミリアが心底イーサンを慕っていることが伝わってくる。
「おじさまはね。ヒトリミのお父さまを心配して、ご自分の領地から優秀な使用人を派遣してくれたり、わたしのお誕生日には毎年贈り物を届けてくれるのよ。今度アッシェンにいらっしゃった時、ジュリエットにも紹介するわね」
「ありがとうございます。とても楽しみです」
エミリアの様子を見ている限り、きっと面倒見のいい性格は今も変わっていないのだろう。
イーサンは子供の扱いが上手だ。十四歳も離れた年下の従妹の許へ足繁く通い、寂しい気持ちを慰めようと心を砕いてくれる、優しい人だった。
若くして父親を亡くし公爵位に就いてからはますます忙しかっただろうに、離宮への訪れを途絶えさせることは決してなかった。
「おじさまは二日間、アッシェンに滞在するの」
「でしたら、滞在中はそちらに集中したほうがよさそうですね」
前世で実の兄のように大切に思っていた従兄とエミリアが、そんな風に良好な関係を築けていることが素直に喜ばしい。
今は一家庭教師に過ぎないジュリエットが、イーサンとそう交流する機会などあるはずもないが、彼の滞在中できることがあればなんでも協力しよう。
そう心に決めつつ、話を次に移す。
「その他に何か行事はありますか?」
「ううん。金桜月はそれだけよ。あとは黒百合月――お父さまの誕生月ね。保養地に行く予定があるわ。アッシェンの端のほうにあるローリッジっていう村なんだけど、そこに伯爵家の別荘があるの」
「別荘……」
ずきんと、頭の片隅が痛む。
ローリッジの別荘。その場所は生前、身体を壊したリデルが療養のために向かった場所だ。
結局は辿りつくことなく、その途中にあるエンベルンの森で命を落としたのだが、まさか生まれ変わってまでその場所へ向かうことになるとは。
「お母さまはその別荘で療養中、ご病気が悪化して亡くなったんですって」
「そう、でしたか……」
そういうことにしておくのが、王家にとってもオスカーにとっても、一番不都合がなかったのだろう。
それにしても、リデルが公に病死とされていることはわかっているとはいえ、事実との齟齬につい生返事になってしまう。
「ローリッジでは昔からその時期になると、〝灯送りの夜〟っていう伝統的なお祭りが開かれるの。お祭りと言っても、〝女神の生誕祭〟や建国祭のような派手なお祭りじゃないわ。亡くなった人を想って、安らかな眠りを祈るためのお祭りよ」
だからエミリアがジュリエットの妙な態度に気付くことなく、話題を変えてくれたことには心底安堵した。
「ローリッジでは黒百合月を魂戻りの月って呼んでいて、亡くなった人の魂がその短い期間だけ、楽園から戻ってくると言われているのよ」
「お祭りでは、どんなことをするんですか?」
「えっとね、広場で鎮魂歌を歌ったり、祭壇の前で踊り子が神さまへの踊りを披露したり……。あとはなんと言っても、お祭りの名前にもなっている〝灯送り〟ね」
エミリアが両手でふんわりと、赤ん坊の頭ほどの大きさの円を作ってみせる。
「このくらいの大きさの〝天灯〟っていう照明具があるんだけど、それに火を灯すと、ゆっくり空に浮かんでいくの。こっちの世界に戻ってきた魂を、天灯に乗せて楽園に返すのね」
エフィランテではスピウス聖教を国教と定めているが、例えばアッシェンのようにいにしえの神々に対する信仰が残っている地域は未だに存在する。
特に田舎のほうに行けば行くほど、土着の宗教感が強く残っているものだ。
灯送りの夜も、そういった昔ながらの宗教的儀式が現在まで受け継がれてきたものなのだろう。