第12話「戦慄のアーケード街」
人気のないアーケード街。
先程までサラリーマンや学生でごった返していたはずのその場所は、物音立てない静かな空間へと化していた。その中に2つの影が互いを睨みあって、今にも戦いが始まろうとしていた。
1つはこの俺、光剣寺ミツキ。
そしてもう1つは魔物で、見た目は蜥蜴に酷似している。
俺はクリスタルを握りいつでも魔装できる態勢をとって、動きを見ている。
対する魔物、もとい蜥蜴人間は細長く尖った爪を擦り合わせ、低い唸り声をあげながらこちらを睨んでいる。
視覚だけで認識できることは、その異常に長く尖った爪が主要武器であること、あとはまばらに生えた牙も使ってくる可能性もあり得る。もしかすると、それ以外の武器を備えていることも否定できない。
つまり戦わない限りわからないということだ。
次に右左に視線を向け、周囲にある障害物や建物を確認した。
俺の能力は周囲にある物質を操作し武器を生成するものだ。
つまり周囲に何があるかで戦い方が変わってくるということだ。
俺は蜥蜴人間の赤く不気味に光る眼に視線を向けた。
その場の空気に緊張感が走る。
「きしゃぁ」
先に動き出したのは蜥蜴人間の方だった。
「ヘルメス!」
俺もすかさず魔装を纏い、周囲にある金属から2本の剣を生成した。
蜥蜴人間は予想通り、爪で攻撃を仕掛けてきた。
俺は防御態勢に入り、右手に持っている剣で攻撃を防いだ。剣と爪が擦りあい火花が散る。
そして俺は左に持っている剣を振り上げ、こちらも攻撃を仕掛ける。
しかし蜥蜴人間は当たる寸前で空高く跳躍し、かわされてしまった。
「うおっ」
俺は振り上げた勢いで体勢が崩れてしまったが、何とか踏ん張った。
そして、蜥蜴男がいると思われる上空を見上げた。案の定、そいつはそこにいた。大きな口を開けそこから火の粉を散らしながら。
「やべっ!」
俺は蜥蜴人間のその行動から危険を察知し、右に飛び込んだ。
直後、蜥蜴人間の口から勢いよく炎が噴き出された。
飛び込んだ勢いで転がってしまったが、そこから飛び跳ね立ち上がった。見ると、自分が先程まで立っていた足場は、焼けた跡で黒く焦げていた。
あの火炎放射攻撃をまともに喰らっていたらどうなっていただろうか、想像するだけでゾッとしそうだ。
そして蜥蜴人間はというと、見当たらなくなっていた。周囲を見渡してもどこにも姿がない。
まさか逃げたのか。いや、魔物に限ってそんなことはあるのか。
いずれにせよ、魔物の体質どころかどういう存在なのかわかっていない現状では考えても仕方がない。
俺はさらに注意を払い、周囲をくまなく探した。
だがどこを見回しても、人1人もいない店くらいしか目に映らない。
どこだ、どこにいる・・・・・・・・・。
それからしばらく周囲を見回していると、背後から気配を感じ振り向いた。
「しゃあぁ」
突如、蜥蜴人間が襲ってきたのだ。
俺は咄嗟に大気中から結晶の壁を生成し、攻撃を防いだ。蜥蜴人間の腕が振り落とされた直後、結晶の壁に深い爪痕が付き粉々に砕け散った。
俺は宙で散乱する結晶を薙ぎ払いながら剣を振り回した。しかし刀身に結晶がぶつかる感覚はするのだが、肉を切り裂く時の手応えがなかった。
「またかよ」
どうやら避けられたらしく、そしてまた見逃してしまった。
「今度はどこから」
俺は周囲に何か動くものがないか、しらみつぶしに探しまわった。
そいつが蜥蜴人間の可能性が高いからだ。仮に違っていたとしたら探すのに手間がかかってしまうが、ただそれが逃げ遅れた人だとしたらそれはかなり面倒なことになる。
俺は人がいないことを祈りながら店の建物を1つ1つ確認していった。
しかしどこを見てもそれらしきものは何も見当たらなかった。
「いったいあいつは何処に行ったんだ・・・・・・」
俺は足を止め、周辺を見回した。
すると突然、今度は真横から蜥蜴人間が現れた。俺は咄嗟に後方に下がり、前髪が掠っただけで何とか避けることができた。
すぐに蜥蜴人間が着地したであろう場所を振り向いたが、すでに姿が見えなくなっていた。
それから蜥蜴人間は、姿を消しては何処からともなく姿を現し、鋭い爪で攻撃を仕掛けてきた。
