第14話「魔術協会」
アーケード街から離れた一角。
周辺にある花屋や酒屋は今日に限って臨時休業となっているためか、人の気配すら感じない。
代わりに遠くの方からパトカーのサイレン音がこちらの方まで響き渡っている。
その方角はアーケード街の方だ。
いったい何があったかというと、突如出現した魔物、蜥蜴人間のせいでその場はパニックに陥ってしまったのだ。
恐らく、その騒ぎを聞いた一般人が通報したのだろう。とはいえ、警察に捜査権限はないのだが。
魔術協会は各国の行政機関の一部の人間と連携をとっている。これにより、魔術に関する事件、事故は令状の下、現場調査とその処理を行うことができる。もちろん、情報操作と目撃者の記憶改ざんも怠らずだ。
つまり今現場の調査を行っているのは、民間の警察ではなくフードを被った黒ずくめの集団、協会の魔術師だ。
警察は捜査ができない代わりに、現場から数十メートル離れたところで道を塞ぎ、一般人が中に入れないようにしている。
ここまで徹底しているのも秩序を守るためだと言っているが、要するに世間に知れ渡りでもしたらパニックになってしまうからそれを阻止するためということなのだろう。
そんな魔術協会に所属している俺はというと、そこから離れた一角に停まっている黒いリムジンの中にいる。
円形のガラステーブルを囲うような配置で設置された黒の座席シートに座り、ティーカップに注がれた熱々の紅茶を、火傷しないようにちびちび飲んでいる。
車内にあるスピーカーからは、自分が今後聴くこともないだろうクラシック音楽が流れている。
この騒ぎになっている外とは隔離された空間になぜいるかというと、正直自分でもわからない。
今目の前で同じく紅茶を優雅に嗜んでいるお嬢様、もとい魔術協会未来支部最高主任と名乗る人物、早乙女エリに、
「ご一緒にお茶はいかがですか」
と誘われたのだがいったい本当は何の用件で呼んだのだか。なんにせよ何かあるのは間違いない。
金持ちなのはリムジン持っている時点で納得できたが、俺と同い年でそんな大層な身分だということだけがどうにも信じられない。
俺はアーケード街からここまで連れてこられるまでの間、警戒心を怠らず、ずっと睨んでいる。
すると話す気になったのか、それともずっと睨まれて気まずくなったのか、やっと口を開いた。
「そんなに威嚇されては折角の紅茶も美味しくいただけじゃないですか」
どうやら2つ目の方らしかった。
そう言われたことで俺も我慢の限界になり、こちらから話しかけることにした。
「いい加減用件を言ったらどうなんだ。わざわざここに呼び出したのも、俺とお茶を飲むためじゃないだろ」
「あらあら、それが上司に対する態度ですか?」
そいつは見下すような態度で、俺を挑発してきた。
当然のことながら普通にイラついた。
まったく、こいつといい、先程電話に応対した奴といい腹立つ奴ばかりだ。
「そもそもそれが信じられないんだよ」
「と言いますと?」
「だから、あんたみたいな女子高生が最高主任だってことだよ」
「しかしそれは事実ですし、信じられないのなら証明いたしましょうか?」
そう言うとティーカップを皿に載せ、テーブルに置くとブレザーの左胸ポケットから、箔押しされた紺色の学生手帳を取り出した。そしてペラペラとページを目繰り始める。
なんだか嫌な予感がする。まさか本当に・・・・・・・。
そう思った直後、目当ての物が見つかったようで、1枚の名刺を差し出して見せてきた。
覗き込むように見てみると、そこには確かに『魔術協会未来支部最高主任 早乙女エリ』と記載されており、はんも押されていた。間違いない、本物だ。
「お分かりいただけましたか?」
「・・・・・・ああ、逆にいろんな意味で怖くなったわ」
俺はこの時一瞬だけ背筋がぞっとなり、冷や汗をかいていた。まさか辞令書でも渡されるのではないかと思い、全身の寒気が収まらない。
何せそうなる心当たりがあるからだ。
