親友が全校生徒から無視されているので一緒に無視されてみる
※短編『全校生徒から無視されたので全力でリア充アピールしてみる』の続編です。
「オッケー、じゃあ他の2人にも伝えとくわ。じゃあな」
『おう、またな』
シュンとの電話を切り、大きく息を吐き出す。
その息は、胸中の抑え切れない激情によって途切れ途切れに震えていた。
「ど、どうしたの? マサ。コップが割れそうになってるよ?」
恐る恐るといった様子で話し掛けてきたのは、テーブルの対面に座る同じバンドメンバーの上沼樹。
中性的で線の細い美少年で、バンドではベースを担当している。通称はそのままイツキ。
その整った容姿を活かし、最近ではモデルなんかもやっている。
指摘された通りに自分の左手に視線を落とすと、強く握り絞められたコップがテーブルに当たってカタカタと音を立てていた。
どうやら平静を取り繕おうとした結果、知らず知らずの内に左手に力が籠っていたらしい。
このままではイツキの言う通りコップにヒビが入ってしまいそうなので、慌てて手を離す。
「どうした? 物に当たるなんてロックじゃないぜ?」
そう言ったのは、俺の斜向かいに座る同じくバンドメンバーの東堂銀司。
髪を金髪に染めたワイルド系のイケメンだ。もっとも、基本ずっと黒いグラサンを掛けているので、ぱっと見ではイケメンかどうかよく分からないが。
バンドではドラムを担当しており、通称はギン。
“ロック”というのがこいつの口癖なのだが、こいつのロックの基準は2年半の付き合いを経ても未だによく分からない。
恐らく本人も明確な基準など無く適当に言っているだけなので、もう俺含めてメンバーは全員スルーすることにしている。
だが、芸能界でのウケはいいらしく、不思議系イケメンキャラとして、最近はバラエティー番組なんかにも出ている。
こいつら2人とキーボード兼リーダーのシュンこと河合駿介、そしてギター&ボーカルの俺、マサこと小泉正人の4人が、ロックバンドBlue Dreamersの全メンバーだ。
今は名古屋での仕事の打ち上げと、週明けからの東京進出への決起集会のようなものを兼ねて行きつけの味噌カツ屋に集まっているところだ。
「スマン、ちょっとあまりにも腹が立つ話を聞いてな……」
「う、うん。そっか。でもとりあえず落ち着こう? 目がスゴイ怖いから」
「そうだぜ。怒りに我を忘れるなんてロックじゃねえ」
「シュンの奴、転校先でいじめに遭って全校生徒に無視されてるらしい」
「「よろしい、ならば戦争だ」」 パキンッ
何かが割れる音に目を向けると、ギンの握るコップがヒビ割れていた。
……ドラマーの握力でコップを握るなよ。というかロックはどうした。
「大丈夫ですか!? お客様!」
たまたま通りかかった女性定員が、慌てて布巾を取って来る。
「すんません、割っちゃって」
「いえ、お怪我が無かったようでよかったです。すぐに代わりのコップをお持ちしますね?」
「頼んます。……チッ、ロックじゃねぇぜ」
「え? ロック? あ、あの……氷は入っておりますが?」
「え? は…………ああ! いや、えっと、はい……すみません」
バカだ。バカがいる。
思わぬ返しをされて素になってしまっているギンを生温かい目で見ていると、隣の席から声が上がった。
「あら、シュンちゃん。マサちゃんに話したのね」
そう言ったのは俺達のマネージャーである村崎透。
すらりと背が高く、垂れ目がちな目が優しげな美青年だ。
右目の下にある泣きぼくろがやたらとセクシーで、マネージャーという職業にしてはいささか以上に華があり過ぎる容姿をしている。
ちなみにオネェ口調なのはキャラ作りであって、本人はいたってノーマルだそうだ。
放っておいても溢れ出る色気のせいで無自覚に女性を虜にしてしまうらしく、あえてゲイを演じて女性を牽制している……らしい。
しかし、オネェキャラ歴が長過ぎて最近ではこの口調が素になってしまっているとか。
そんなトオルさんだが、マネージャーとしての腕は超一流だ。
スケジュール管理はもちろん、メンバーの体調管理、日々の細やかな気遣いにトラブル対処。
陰に日向に、常にメンバーを支えてくれている。そう、それはさながら優しさと包容力に溢れた世話焼きな女性が、自分の恋人を労わるかのように…………いや、飽くまで例えだからな? 彼はノーマルだ。……そのはずだ、うん。
とにかく、彼がマネージャーとなってからはおよそ不便というものを感じたことがない程度には優秀なマネージャーだ。ちなみにメンバー間での陰の通称はトルエモンだ。困った時のトルエモンだ。
「トオルさんはシュンから聞いてたのか?」
「ん……そうねぇ。一応この前東京に行った時に相談を受けて、いじめの主犯格達についてちょっと調べたわ。あなた達に話さなかったのは、あなた達が行く前に解決出来るならそうしたかったからじゃないかしら?」