俺はアーケード街を走り回りながら、直感を頼りに辛うじて剣でガードし、咄嗟に作った結晶壁で攻撃を凌いできた。しかしそれがいつまで続くかわからない。
人間の魔力にも体力同様限界がある。それが尽きてしまったら、魔装が解けて魔法が使えなくなり、事態は最悪な状況に陥ってしまう。つまり、早くけりをつけなければやられるということになる。
「早いところ何とかしないと」
俺は攻撃を耐え、動きが予測できない強敵に苛立ちを感じながらも、なんとか冷静を保とうとした。
脳をフル回転させ、今までの出来事から蜥蜴人間の戦術を予想した。そして、それが3通り浮かんだ。
1つ目は、瞬間移動、あるいはその類の転移魔法を使った戦法。
2つ目は、単純な高速移動を用いた戦法。
3つ目は、自分の姿を透明化して攻撃する戦法。
俺を撹乱させ奇襲を仕掛けているこの状況下で有力な情報はこれくらいしか浮かばなかった。
それにしても、もしその中のどれかに該当していたとして、どう対策すべきか。
せめて俺にもそんな能力があれば・・・・・・・。
俺はこの時だけ自分の能力に落胆した。
しかし蜥蜴人間は、そんな落ち込んでいる俺を気にも留めずに襲い掛かってくる。
鋭い刃が電光石火のごとく一閃を斬る。
「っ、この!」
俺はかわしたと同時に、右の剣を振り落とした。
すると今回は当たりどころが良かったようで、剣の刃先が蜥蜴人間のしっぽの根元をとらえた。肉が切り離され、黒い血しぶきを勢いよく噴射しながら切り落とされる様子はグロさを感じさせる。
蜥蜴人間はしっぽを切り離されたことで短い絶叫を発したが、また姿をくらました。切り落とされたしっぽを残して。
黒い血を噴き出しながら、まるで陸に挙げられた魚のように跳ね、寂しく苦しみ続ける。そしてピタリと動きが止まると、そのまま地面に密着した。
その光景はまさしくそのしっぽが死んだと表現するのに相応しいものだった。
これが魔物ではなく、ただの生き物なら弔ってやりたいものだが、生憎そんな余裕は今の俺にはない。
急いで次の奇襲に備えようと振り向きかけた瞬間、目を疑うような出来事が起きた。
なんと蜥蜴人間のしっぽが縮んだのだ。
俺はそれの一部始終を見て、脳に稲妻が走るようにすべてを悟ることができた。
そして思わず指を鳴らしたくなったが、剣を持っているためできなかった。それでも謎が解けた喜びは、俺の闘志に火をつけ、今にも飛び跳ねたくなるくらいの興奮状態にさせた。
俺はそれを加速源にし、再び脳をフル回転させた。
今度はさっきよりも調子が良く、すぐに蜥蜴人間攻略の手順がまとめ上がった。
「よし!」
俺は掛け声とともに、地面を蹴り、アーケード街のある場所へと一気に走り出した。
恐らくこの策がうまくいけば間違いなく奴を仕留められる、そう確信して。
俺は通り過ぎる1つ1つの建物に目も暮れず、決着をつけるためにただひたすら前を見て走った。
そして目的の場所にたどり着くと、俺は地面を突き刺す勢いで急ブレーキをかけ振り返った。
その目的地というのは、先程まで今日1日の鬱憤を晴らそうとしていたゲームセンターだ。
ただ重要なのはそこではない。ゲームセンターの前に置いてある段ボール箱。恐らくそこから蜥蜴人間が現れるにちがいない。
奴の特性は体を伸縮自在に変えられることで、その能力を利用して物陰に隠れながら奇襲攻撃を仕掛けていたのだろう。
それと元のサイズは普通の蜥蜴くらいの大きさで、巨大化していられるのはほんのわずかな時間だけ。
ここまで予想して、俺は1番隠れる場所が少ないゲームセンター前に誘き出す作戦に出たのだ。
今まさにここで倒そうと意気込んでいる。
俺は蜥蜴人間が出てくるであろう段ボール箱に意識を集中させ、いつでも奇襲に備えられる態勢をとった。
しーんと静まり返るアーケード街の一角。
先程しっぽを切り落とされたこともあってか、なかなか姿を現そうとしない。
俺はここにきてまさか作戦失敗!?と不安になりかけた次の瞬間。
「しゃあぁ」
蜥蜴人間がしっぽを失った怒りでか、目を見開いて殺気立ち、鬼のような形相で飛びかかってきた。まさにそれは獲物に食らいつこうとする肉食動物そのものだった。
