第五話
「先生がリムを口説いてた!!」
「……」
やっぱりだめだったようだ。少しでも、あの天使に期待した俺が愚かだった。いつものように学校へと登校し、黒本を持って教室へと入ろうとした瞬間だった。
シルヴィの声が廊下まで響き、俺は動きを止める。
「えー? さすがに、それはないんじゃないの?」
「そうですよ。いくらアレン先生が独身だったとしても、人妻を口説くなんてありえませんって」
「嘘なんかついてないって! だって、こんな綺麗な人ーって口説いてたの私聞いたし!! 私、耳と目はいいほうだから、間違いないよ!!」
「あ、あの。お母さんから聞いたけど、あの時はただプリントを渡しに来ただけだって」
「なるほど。ただプリントを渡しに行っただけで。口説いたんじゃなくて、お世辞で褒めただけってことか」
その通りだ。やはり、天使と違って他の生徒達はわかっている。
「でも、アレン先生も男で一人身。ユーリのお母さんも、一人身……やっぱり口説いてたんじゃ? リムさんもまんざらじゃなかったんでしょ?」
「そうそう!! すごく嬉しそうだった! 吸血鬼! 珍しく肯定してくれたね!!」
「別に……」
カトレアは、シルヴィの話にのってやっているだけなのか。それとも本当にそう思っているのか。とにかく、かなり入りづらい。
しかし、教師がこんなことで臆してなんかいられない。それに、教師としてこんな誤解は解いておかないといけないんじゃないか? このまま誤解されたままでは、今後に響く!
「おはよう、皆」
誤解を解いてやるという決意を胸に、俺は教室へと入っていく。
「あっ!」
まず、反応したのはシルヴィだ。さて、この天使は俺になんて言うのか。教壇に立つと、すぐシルヴィが距離を詰めてくる。
「ちょっと先生!! 昨日のことなんだけどさ!!」
「誤解だ」
「リムのことを、口説いてたよね!?」
「話を聞きなさい、生徒」
「口説いてたよね!! 私見たもん!! それに、あの時先生誤解を解こうとしなかったよね!? てことはさ、やっぱり」
「待て待て」
「ふぎゅっ!?」
迫り来るシルヴィの顔を俺は黒本でガード。シルヴィを落ちつかせたところで、まず席に座らせて、教室中を見渡す。
「いいか。そこの天使が、なにか変な誤解をしているみたいだが。俺は、ユーリの母親。リムを口説いてなどいない。ユーリの言うように、俺は忘れていたもう一枚のプリントを渡しに行っただけだ」
「やっぱりね。また、シルヴィの早とちりだったみたいだね」
「そうだと思ってましたよー」
レイラとアイナは最初から信じてくれていてくれてよかった。少数でも、そういう者が居るのといないとでは安心感が違うからな。
「でも、ユーリ。アレン先生が、父親だったらどう?」
「お前は何を言っているんだ? カトレア」
また余計なことを。もうちょっとで、この話は終わりそうになっていたというのに。
「あ、アレン先生がお父さん……」
カトレアの言うことに、ユーリは俺のことをじっと見詰めた後。顔を赤く染めて、視線を逸らしながらこう呟いた。
「い、いいかも……」
「よくない。残念だが、ユーリ。俺は、お前の父親にはなれない」
「ということは、リムには魅力がない!?」
「リムさんって、イートン村の中でも屈指の美人なのに……。それじゃ、物足りないと?」
「そういう意味じゃない……とにかくだ。この話は終わりだ。さっさとホームルームを始めるぞ。時間押してるんだ。さっさとホームルームを始めるぞ」
と、黒本を開くが。
「誤魔化さないでくださーい!!」
「誤魔化してない。静かにしないと、宿題を出すぞ」
「……」
「素直でよろしい。この話は、時間がある時にだ」
ひとまずは、これでいいだろうが。もっと厳重に注意としておかないとな。
★
「それで!! 実際のところどうなの!?」