「そう、か…………で? そいつらはどんな奴らなんだ?」
「いじめの中心人物になってるのは理事長の娘。元々甘やかされて育ったわがまま娘だったらしいんだけど、どうやら中学の時に彼女の素行を注意した教師を、父親にあることないこと告げ口して学園から追放したらしいわ。それで味を占めたらしくて、高校生になってからは親の威光を借りてますますやりたい放題。父親である理事長も、娘のことになると途端に甘くなる……というかバカになるらしくて、今は生徒はおろか教師ですら彼女に逆らうことは出来なくなってるそうよ」
「甘やかされて育ったわがままなお姫様か……そりゃあシュンからしたら気に入らないだろうなぁ」
シュンは自立心が強い。
小さい頃から親元を離れて育ったせいか、今更親に頼りたくないと思っている節がある。
特に父親は有名音楽プロデューサーなので、それこそその力を借りればもっと楽にデビュー出来たと思うのだが……。
本人曰く、「俺が音楽業界に入ったのは断じて親の職業に憧れてのことではない! だから絶対に親の力は借りん!!」だそうだ。別に親と仲が悪いわけではないらしいんだけどな。
でも、そんなシュンだからこそ俺は付いて行こうと思ったんだ。
それは俺だけじゃなく、ギンやイツキも、そしてトオルさんも一緒だろう。
俺達は皆、シュンにスカウトされて集まった仲間なのだから。
シュンと同じ学校の俺は軽音楽部の活動で見出され、イツキとギンはライブハウスでシュンがそれぞれ別のバンドから引き抜いた。
トオルさんは敏腕マネージャーとして業界でも引っ張りだこの存在だったらしいが、とあるアイドルグループのマネージャーに決まり掛けていたところを、これまたシュンが全力で引っ張って来た。
その時にシュンが披露した芸術的な土下座は今でも語り草だ。
しかし、その強い熱意と抜群の音楽センスに惹かれて、俺達は集まった。
今ではこの5人が最高の仲間だと思っているし、シュンはそんな仲間と引き合わせてくれた最高のリーダーだと思っている。
だからこそ、そんな俺達のリーダーを侮辱し、いじめようとした連中が許せない。
「あとはその取り巻きに女子が2人と男子が3人。お姫様よりもむしろこっちの方が厄介かもしれないわね。ただのわがまま姫と違ってこの5人は完全な不良だもの。万引き、援交、恐喝、暴行に強姦。まだ噂レベルだけど、学外での行動を調べたらすぐにこれだけの情報が掴めたわ。どこまで本当かは知らないけど、まあ火のないところに煙は立たぬというしね……」
「なるほど、正真正銘のクズか」
甘ったれたわがまま姫にその取り巻きのクズ共、どちらにせよ俺達のリーダーを侮辱していいような連中じゃないな。
そんな連中が身の程知らずにも俺達のリーダーに喧嘩を売るとはな……いいぜ、そっちがその気ならこっちだって徹底的にやってやる。果たしていつまでお山の大将を気取っていられるかなぁ!?
「なるほど……そういうことなら遠慮はいらないね。僕らで暴君を玉座から引きずり下ろしてやろうよ」
「そうだな。そいつらに真のロックってやつを教えてやるよ」
いや、それは教えなくていい。
「……まあロックがどうとかは置いといて、やるなら徹底的にやる。俺らのリーダーを馬鹿にしたことを後悔させてやろうぜ」
「うん」
「おう」
「……やり過ぎは禁物よぉ? まあ大体のことならもみ消してあげるケド」
やる気を漲らせる俺達を余所に、トオルさんはそう呟いた。
言われずとも、連中と同じところまで堕ちるつもりはないよ。
ただまあ、連中の学園での地位は奪わせてもらうけどな。
* * * * * * *
―― 週明けの月曜日
転校初日くらい一緒に登校しようということで、俺達3人は新しい家でシュン達を待っていた。
この家は俺達3人の家で、俺とイツキ、ギンは、マンションの一室をルームシェアすることにしたのだ。
「そう言えば、シュンの彼女も来るんだって?」
新しい制服に袖を通しながら、イツキが思い出したようにそう言う。
「ああ……そうらしいな。まあ元はといえばいじめに遭ってたのはその彼女らしいし、当事者として俺らの計画を知っておいてもらった方がいいだろ」
「それもそっか」
「それにしても……シュンにも遂に彼女ができたかぁ」
なんというか、妙に感慨深い。
シュンは最高にいい奴だから、シュンに彼女ができないなんて正直周りの女は見る目がないと思っていた。
まあ前の学校でシュンに近付く女は全員端から俺目当てで、シュンは俺への渡りくらいにしか考えていないクソ女ばっかりだったから仕方ないが。
そんなシュンに彼女ができたというのは素直に嬉しい。だが心配なのは……
「その彼女……大丈夫なのか?」
ギンが徐に呟いた。
そう、そこは俺も心配だった。
シュンの彼女が、前の学校にいたような奴らの同類でないと誰が言える?
