第七話
「うーん……」
「どうしたんだ? ミーナ先生」
休みも明けて、最初の登校日の昼休み。俺が職員室へと戻ると、ミーナ先生が自分の席で頭を悩ませていた。何があったんだろうと声をかけると、少し浮かない表情で口を開く。
「それが、ですね。トールくんのことなんですが」
「あぁ、なるほど」
俺はすぐに察した。ミーナ先生が言うトールとは、ミーナ先生が受け持っているもうひとつのクラスの生徒。やんちゃで、五人中三人の男子が一人だ。
ある意味リーダー的な存在ではあるが、なんだかんだでミーナ先生の言うことは聞く。とはいえ、やんちゃというのは変わらず、色々と困らせることがあるようだ。俺のクラスの生徒とも、問題を起こしたことがあったな。しかし、基本的に彼女達のほうが力は上なので、最終的についていけなくなる。やんちゃとはいえ、普通の子供だからな、トールは。
「今度は、なにを?」
「それが、今度二クラス合同の体育があるじゃないですか?」
「ああ」
力に差があるとはいえ、仲が悪いわけじゃない。時々は、二クラス合同の授業もある。今では、俺が全力で指導している成果なのか大分力を抑えてやるようにはなってきている。
まあ、クラスメイト同士だった場合は遠慮なしにやっているんだが……。
「トールくんが、そのことでシルヴィちゃんやカトレアちゃんと言い争っていたんです」
そういえば、そんなことがあったな。休みに入る前のことだ。合同授業があると、わかったことからなのか。トールが、カトレア達に真剣勝負を挑んでいた。
つまり、ミーナ先生は怪我をするんじゃないかと心配になっているんだろう。
「大丈夫だ。さすがのあいつらでも、怪我をさせるようなことはしないだろう」
「そ、そうだと良いんですが」
「……もしもの時は、俺が何とかする。生徒を守るのは教師の役目だからな」
「わ、私も!」
と、張り切るミーナ先生だが。
「やる気はいいんだが、ミーナ先生も怪我をしかねない。ここは、俺に任せてくれ」
「……はい、よろしくお願いします」
もしかすると、以前俺が言ったことを実施しようとしたのか? 自分で言ってなんだが、ちょっと無謀かもしれない。ミーナ先生も頑張ってはいるが、あいつらと遊ぶのは普通の人間には少々きついものがある。だからこそ、今日の合同体育は……俺が怪我の無いようにしっかりやらないとな。
★
「というわけでだ。今日は、怪我しないようにリレーで競ってもらう」
「えー!! ドッジボールじゃないの!?」
「せっかく、相手を瞬殺する必殺技を考えてきたのに」
案の定、不満な声を上げるカトレアとシルヴィ。
「瞬殺するな。これは戦じゃない。楽しい運動だ。授業だ。そういう感情は、仕舞うこと」
「おい! 俺だって納得できねぇよ!! せっかく、この日のために、休日特訓したってのに!!」
後ろから叫んで訴えてくる黒髪の少年。悪魔では珍しくはないが、どうやら人間界では黒髪は珍しいらしく、とある地域に住んでいる者達特有の髪の色らしい。
トールの父親が、その地方出身らしく、父親の遺伝を濃く受け継いだため、トールも黒髪なんだ。年齢はまだ十一歳。ちなみに、ミーナ先生が受け持っているクラスで一番高い年齢は十四歳だ。
「まあまあ。トールくん。先生だって、私達のためを思って言ってくれてるんだよ?」
俺を睨んでくるトールを静めるように声をかける少女こそが、十四歳の子だ。シャリアという名前で、栗色の長い髪の毛をサイドで纏めており、俺のクラスのアイナとは仲良しで、家も隣同士だ。
「でもよ! こいつらだって、俺と一緒に必死に特訓したんだぜ!?」
一歩も引かないトールが言うのは、同じ男子二人。一人は、めがねをかけた藍色の短髪の少年クルト。もう一人が黒髪褐色で若干大人びている少年マージオだ。
「で、でも。アレン先生が言うように、リレーにしたほうがいいんじゃないの? トール」
「クルト?」
「俺も、そう思うぞ、トール。確かに特訓はしたけどさ。二日だけ特訓しても、人間の俺達が天使や吸血鬼に勝てると思うか?」
「マージオまで……」
やんちゃで熱血なトールとは、正反対でクルトやマージオは友達想いだが、冷静な性格をしている。二人の意見を聞いて、少し心が揺らいだトールへと、俺は肩に手を置いた。
「それにな、トール。お前達が、怪我なんてしたら、ミーナ先生が心配するぞ?」
ちらっと視線を学校へと向けると、職員室の窓から心配そうにこちらを見ているミーナ先生と視線が合った。それを見たトールは、考える素振りを見せ。
「わかったよ……そういうことなら、リレーにする」
「良い子だ。お前達も、それでいいな?」
「私は、いいですよ」
「私も」
「あたしもっすー」
レイラ、ユーリ、アイナは素直に承諾してくれが。
「やだー!!」
「反対」
この二人は……仕方ない。
「わかった、わかった。じゃあ、こういうことにしよう」
聞き分けの無い生徒達を納得させるために、俺はボールを手に取る。
「そんなにドッジボールがしたいんだったら。俺が相手になってやる。だが、もしお前達二人がアウトになって、俺が生き残っていたら。大人しく皆で仲良く、リレーをしてもらうぞ」
「ぐぬ!?」
「アレン先生が相手……」
以前、俺の実力を知った二人は、先ほどの威勢が弱くなった。
「どうしたんだ? それとも、やっぱり勝負を止めてリレーを」
「冗談! やったるぞ! 吸血鬼!!」
「言われなくとも」
そのまま引いてくれればよかったのに。
「だ、大丈夫かな? アレン先生」
「大丈夫だよ、レムカ。アイナちゃんから聞いたけど、アレン先生ってすっごく強いんだって」
俺のことを心配してくれた少女はレムカ。シャリアとは姉妹同士で、二つほど年齢の差がある。若干人見知りなところがあるが、誰よりも優しい子だとミーナ先生は言っていた。姉と同じく栗色の髪の毛ではあるが、若干ショート気味の長さだ。
「授業の時間も確保したいから、速攻で終わらせるぞ」
「なにをー!! この前は、油断したけど。今回は、負けないんだからなー!!」
「天使に同意するわけじゃないけど。負けない……!」
生徒のやる気に満ちた視線を受け、俺はボールを人差し指でくるくると回転させる。
「それは怖いな。じゃあ、楽しもうな。二人とも!」
結果から言えば、俺の圧勝だった。個人としては強いのだろうが、チームワークはだめだめ。その隙狙って、二人同時にアウトにして、試合は終了。
おかげで、授業への時間を確保できた。が、今回のことで二人からはしばしの間、睨まれることになってしまったのは、また別の話……。