ただ俺もそんな逃げて怯えるだけの草食動物ではない。むしろ、狩る方だ。
俺からしてみれば、それが罠だとは知らずに飛び込む哀れな獲物にしか見えない。
俺は横に飛び跳ね、振り下ろされた腕を流れるようにかわした。
そしてすかさず両手に握られた2本の剣を合わせ、細かい結晶の塵に分解されると、先程とは一回り大きい重量感のある大剣の形状へと形成した。
俺は左足を軸にその場で回転し、大剣を振り回した。遠心力で剣が手から離れそうになるが、グリップを両手で強く握りしめなんとか踏ん張った。
そして2回転したところで振り向き、蜥蜴人間に目掛けて大剣を振り下ろした。刀身は蜥蜴人間の鼻先に当たりめり込んでいく。
回転による加速と剣の遠心力により威力が強化された斬撃は、蜥蜴人間の頭蓋骨を貫通し、首から背中へと伝わっていく。斬り進めるごとに飛び散る黒い血の飛沫を浴び、青白い魔装を黒く染めていく。
骨を砕き、肉を切り裂く感覚がグリップを返して両手にビリビリ伝わってくる。
「ぅぅうあああぁああ」
俺は絶叫し、さらにグリップを強く握りしめ力を加えていった。
脊髄やあばら骨を貫いていくと、先程までしっぽと繋がっていた根元部分に達し、そこから一気に切り抜いた。
まだ振り回す勢いが残っていたため、そのまま空高く振り上げてしまった。黒い血の粒を大気中にまき散らして。
俺はバランスを崩してしまい、その場に倒れこんでしまった。背中から地面に叩きつけられ、宙に舞った黒い血の雨を全身にもろに浴びてしまう。
そして左右に一刀両断された蜥蜴人間の体は、地面に擦るように倒れた。
俺は体力の消耗で首から下は動けない状態になっていたが、なんとか顔だけ横に向け、蜥蜴人間の方を見た。
喉を切り裂かれたことで呻き声すら出すことができずに、夥しい量の血液を断面から噴き出して、ただ体を震わせることしかできなくなっていた。
しばらくして、蜥蜴人間の体は空気の抜けた風船のように縮み、普通の蜥蜴と同じくらいの大きさになった。そして黒く腐食し、塵となって大気中に散った。
それは蜥蜴人間の『死』を意味している。
俺はその様子を見てほっと溜息をつくと、両手を広げ大の字になった。
2度目の魔物との交戦による緊張感と先程からずっと走り回っていたというのもあって、疲労が蓄積されてしまったようだ。もう肩で息をしている状態である。
過呼吸でなかなか酸素が脳に回らず、まともに思考回路が働かない。それに加えて、睡魔も襲いだす。
このままだとここで深い眠りについてしまいそうだ。
俺は何度も眠りそうになるのを必死に耐えようとしたが、とうとう限界が来てしまい意識がなくなった。
それからどれくらいの時間が経っていただろうか、魔物との戦いの後時間感覚がおかしくなってしまっていたようだ。
いや、もうそんなことどうでもいい。後始末は上がやってくれるだろうから、気が付いたらベッドの上で毛布にくるまっているという落ちなのだろう。そう思っていた。
「あらあら、どうやらお疲れのようですわね」
と突然頭上の方から声が聞こえた。
俺はビクッと体を震わせ驚き、一瞬で現実の世界に引き戻された。
寝そべっているところが固いことから、どうやらベッドの上じゃないらしい。
そして呼吸が正常にできており、体も動けるようになっていることを確認すると、起き上がり声のした方に向き直った。
そこには少女がいた。人1人としていないはずのアーケード街では、かなりの存在感を放っている。
といっても、こんな化け物と死闘を繰り広げた血生臭い場所には明らかに似合わなそうな格好をしていて、ひときわ目立っていたためなのだが。
その少女はいかにもって感じのお嬢様学校の制服を着ていた。
「お仕事ご苦労様です」
少女はにこりと微笑みながら顔を覗き込んできた。
しかし俺は突然現れた少女に警戒心を抱き、身構えた。
「なんだお前」
俺は少女を睨みつけた。
「あら、自己紹介がまだでしたわね」
少女はそう言うと腹に手を添え、軽く会釈をした。
「初めまして・・・・・・と言っても今朝お会いしていますか。わたくしは魔術協会未来支部最高主任、早乙女エリです。以後お見知りおきを」