“有名人の知り合い”というステータスが欲しい、あるいは芸能人に近付いてそのおこぼれに預かろうというハイエナ共。
もしシュンの彼女がそんな部類の人間だったら、俺は絶対に許せないだろう。
「まあ、シュンの話からするとそんな娘じゃないって話だが……恋は盲目ともいうしな」
「そうだな。ここは1つ、俺達の曇りなき眼でしっかりと見定めてやるか」
そう言いながら、ギンはグラサンのブリッジを指でクイッと持ち上げた。
……曇りなき眼と言うなら、グラサンは外せよ。
というか、学校にまでグラサン掛けて行く気かよ。
「マサはシュンから彼女がどんな娘か聞いたの?」
「いや……言われてみればほとんど聞いてないな。とにかく超絶可愛いとは言ってたけど、その時の声のデレデレっぷりが電話越しでもなかなかにきつかったんで、それ以上は聞かなかった」
「辛辣だね……初彼女なんだから仕方ないでしょ」
「そう言うお前だって、彼女は1人しかいたことないだろうが」
イツキは中学の頃から幼馴染の彼女と付き合っていて、ずっと彼女一筋らしい。
俺? 俺は過去に3人付き合ったことあるけど、どれもあまり長続きしなかった。今はフリーだ。
ギンはよく分からん。でも、たぶん彼女はいないと思う。
「まあとにかく……超絶可愛いとか言ってる時点で、結構盲目になってるのは確かだね。これは僕達が気を付けないと……」
「おいおい、本当に超可愛いかもしれないだろ?」
「普段から芸能人やアイドルを見慣れている僕達から見ても? 普通に考えて明らかに誇張が入ってるでしょ。あばたもえくぼっていうの?」
「それは……たしかにそうだな」
「まあ、僕の彼女は超絶可愛いけど」
「お前の惚気っぷりも大概だな」
イツキの彼女は、写真で見た限りではそこまで美人という訳でもなかったはずなのだが。
そんなことを話していると、玄関のチャイムが鳴った。
俺達は話を中断して荷物を確認すると、揃って玄関に向かった。
「おいっす」
玄関を開けると、シュンが手を挙げて挨拶してきた。
口々にそれに応じながら、シュンの背後に目線を向けると――
「初めまして、足立楓花です。駿介の彼女をやらせてもらってます」
超絶可愛い。
え? ナニコレ。
マジでそんじょそこらの女性芸能人やアイドルなんかよりよっぽど可愛いんだけど?
ちょっと今まで見たことのないタイプの美少女だ。
長い濡れ羽色の髪をぱっつりと切り揃えた、所謂“姫カット”という髪型をしているのだが、これがその清楚な見た目によく似合っており、まるで江戸時代のお姫様みたいだ。和服が凄い似合いそうな感じ。
それでいてその雰囲気や口調は親しみやすく、近寄りがたいという感じは一切ない。
……これがシュンの彼女、か…………いかん、無意識に歯ぎしりが。
「お、落ち着けよマサ……嫉妬なんてロックじゃねぇぜ?」
ギンが小声でそう言いながら、またグラサンをクイッと持ち上げる。
そう言うお前も声震えてんじゃねぇか。あと指も。
「わぁーーすごい。Blue Dreamersが全員揃ってる。ちょっと感動~」
そんな俺達を他所に、足立さんは無邪気に笑っていた。
くそっ、笑った顔も可愛いな、おい。
「なんというか……すまん」
「うん、なんかごめん」
「悪かったな」
「は? 何が?」
「??」
キョトンとしている2人に、俺達はなんとなく頭を下げるのだった。
* * * * * * *
その後、落ち着いてからようやく5人で学校に向かうことにした。
その道中、イツキやギンと一緒に立てた計画、題して『暴君追い落とすぞ大作戦(ネームド by イツキ)』をシュンに説明したのだが……
「え? いや、そんなことしなくていいって」
俺達の計画を聞いたシュンは開口一番そう言った。
「え? でも奴らを玉座から引きずり下ろすって言ってなかったっけ?」
「いやー、あの時は楓花から聞いた話でちょっと頭に血が上ってたからなぁ。冷静に考えたら、あいつらが権力失うと俺らも困るんだよ」
「何で?」
「何でって……あいつらの『俺と楓花を無視しろ』っていう命令が効力を失ったら、今まで俺らを無視してた奴らが手のひら返しする可能性があるだろ?」
「それは……そうだろうな」
「えぇ? そんな恥知らずなことする人いるかなぁ?」
「おいおいイツキ……お前も有名になった途端、学校で“自称友達”やら“自称前からのファン”に群がられたんだろ? それを踏まえて、本当にないと言い切れるか?」
「うっ……それは……」
シュンの言葉に、イツキも言葉に詰まってしまった。
それは、俺とシュンも経験したことだった。
有名芸能人のおこぼれに預かろうという下心見え見えの連中に散々すり寄られ、俺なんか軽く人間不信になりかけたくらいだ。
そんな経験を経た俺の直感が言っている。
シュンの示唆した展開は十分にあり得る、と。
「俺としてはそんな連中とは付き合いたくない。正直友達なんてお前らがいれば十分だしな。かといって向こうから来るのを片っ端から邪険にしたら、こっちの評判が悪くなるだろ? だから、無視されているという状況は継続されていた方がありがたいんだよ」
そのシュンの言葉は、俺にもよく分かる話だった。
俺だって、なんの下心もない人間となら友人になりたいと思う。
しかし、過去の経験からいってそれが難しいということは分かる。
ならば、いっそのこと放っておいて欲しいというのが正直なところだった。
イツキとギンも、どうやらそれに関しては同意見らしい。
しかし――
「足立さんはそれでもいいの?」
もう1人の同行者である、足立さんに声を掛ける。