「やっぱりその話を続けるのか……何度も言うが、あれは誤解なんだ。一切口説いてなどいない」
「シルヴィもしつこいよ? まさか、シルヴィってアレン先生のこと好きなの?」
「全然」
そうやって、間もなく即答されるとさすがの俺でも少し堪えるな……。とはいえ、悪魔と天使の組み合わせは前代未聞。更に言えば、こいつと俺とでは、大人と子供の差ぐらいある。
俺はすでに百歳を超えているが、この天使はまだ四十歳ぐらいらしい。天使の中だと生まれたても生まれたての年齢。人間からしたらいい具合の年長者なのだが。
「じゃあ、なんでそこまでしつこいの?」
「だって、久しぶりに遊び以外の楽しそうなことなんだよ? 早々と終わらせちゃったら、つまらなくなっちゃうじゃん!!」
そんなことだろうと思っていた。いい意味でも悪い意味でも、ここは田舎だ。海や森なども近いので自然の中で遊ぶのは当たり前。
しかし、それ以外は何も無い。都などに行けばもっと遊ぶ施設や道具などがあるが、ここにはそこまでのものはない。シルヴィの言うことは、他の生徒達も否定はできないようで、目を合わせている。
「だからと言って、先生をからかって楽しいか?」
「楽しい!!」
「宿題を出すぞ」
「ぐぬぬ……! で、でもさ! 女性を褒めるにも覚悟はいるんだよ? 先生」
「ほう?」
なにやら、経験者は語るみたいな言い方だな。天界にとっての愛とは、人々に与えるもの。愛に飢えているものがいれば、与え。愛で困っている者がいれば、全力で手助けをする。とはいえ、天使が直接手助けをするのではなく、成就するように祝福の力を与える。
が、全ての天使がそうというわけではない。目の前に居る天使のように下っ端のように働く者達も居るんだ。祝福を与えられる天使は神々に認められた天使だけ。
「特に、夫を亡くしたリムにあんなことを言ったら勘違いしちゃうよ?」
「そうか。それはすまなかったな」
「わかればいいんだよ」
何度も頷きながら得意げに腰に手を当てているシルヴィ。そんなシルヴィに、俺はこんなことを問いかける。
「ところで、そこまで言うってことは、お前はそういう経験があるんだろ?」
「え? あ、いや……も、もちろんだよ!!」
一瞬だが間があったな。これは、恋愛経験ゼロと見た。
「じゃあ、経験者の天使様。恋愛に乏しい俺に、今後のためにレクチャーをしてくれないか?」
「れ、レクチャー?」
「そうだ。女性を口説いているという勘違いをしない、褒め言葉を。さあ、今日は俺が生徒だ」
意地悪そうに俺はにやりと笑い、シルヴィに言う。他の生徒達も、俺がわざと言っているのだと理解しているようで苦笑していた。
さて、自称経験者の天使様は、俺にどんなアドバイスをしてくれるのか。
「さあ、どうしたんだ? 先生」
「そ、そうだね。まずは」
明らかに冷や汗を掻いており、俺が見詰める中、必死に考えている。
「……可愛いっていう」
「それだけか?」
「基本は大事! やっぱり、可愛いって言われれば嬉しいでしょ! あっ! ほら、試しにミーナ先生に言ってみてよ!! ミーナ先生ー!! こっち! こっち!!」
偶然ミーナ先生が通り掛ったようで、シルヴィはミーナ先生を呼び教室へと導く。いったいどんな用事なんだろう? と首をかしげながら入って来た先生を俺の前に立たせる。
まるで、隠れるための盾のような扱いだな。
「あ、あのシルヴィちゃん。これはいったい」
「ほら! 早く!!」
「……可愛い」
「へ?」
「ミーナ先生は、今日も可愛いな」
「……」
まるで、時間が停止したかのように動かなくなった後、顔中が真っ赤になるミーナ先生。
「どう見ても、口説いているようにしか見えないんですが……」
「だ、だよねー……」
結局、シルヴィのことは片がついたが、今度はミーナ先生へ誤解ができてしまった。いや、可愛いというのは嘘ではないのだが。