もしそうなってしまったら、今後1人で魔物と戦うことに加えて、さらに協会に追われる身になってしまう。それはかなり面倒なことだ。
しかしそいつ、早乙女エリはそんな心配する俺を見てクスッと笑い、
「大丈夫ですよ。一応同級生なんですし、打ち解けた会話の方がわたしも話しやすいですし」
と伝え、名刺を渡すと学生手帳を胸ポケットにしまった。
但し、心配しているのはもっと別のことなのだが。
「そ、そうか。じゃあそうさせてもらう」
苦笑いでそう答えた後で、乾いた口のなかを潤そうと紅茶を少量啜った。上唇に当たったところでそれが冷めきっていることに気が付いた。
「ところでですが・・・・・」
エリはティーカップと皿を再び手に取ると、険しい表情でこちらを見つめてきた。
どうやら、やっと本題に入るらしい。
俺も何を言われようと冷静に対応できるように身構えた。大した内容でないことは願いたいのだが、主任直々となるとその可能性は低いだろう。
「貴方、ここ数日に出現した2体の魔物を撃破していますよね」
「・・・・・・・・ああ、そうだが」
まあ、大体の予想はついていた。ここ最近の業務は魔物退治のみだからだ。ただそれは命令無視の単独行動だからそれが上からはどう認識されているかはわからない。
「正直、生け捕りにして解剖でもしたかったのですが、これ以上死傷者が出てはこちらとしても都合が悪いですからね。懸命な判断として見逃してあげますわ」
エリは落ち着いた口調でたんたんと言った。
俺はそう言われて呆気に取られた。怒られるかと思いきや、罰を与えるどころかあっさり許してしまったのだ。
何だよ、心配して損した。
そう思い、全身の力が抜けて無防備になったときだった。
「今後は救援が到着するまで足止めをよろしくお願いしますわ」
俺はエリの不意打ちをつくような発言に驚いてしまい、手に取ろうとしたティーカップを危うく倒しそうになった。
「は!?」
「ですから、貴方は今後集団での魔物討伐を依頼しているのですよ」
「いや何で?俺1人で討伐してきただろ」
「そうですわね。確かに貴方の実力は他の魔術師と比べて群を抜いています。」
「だったら」
「ですが、貴方1人で対処するには限界があります。」
「何?馬鹿を言うな。俺1人で十分だ」
そう吐き捨てると、今度は鋭い目でこちらを睨んできた。
「また、同じ過ちを繰り返すのですか?」
「は?」
「3年前もその自尊心と傲慢さのせいで、貴方の父親は亡くなったのでは?」
「!?」
そう言われて俺は何も反論することができなかった。いや、そもそもその件に関して文句を言える立場ではないのは十分に分かっている。
「少なくともその愚かな考えさえ捨ててしまえば、文句ないでしょうね」
エリは責め立てるような口調でそう言うと、腕を組み、座席シートにもたれ掛かった。
「・・・・・・・そうだな」
「でしたら」
「けどよ」
俺はエリの言葉を遮って自分の意見を主張した。
「仮にそうしたとして、今後俺の周りから犠牲がでないとは限らないだろ」
確かに自分の力を買い被ったせいで、あの時いたみんなを危険にさらしてしまったかもしれない。
だが、それでみんなが無事で済んだとは言い切れない。
これ以上誰かが死ぬところ、それで悲しむ人の顔なんて見たくない。だから、傷つくのは俺1人で十分、今までずっとそう考えてきた。
エリの用件を飲めないのはそのためである。
しかしエリはそれを知ってか、将又知らないのかは定かではないが、ため息をつくと呆れた顔でこちらを見てきた。
「どうやらこれ以上話しても無駄のようですわね」
「そういうことだな」
「・・・・仕方ないですわね。無理強いする必要はありませんし、貴方の自由にしてください」
エリは少し残念そうな顔でまたため息をついた。
「クビです、貴方は」
「・・・・・・そうか」
本来ならここで慌てふためくところかもしれないが、自分の過去の話題を振られたためか普通にそれを受け入れることができた。