俺達はいいが、足立さんは女友達とかが欲しいのではないかと思って聞いたのだが……
「わたしももう1年半以上無視されてるし……今更何事もなかったかのように仲良くなんて出来ないから、別に構わないよ? 学校だけが交友関係の全てってわけじゃないし」
足立さんはそうきっぱりと言い切ってみせた。
……この娘、顔に似合わず妙に男らしいな。
そうこうしている内に、通学路に同じ制服を着た学生がちらほらと見えてきた。
転校初日ということでかなり早い時間に出たが、それでも他の生徒と全くすれ違わないということはないだろう。
だからまあこれは覚悟していたことなのだが……。
「ねぇちょっとあれ!」「え? ウソ!」「おい、あれブルドリじゃねぇか?」「おわっ、フルメンバーじゃん! なんでここに!?」「つーかウチの制服着てんぞ!」「まさか転校!? マジで!?」
うん、やっぱり滅茶苦茶目立ってるね。恐らくギンのグラサンのせいで。
ギンのグラサンさえなかったら、ここまで即バレすることはなかったと思うのだが……。
まあ、どっちにしろ時間の問題か。
「それじゃあ、目指すべきは暴君の打倒ではなく、独立国家の建設だと?」
「上手いこと言うなイツキ。まあ、そんなとこ。お互い当たり障りのない関係で適当にやれれば一番だな」
「そっか、じゃあ作戦を考え直さないとね」
イツキの言葉に、俺達は改めて作戦を練り直した。
自分達の株を下げることなく、誇り高き孤立を目指すにはどうしたらいいか。
大体考えがまとまったところで、学校に着いた。
どうやらもう情報が出回っているらしく、校門を潜ると同時にあちこちから視線が集まるのを感じた。
意味もなく校庭で待ち伏せている生徒がそこら中にいるし、校舎の窓にもすごい人数の人が集まっている。
しかし、誰も話し掛けてはこない。
全員俺達を遠巻きに眺めるだけで、誰も近付いてこようとはしないのだ。
(まあ、シュンと足立さんが一緒にいるのが原因だろうな)
どうやら2人が無視されているというのは本当らしい。
周囲から漏れ聞こえる、「一緒にいる女子って……」とか「園山さんに目を付けられて……」とかいう声を聞けば、それはよく分かった。
(チッ、やっぱり胸糞悪いな)
しかし、ここは我慢だ。
俺達は喧嘩をしに来たんじゃない。
向こうから手出しされない内は無視だ無視。
改めて直面した現実に内心腹を立てつつ、しかし表面上は笑顔のまま、俺達は職員室へ向かった。
* * * * * * *
「えぇ~~今日は転校生を紹介する。入りなさい」
担任の先生の指示に従って教室に入ると、教室内がざわつくのが分かった。
たくさんの突き刺すような視線の中、堂々と教卓まで歩くと、全力の営業スマイル。
「転校生の小泉正人です。知っている人もいると思うけど、Blue Dreamersってバンドで音楽活動やってます。名古屋での仕事が落ち着いたんで、遅ればせながら転校してきました」
そこまで言うと、一息入れてから用意していた言葉を放った。
「先に来ているウチのリーダー含め、他のメンバー共々よろしく!!」
その言葉を放った瞬間、一瞬教室が静まり返った。
そして、次の瞬間先程までとは別種のざわめきが起こる。
まあ、何を考えているかは分かる。
「ウチのリーダーも一緒によろしく」だ。ただし、そのリーダーには学園の女王様から「無視しろ」という命令が下っている。
さて、どうしよう? 果たして彼らはどう動くかな?
戸惑い気味にざわつくクラスメートの間を突っ切り、窓側後方に用意された自分の席に座る。
俺達4人は結局全員違うクラスになった。
しかし、今頃はイツキとギンも、それぞれのクラスで同じセリフを言っているはずだ。
「リーダーも一緒によろしく」と。
この言葉で、はっきりと俺達はシュンの側だと宣言しておく。
これを聞いてなお、俺達に近付く生徒がいるかどうか……。
そして、チャイムが鳴って朝のホームルームが終わった。
(さて、どうなる!?)
息を潜めて、さり気なくクラスの様子に注意を払う。
すると、1人の生徒が立ち上がって俺に近付いて来た。
しかし、その生徒は――――
「おい」
友好さの欠片もない声に顔を上げると、目付きの悪い男子生徒が俺の席の横に立って、俺を睨んでいた。
「芸能人だかなんだか知らないけどなぁ。学校には学校のルールってもんがあるんだよ。あんまり調子に乗んじゃねぇぞ?」
この生徒は、園山の仲間だ。
トオルさんと足立さんに聞いた話だと、1クラスに最低1人は園山の仲間がいて、番人のように各クラスを見張っているらしいのだ。
この男もその1人で、早速釘を刺しに来たのだろう。
なので、俺も営業スマイルでそれに応じる。
「調子に乗る気はないけど……忠告は受け取っておくよ」
喧嘩腰で来られたからって、それに乗る必要なんてない。
むしろこれではっきりした。
園山とその仲間は、完全に俺達の敵だということが。
「……チッ」
俺が動じないことが気に入らなかったのか、男は舌打ちしながら去って行った。
どうやらいきなり暴力に訴える度胸はないみたいだな。
しかし、今のやり取りはクラスメート全員に見られていた。
こんな状況になっては、もう俺に話し掛ける生徒など……
「初めまして。小泉君……って呼んでいいかな?」
いた。
予想外のことに驚いて振り向くと、大人しそうな顔をした男子生徒が俺の席の前に立っていた。
「お、あ、うん。君は?」
「僕は山田敏明。よろしく」
「あ、うん」
驚きつつも、差し出された手を握り返そうとしたところで――――
ガンッ!!
