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19.

 ミーナからすべての話を聞き終え、ジュリエットは全身から血の気が引いていくのを感じていた。

 姉のように慕っていた侍女の裏切り。そして兄のように慕っていた従兄の恐ろしい計画。

 何も知らず踊らされて、その結果命を失った過去の自分自身――。


 自らの罪を恥じ入るように、悔いるように俯くミーナへ掛ける言葉が見つからない。

 悲しみはあった。恨む気持ちももちろんあった。

 彼女のせいで自分だけでなく、大勢の命と未来が失われたのだ。

 いくら彼女の、リデルを思う気持ちが引き起こした結果とはいえ、簡単に赦せることではない。赦していいはずがない。

 

 けれど今は、過去に起こった出来事について追求している場合ではなかった。


「……ミーナ。あなたはわたしが気絶する前、これはエミリアのためだと言っていたでしょう。どういうことなの?」

「イーサンさまが仰ったのです。エミリアさまを餌に、ジュリエットさんを連れてくるようにと。そうすれば、エミリアさまは無事にアッシェン城へ返す。今後、アッシェンに対しても一切手出しをしないと」


 その言葉で、ジュリエットは確信した。

 イーサンは、ジュリエットがリデルの生まれ変わりだと気づいている。

 だからこそ、姪も同然のエミリアを浚ってまでジュリエットを手に入れようとしたのだ。

 

(優しかったお兄さまが、どうして……?)


 いや、あるいは優しかったイーサンなど元からいなかったのかもしれない。

 彼はリデルへの執着を、優しい『従兄』の仮面の下に巧妙に隠し続けていたのだ。

 狂気じみた執着心に思わず身震いしたその時、突然ガタン、と大きな音を立てて馬車が停止する。途端にミーナが青ざめ、怯えたような顔でジュリエットを見た。


「姫さま、やっぱり今すぐ逃げて――」


 彼女の言葉を遮るように、馬車の扉が外側から開け放たれる。

 あれからどれほど時間が経ったのか、まだ夜明けの気配はなかった。

 草花の匂い。冷えた風の温度。フクロウの鳴き声に、まがまがしいほど大きな月。

 そしてその下に、イーサンが佇んでいた。


「遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ、ミーナ」


 彼はとても上機嫌なように見えた。

 でもその上機嫌な笑みが、今のジュリエットにとっては何より恐ろしかった。

 人をふたり誘拐しておいて、どうして笑っていられるのか。底知れぬイーサンの考えが、怖くて怖くて堪らない。


「それに――やあ、ジュリエット。いきなり連れてこられて驚いただろう? 手荒な真似をしてすまなかったね」

「……エミリアは無事なのですか? あの子は今、どこに?」

「エミリアは無事だよ。これから、私の従者がここまで連れてくる。……そんなことより」


 どうでもいいことのようにエミリアの無事を告げたイーサンは、より一層笑みを深くし、愛おしいものを見つめるような目つきでジュリエットを見た。


「会いたかったよ、私のリル」


 かつての懐かしい愛称。イーサンからそう呼びかけられるたび、リデルは嬉しくなったものだ。

 けれど今はただただ、身体の上を虫に這いずり回られたような不快感がまとわりつくばかり。


「エミリアの前では、そう呼ばないでください」

「ああ、すまない。あの子にはまだ内緒なんだね。わかった、他ならぬ君の頼みだ。エミリアの前ではジュリエットと呼ぶことにするよ。だから、そんなに怖い顔をしないで。可愛い笑顔を見せておくれ」

「……ミーナに、すべて聞きました」


 歌うように囁きながら手を伸ばしてくるイーサンに嫌悪感を募らせながら、ジュリエットは彼を睨み付ける。

 そうして小首を傾げる彼に、精一杯の軽蔑を込めて告げた。


「かつてわたしが野盗に襲われた事件――あれはすべて、あなたが仕組んだものだったのですね」


 この時までジュリエットは心のどこかで、イーサンが謝罪するのではないかと信じていた。

 リデルの知っている彼なら、己の犯した罪を悔いているはず。今はただ、平気なふりをしているだけだと信じたかったのだ。

 だけど。


「ああ……ミーナはすべて君に喋ってしまったんだね。まあ、今更秘密にしておくような話でもないか」


 そう言うと、イーサンは笑みを浮かべ、軽く頷いた。

 罪悪感など欠片も感じていないような、美しい笑みだった。


「そうだよ。あの野盗は私が雇った者たちだ。まさか、女性ひとり攫ってくることもできない無能だとは思いもしなかったけれどね」

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