「もう用が済んだんなら帰っていいか」
そう言い俺は天井に頭がぶつからないように中腰で立ちあがり、スライドドアのドアノブに触れようとした。
「あ、それともう1つ伝言があるのですが」
「まだあんのか?」
俺はエリに呼び止められたことで、再び座席シートに座った。
「ええ、先程の貴方から頂いたお電話の内容のことなんですが」
「・・・・・ああ、ユイのことを調べてくれって話か」
そういえば今日そんな電話したな。
蜥蜴人間の一件ですっかり忘れてしまっていたが、記憶操作を受け付けない一般人など前代未聞でかなりの大事だった。
「時島ユイ、上からの命令で彼女の身柄はこちらで拘束させていただきます。」
「!?」
俺はエリの信じられないような発言に驚き、直後自分の中で怒りが混み上がってきた。
「どういうつもりだ。身柄を拘束って」
「言葉の通りですわ。何せ記憶操作を受け付けない一般人なんて、事例がほとんどありませんからね。このまま野放しにしておくわけにはいけませんし、こちらで保護することにしましたの」
「おいそれって」
「ええ、我々の研究対象にさせていただきます」
エリのその笑顔は悪びれた様子もない。迷うどころか純粋にそれを正しいと受け入れている、そんな気がした。
「お前ら、異常だよ」
俺はそんなエリに対する恐怖や、それを平気で言えることの憐れみを込めてそう言った。
するとエリは一瞬動揺したような素振りを見せたが、すぐに元の落ち着いた態度に戻った。
少し気になりはしたが今はそれどころかじゃないので、最優先であるユイの安否を確認した。
「ユイにまだ何かしてないよな?」
「仮にそうだとして、教えるとお思いで?それに貴方はたった今クビになったばかりじゃないですか」
そう言われたところで俺もこれ以上会話しても時間の無駄だと考えると、ドアノブを掴んでスライドドアを勢いよく開け、そのまま外へ飛び出した。ユイがまだ無事であることを祈って。
手がかりがない俺はまず自宅に向かうことにした。もしかすると家に帰っているかもしれないからだ。
とにかく早く見つけないと捕まってしまう。俺が協会にユイのことを話したばかりに、俺のせいで。
アスファルトの地面を蹴り、風を切るような勢いで走る。
正直、蜥蜴人間討伐の際に走り回っていたためその疲労はまだ残っているが、そんな甘ったれたことは言ってられない。
どうか間に合ってくれよ。
リムジンの中。
勢いよくスライドドアを閉められたことで車体が少し揺れ、テーブルに置かれているティーカップもガタガタと細かく振動している。
そして揺れが収まると、エリは残り少ない紅茶を口の中に一気に流し込んだ。
ティーカップの底と皿を合わせてテーブルの上に置くと、不快な表情になり、座席シートにもたれ掛かった。
先程は上品な振る舞いで感情を表に出さなかったが、そういう対応をしなければならない人がいなくなったことでその縛りがなくなり、感情が露になった。
そして口を尖らせると、前の席に座っているドライバーに聞こえない程度の大きさで呟いた。
「あたしだって異常だってわかってるつーの」
天井を見上げて深いため息をつく。
すると突然スマホの着信音が、車内を包み込んでいたクラシック音楽の優雅なメロディーを掻き消すように鳴りだした。
エリはそれが自分のだと察すると、スカートのポケットからスマホを取り出した。そして画面を人差指でスワイプし、耳元から少し離れた位置まで持ってきた。
先程まで不貞腐れていた表情から一変して、笑顔で淑やかな口調で電話に応対しだした。
「ごきげんよう。どうなさいましたか?」
そしてしばらくその電話の相手、部下と話した後で、エリの表情が一気に凍りついた。
「何ですって!」
エリは思わず大声を出してしまった。そして早口でその部下に指示をした。
「今すぐ救援部隊を呼んでください。早急にです」
そう告げ電話を切ると、深刻な表情で頭を押さえた。
「まさかそんなにすぐに魔物が出るなんて」