何かがぶつかる音が響いた。
振り向くと、先程の目付きの悪い男が自分の机を蹴りつけていた。
そして荒々しく立ち上がると、眉を吊り上げながらこちらに近付いてくる。
「おい山田ぁ、てめぇどういうつもりだ?」
「……何が?」
男に凄まれて山田君は少し怯んだようだったが、それでも引くことなく男に向かい合った。
すると、男はますます眉を吊り上げて怒鳴った。
「とぼけんじゃねぇ!! 例の指示は知ってんだろうが!! てめぇ姫に逆らう気か!?」
しかし、山田君も引かなかった。
正面から男と向き合うと、静かに言った。
「……そうだと言ったら?」
「……んだと?」
「もうお前らに遠慮する気なんてないって言ってるんだよ」
「てめぇっ!!」
途端、男が山田君に殴りかかった。
しかし、驚いたことに山田君はその手首を素早く掴んで止めた。
そのままギリギリと手首を締め上げる。
「て、てめぇ……」
「いつまでも僕達が大人しく従っていると思うなよ」
「チッ!」
男は舌打ちして腕を振り払うと、苛立たしげに教室を出て行った。
「ふぅ……ごめん、驚かしちゃったかな」
「いや、でも……大丈夫なのか?」
「ハハッ、まあなんとかなるんじゃないかな? これでも僕結構強いしさ」
そう言って困ったように笑ってから、山田君は改めて手を差し出してきた。
「まあ、色々あるけど……出来たら仲良くしてくれると嬉しいな」
「……うん、よろしく」
そして、俺は山田君と握手をした。
* * * * * * *
そして、昼休み。
俺達5人は、学食の一角に集まって会議をしていた。
当然のように、俺達5人の周りには人が寄って来ない。
8人がけの長テーブルを5人で占領する形になっていた。
「じゃあ、イツキやギンも友達ができたんだな」
「うん、1人だけだけどね」
「ロックロック」
「ふ〜ん、まあよかったな」
どうやら、2人のクラスにも番人の脅しに屈さずに話しかけてきた生徒がいたらしい。
別に友人が欲しかったわけではないが、あえて孤立したかったわけでもない。
クラスぼっちにならずに済んだなら、それはそれでよかったと思えた。
「なら全員クラスぼっちは避けられたのか。よかったじゃん」
俺ら4人の中で1人だけ弁当をぱくつきながら、シュンがそう言った。
……足立さんの手作り弁当だってさ。ハゲればいいのに。
……いや、ごめん冗談。本心では、親友としてステキな彼女ができたことを素直に祝福してマスヨ?
「ごちそうさま。今日もおいしかったよ、楓花」
「お粗末様、今日も晩御飯作りに行くね」
「いいのか? 悪いな」
「いいの。俊介放っておいたらロクなもの食べないんだもの」
うん、やっぱりハゲろ。
20歳超えた辺りから急激にハゲろ。
そして後退する生え際に慄け。
俺が内心で呪詛を飛ばしていると、不意に突き刺すような視線を感じた。
顔を上げてそちらを見ると、6人組の男女がこちらを睨んでいた。
「シュン……もしかしてあの人達が……?」
「ん? ああ、あいつらだな」
イツキに対するシュンの答えで、6人組の正体を確信する。
どうやらあれこそが、諸悪の根源である“姫(笑)と不愉快な仲間達”らしい。
6人組はしばらくこちらを睨んでいたが、こちらが静かに見返していると、やがて無言で踵を返した。
「随分と感じが悪い奴らだな。見るからにロックじゃねぇぜ」
「放っておけよ。相手にしたって仕方ない」
「だね。実際あの人達に従わずに僕らに話し掛ける人を出てき始めてるんだし。何もしなくてもその内勝手に玉座から転げ落ちるんじゃない?」
「……だといいけどな」
そう言いながらも、俺はどこかで疑念を抱いていた。
それはほとんど言いがかりに近い疑いで、この場であえて口にすることはなかった。
だが、前の学校での経験を経て人一倍対人関係に敏感になっていた俺は、どうしてもその疑いを捨てることが出来なかったのだ。
* * * * * * *
その疑念が確信に変わったのは、それから3週間後のことだった。
この頃になると、他のクラスメートはともかく、山田とはそれなりに仲良くなっていた。……少なくとも表面上は。
そして、その山田が最近何気ない感じで言うのだ。
足立さんに関する悪い噂を。
曰く、「足立さんは過去に男をとっかえひっかえしていた」だの、「実は足立さんは“鬼姫”と呼ばれる有名な不良だ」だのといった噂だ。
山田はそれを、いかにも「ちょっと小耳に挟んだだけで僕は信じてないよ」とでも言いたげな態度で語るのだが……残念ながらそんな演技では俺を欺くことは出来ない。
それに、時期を同じくしてイツキやギンと仲良くなったクラスメートも、同じように足立さんに関する悪い噂を口にしているというのだから。
これはもう……そういうことなのだろう。残念ながら。
そして、今朝トオルさんから聞かされた情報によって、そのことをはっきりと確信した。
まあ分かってたけどな。大体、足立さんビッチ説ならともかく、不良説は無理があるだろう。
なんだよ“鬼姫”って。誰が信じるんだそんなもん。
「小泉君、おはよう」
「……おう」
今日も山田は、罪のなさそうな笑顔で俺に挨拶してくる。
そして俺に顔を寄せると、内緒話をするように小声で話し掛けてきた。
「あのね、実はまた足立さんに関する話なんだけど……」
「もういいよ」
山田の言葉を冷めた声でぶった切る。
そして、冷たい目ではっきりと告げた。
「お前、園山の仲間なんだろ?」
「は……?」
山田がポカンと口を開け、同時にクラスがざわめいた。
「この学園には各クラスに1人、番人役ともいうべき園山姫乃の仲間がいる。このクラスならそこの三島だな」
そう言いつつ、転校初日に俺に脅しをかけてきた男子生徒を見る。
「でも、本当はそれだけじゃない。一見普通の生徒の振りをしつつ、番人役がいないところで園山への翻意を示した生徒を密告する、いわばスパイ役ともいえる生徒がもう1人いる。それが山田、お前だ」
そう言いつつ山田に目を向ければ、山田は目に動揺を浮かべつつ、必死にポーカーフェイスを取り繕おうとしていた。
「転校初日のあれは演技だったんだろ? ああやれば俺は、たった1人で自分の味方をしてくれたお前を信じるもんな? そうやって俺に近付いた上で、お前は足立さんに関する悪い噂を俺に吹き込み始めた。最初からそれが目的だったんだろ? 唯一の友人の言うことなら、思わず信じてしまうかもしれない。イツキやギンまで同じ噂を聞いていればなおさら、な」
「ちょっ、ちょっと待った。何か勘違いしてないかい? 僕は園山さんとは何の関係もないよ。大体、そんなことしてなんになるって言うんだい?」
「なんになるか? そりゃあ足立さん1人が悪者になるんだよ。最終的には、俺達3人に足立さんへの不信感を抱かせて、シュンと足立さんを引き離させるつもりだったんだろ? そして足立さん1人をシュンを騙した悪女扱いでもして、その足立さんをいじめていた自分達を正当化する……ってところか? 随分とまあ遠回りなやり方だが」
しかし、足立さんが俺達を味方につけた以上、奴らが自分の地位を守るためには俺達の内部分裂を狙うくらいしか方法がなかったのだろう。
その為に一芝居売って俺達にスパイを近付けさせ、内部工作しようとしたってわけだ。
「誰が考えたかは知らないが、心底胸糞悪いやり方だよ。人の友情を踏み躙りやがって。俺も少しはお前のことを友達だと思い掛けてたんだけどな……がっかりだ」
「ぼ、僕は……」
「言い訳なんか聞きたくない。俺が本気で怒る前に消えろ」
そう吐き捨てると、俺はしっしっと手を振って山田を追い払った。
山田はまだ何か口の中でごちゃごちゃ言っていたが、クラス中から向けられる疑いと蔑みの視線に耐えられなくなったのか、そのまま教室を出て行った。
そして、その日の内に「園山姫乃の仲間が、足立楓花を孤立させるためにブルドリのメンバーに近付いた」という噂が学園中に広まることになった。
* * * * * * *
―― その日の放課後
夕食を買おうと家の近くのコンビニに向かうと、その道中で見覚えのある後ろ姿を見掛けた。
「足立さん……?」
姫カットの長い濡れ羽色の髪に華奢な後ろ姿は、足立さんなのではないかと思われた。
どうやら目的地は俺と同じらしく、その人影は横断歩道を渡って、日が沈んでもなお煌々とした明かりを放つコンビニへと近付いて行く。
「あ……っと」
折角だし声を掛けようと思ったのだが、ちょうど目の前で信号が赤になってしまった。
別に車も見当たらないし、道路の幅も狭いが、一応ちゃんと待つ。これでも芸能人だからな。些細なことでも、ルールは守らないと。
仕方なく足立さんと思われる人影を見ながら待っていると、急に横から声を掛けられた。
「あの……もしかしてBlue Dreamersのマサさんですか?」
ありゃ、一応伊達眼鏡で変装してたんだけどな……。
さて、どうしようか。
認めるべきかどうか迷いながら、とりあえず声を掛けられた方を見ると、そこにいたのは俺と同い年くらいの2人の少女だった。
前に立つ俺に声を掛けて来た少女は、ゆるくパーマをかけた長い茶髪をポニーテールにした、服装もオシャレな明るい美少女。
一方その背後に立つ少女は、肩の辺りまである黒髪に切れ長の瞳、服装も雰囲気も落ち着いた清楚系美少女だった。
「……ああうん、まあ一応」
そこまで観察して、俺は素直に認めることにした。
え? 美少女じゃなかったら認めなかったのかって? いや、面倒臭くなりそうなファンじゃないかを見てただけだから! 前にちょっとファンがストーカー化したことがあって警戒してるだけだから!
……何を言い訳してるんだ。俺は。
「うわぁやっぱり! 私ファンなんです! あ、握手してもらっていいですか!?」
パッと笑顔を浮かべながら手を差し出して来た茶髪の少女と握手をする。
「あっ、すみません。写真とか大丈夫ですか?」
「ああ、いいよ」
「やった! あっ、お姉ちゃん。写真お願い」
そう背後の黒髪の少女に言いながら、茶髪の少女が俺の横に並ぶ。
(お姉ちゃん? この2人姉妹なのか? なんというか……ずいぶんと容姿も雰囲気も対照的な姉妹だな)
そんなことを考えながら、黒髪の少女のカウントに合わせてポーズをとる。
「ありがとうございます! お姉ちゃんも撮る?」
「ううん、私はいいよ。遠慮しとく」
「ええ~~せっかくの機会なのに…………って、ん? あれ、なんかヤバくない?」
少女の視線は、道路を挟んだコンビニの方に向けられていた。
その視線を追うと、そこには――――
「なっ!?」
コンビニの前の駐車場で、一見してガラの悪い男の集団に囲まれる足立さんの姿があった。
たまたま美少女である足立さんが不良の集団に絡まれてしまった――――そんな訳ない。
なぜなら10人以上いる男の集団の中に、3人の見覚えのある男を見付けたからだ。
「あいつら……っ!」
それは、園山の取り巻きをやっている3人組だった。
3人揃って足立さんの前に立って何かを言っている。
偶然出くわした? あり得ない。待ち伏せをしていたか、それとも後をつけていたのか……。
とにかく、マズい状況であることは確かだ。
思わず助けに入ろうと一歩を踏み出して――――思い止まった。
今、俺があの中に飛び込んでどうなる?
俺は喧嘩なんてしたことない。武術の心得がある訳でもない。
そんな無謀な特攻をするより先に、まずは警察を呼ぶべきじゃないか?
そうだ、奴らもあんなコンビニの真ん前で喧嘩し始めたりしないだろう。
何やら話し合っている今の内に、警察に通報すればいい。
しかし、そう考えた俺がポケットに入っているスマホに手を伸ばした瞬間――戦端が開かれた。しかもまさかの足立さんの手によって。
足立さんの正面にいた、園山の取り巻きの金髪ピアスの男が、突然その場に崩れ落ちた。
俺には何が起こったのか分からなかったが、俺の横にいる2人の少女はそうではなかったらしい。
「なっ、今のはまさか!?」
「『オトコ(の意識)をオトすマル秘テクニック』の1つ、“顎杭”……!?」
なんぞそれ?
そう思っている間にも、今度は金髪ピアスの左右にいた男が同じように崩れ落ちた。
今度は俺にも見えた。
足立さんが腰だめに構えた拳で、素早く2人の男の顎を撃ち抜く光景が。
「間違いない! なぜあの人がお母さんの技を!?」
「そういえば聞いたことがある……お母さんが通っている道場に、1人だけ指南書を授けた直弟子がいるって……。名前はたしか……足立さんだったっけ」
「なっ、それじゃあまさか! 彼女があの“鬼姫”? 『暴力団4人半殺し事件』の?」
ナニその物騒な事件。
っていうか“鬼姫”? それってデマじゃなかったの?
3人が倒されたことにより、周囲を囲んでいた男達が足立さんに一斉に跳び掛かる。だが、次の瞬間には冗談のように吹き飛ばされた。
うわぁーーすげぇーー人間が宙を舞うところなんて初めて見た。
「今のは……“壁ドン”? あの密度の肉の壁を吹き飛ばすなんて……くっ、奴の女死力は化け物か!?」
「本来なら動かない障害物に対して使う技を、まさか対人戦で使うなんて……あの人……できる!!」
お2人さん? なんか顔が劇画調になってるけど大丈夫?
そうこうしている内に、いつの間にか足立さんの周囲に立っている男は1人だけになっていた。
そいつは園山の取り巻きの1人で、柔道部の主将だった。
その男が、素早い動きで足立さんに掴みかかろうとする。
それに対し、足立さんは正面から男の懐へ飛び込んで――――
「え?」
ナニあれ。
見間違いでなければ、足立さんの開いた右手が男の胸に突き刺さっているように見えるんだけど?
「まさかあれは……奥義“心臓却血”!?」
「またの名を“あなたの心臓を鷲摑み♡(物理)”……まさか、ウチの家族以外に使える人がいたなんて……」
うん、キミ達はさっきから何を言っとるのかね?
まるでバトルものの漫画にお約束のように登場する、実況解説をする観客みたいになってるんだが?
そうしている間に、最後の男も崩れ落ちた。
その時になってようやく、俺は横断歩道を渡って足立さんに近付いた。
「足立さん!」
「あれ? 小泉君? どうしたの?」
声を掛けると、足立さんは普段通りの様子で首を傾げた。
……うん、普段通りだね。その周りに失神した男達が転がっていなければ。
「どうしたって……」
周囲の男達を見渡しながら言葉を濁すと、足立さんは思い出したように声を上げた。
「ああ、この人達はわたしを脅迫しに来たみたい。搦手が通用しなかったから、強硬手段に出たんだって。さっきその人の急所を掴みながら聞いたら、全部白状してくれたよ」
そう言って、さっきの柔道部の男を目線で示す。
うん、表現をぼかしたけど、その急所って心臓だよね?
俺全部見てたんだけど? ところでなんで血が出てないのかな? さっき思いっ切り胸に指が刺さってたよね?
あまりにも異常な状況に、俺は一瞬言葉に詰まってしまった。
そうしていると、後ろをついて来ていた2人の少女が足立さんに声を掛けた。
「あの……足立さんですよね? 更科美津子の弟子の?」
「え? はい、そうですけど……師範代をご存知で?」
「やっぱり! 母がお世話になっています!」
「母? えっ、まさか師範代の娘さんですか!?」
「はい! 私が妹の桃華、こっちが姉の梨沙です!」
「初めまして」
「ああっ、こちらこそ初めまして。師範だ……美津子さんにはいつもお世話になっています」
そしてそのまま、3人で盛り上がり始めてしまう。
うん、いつの間にか俺、完全に蚊帳の外。
なんか入り込めない雰囲気になってるわ。
どうやらこの2人は足立さんの知り合いの娘らしい。なにその偶然。
……それにしても……
「いや~楓花さん強いですね~~。お姉ちゃんといい勝負?」
「いや、私はあんな喧嘩したことないから」
「お2人も師範代に武術を習ってるんですか?」
「まあ一応。護身術程度ですけどね~~」
……死屍累々と転がる男達の中心で、楽し気に語らう美しい少女3人。
なにこのシュールな光景。もう俺帰っていいかな? ダメ? ダメだろうなぁ~~、なんか警察来たし。
「そこの君達! なんだこの状況は!」
……あ~~うん、とりあえず……
助けて! トルエモン!!
* * * * * * *
その後、俺達は通報をしたコンビニ店員と一緒に事情聴取を受けた。
俺達……というか足立さんは完全に被害者なのだが、なんせ状況が「襲われた足立さんが10人以上の男達を逆に伸した」という冗談としか思えない状況なので、なかなか信じてもらえず、聴取は長引いた。
しかし、駆け付けたトオルさんが間に入ってくれてからは、あっさりと聴取は済んだ。
たぶん、トオルさんが突き付けた取り巻き達の犯罪の証拠が大きかったんだと思う。
シュンに話を聞いてから1カ月以上、トオルさんは取り巻き達の犯罪の証拠を集めていた。それをこの機に一気にぶちまけたのだ。
その結果、その場にいた男の取り巻き3人だけでなく、女の取り巻き2人も警察に引っ張られた。
トオルさんの話によれば、女子2人はともかく男3人は少年院行きは避けられないだろうとのことだった。
この一件はあっという間に学園中に広まった。
そして、警察に捕まるというスキャンダルに加え、上層部が一斉に欠けたことにより、ただでさえかなり危うくなっていた園山による独裁は、あっさりと終わりを告げたのだ。
園山はどうやら、取り巻き達の犯罪行為に関しては本当に何も知らなかったらしい。
友人(?)達が犯罪に手を染めていたということがショックだったのか、今ではすっかり大人しくなってしまった。
そんな園山を、他の生徒も「触らぬ神に祟りなし」とばかりに遠巻きにしている。
結局のところ、園山は自分にとって優しくきれいな世界で生きていたお姫様に過ぎなかったのだろう。
取り巻き達が裏で行っていた汚いことなんて知りもせずに好き勝手やってきて、今更になって現実を突き付けられたということだ。
まあ知らなかったで済まされることではないし、自業自得だわな。
その他の園山の仲間達も、園山と状況は似たり寄ったりらしい。
大体が遠巻きにされて孤立したか、あるいはこれまでやってきたことの仕返しを受け、逆にいじめに遭っているのもいるらしい。
まあ虎の威を借りて好き放題やってきてたんだから、これも自業自得だ。
そして俺達はというと、俺達は俺達である意味孤立していた。
と言っても、ネガティブな意味の孤立ではない。
当初の予定通り、独立国家を建設したという感じだ。
シュンと足立さんが全校生徒から無視され、俺達3人が友人と思っていた人間に裏切られたこと。そしてそれらを誰もが見て見ぬ振りをしていたということは、周知の事実だ。
その結果、学園では「この学園の生徒に彼らと仲良くする権利はない」という共通認識が生まれたらしい。
実際クラスでも別に無視されている訳ではないが、皆どこかよそよそしい。
しかし、この距離感は正直俺にとってはありがたい。
顔見知り以上友人未満。うん、実に当たり障りのない適度な距離感と言えるだろう。
少なくとも、よく知らない人間に次々と群がられていた前の学校よりはずっと居心地がいい。
そんな訳で、今日も俺達5人の学園生活は実に平和だ。
「あははっ! なにこのMV! 駿介すっごいキメ顔!」
「うるせぇー! 仕方ないだろ! 俺の唯一の見せ場なんだから! 信じられるか? 4分半あるMVで、俺がソロで映ってるのってこの3秒だけなんだぜ?」
「だからってこれは……ダメ、完璧にツボった」
「ははっ、まあたしかにこれはちょっとねぇ」
「イツキまで……」
「気にすんなよ。俺は最高にロックだと思うぜ?」
「半笑いで言われても褒められてる気がせんわ!」
……うん、実に平和だ。
「あれ? 楓花……その指どうした? 絆創膏貼ってるけど」
「え? ああこれ? この前ちょっと捻っちゃって」
「ふ~~ん?」
……少なくとも今見える限りでは。
優しくきれいな部分だけ見ようとしている。
俺もある意味では、園山と一緒なのかもしれない。
うん、でも仕方ないよね。
あんな惨状を見たら、目を逸らしたくなるのも当然だと思うんだ。
足立さんが本当に不良なのか、それともただ喧嘩が強いだけなのか、突っ込んで聞く勇気は俺にはない。
まあでも……そうだな。せめて……
「シュン」
「? なんだよ、マサ」
「……頑張れよ」
「はあ?」
俺は我らがリーダーに、優しい目でそっと声援を送るのだった。