第二話
「―――つまりだ。元々人間界の魔物は、それほど強くなかった。だが、悪魔の侵攻により魔界に漂っている瘴気を魔物が取り込んだことで凶暴化させてしまったんだ。さらに、瘴気が濃いある一部の地域に限ってだが突然変異をした魔物も出現するようになったんだ。とはいえ、この辺りの魔物はさほど強くはないけどな」
俺は、教科書を片手に持ち黒板にチョークで分かりやすく図を描き、この世界エルファスの歴史を語っている。
悪魔の侵攻により、か。
その侵攻を考えたのが俺の祖父だっていうな。もう何百年も前の話だが。俺の親父も祖父を見習って色んな世界を侵略しようとしていた。
そして、もっとも力が強く、祖父が唯一侵略に失敗し、命を落とした世界。俺も人間界に来てから、資料を色々漁ってわかったんだ。親父は、祖父の無念を晴らせとばかりに俺をこの人間界に送ったんだろうな。
祖父のことは、一度も会っていないからどんな人物なのかはハッキリとはわからない。しかし、親父以上の野心家だったと昔聞いた気がするが……。
「先生ー!」
「なんだ? アイナ」
一通り語り終わった後、アイナが元気よく手を挙げる。
「魔王軍は今も人間界に滞在していますけど。今後どうなってしまうんでしょうか?」
そう。人間界も、進化しないわけではない。どうやら、探知の結界が張られていたらしく。俺達が、こっちに来たことが人間界中に広まったのだ。
「……俺にもわからん。だが、魔王軍側から攻めてくる気配はないからな」
「じゃあ、魔界に帰ってしまうってことはないんですか?」
と、レイラが問う。
魔界に帰るか……俺は人間界が気に入っているんだが、人間界側から見れば俺達は恐怖でしかないんだよな。
「俺にもそこまではわからん。ただ言えることは、今のところは魔王軍は攻めてこないってことだけだ」
「悪魔かー。私の天使の力だったらイチコロなのになー」
相変わらず教科書を出していても、机にだらーっと身を預けているシルヴィ。天使とは戦ったことはないが、俺達にとって脅威となる力なのは間違いない。
祖父を倒した勇者が持っていた聖剣も女神の力が宿っていたと書物には記されていた。悪魔にとっては、聖なる力は毒であり、弱点だからな。
いつ俺の城にも新たな勇者が攻めこんで来るかわからないため、城は結界で隠している。
「だったら、更生して天界に戻るか?」
「それはやだー。帰ったら、労働しなくちゃならないんだもーん」
まったくこの駄天使は。
「おっと、チャイムか。今回の授業はここまでだ。俺が帰ってきたらホームルームを始めるからな」
もう少し先までやりたかったが、生徒との交流に時間を費やしてしまったか。歴史の授業は……明後日だったな。
明日の授業は。
「アレン先生」
「ミーナ先生。今日もお疲れ様」
「アレン先生もお疲れ様です!」
教室を出て廊下を歩いているとミーナ先生が俺の横に並ぶ。
「明日の午後の授業、怪我のないように」
ミーナ先生が心配しているのは、明日の午後の授業。
明日の午後には体育があるのだが……まあ、あの生徒達のことだ。他の生徒達とは比べ物にならないぐらいのハッスルをすることだろう。
まあ、もうあいつらの元気さには慣れた。
むしろ、俺にとっては楽しみでもある。体を動かすのは……気持ちが良いからな。
「先生もどうだ? 体を動かすと気持ちいいぞ」
「あ、あはは。確かにそうですけど、あの子達と遊ぶ自信がなくて」
俺が入る前の先生も、あいつらの元気の良さについていけなかったっていうのもあるしな。俺に頼み込んできた時の表情は、今でも覚えている。
「それに、私には他の授業もありますし。でも……いつかは」
「……そうか。その時は俺もミーナ先生が怪我をしないようにサポートを惜しまないつもりだ」
「あ、ありがとうございます!」
★
そして、次の日の午後。
昼食もしっかりととり、動きやすいジャージというものに着替えた。生徒達も、体育着に着替え準備万端。
この学校の体育着の下はズボンとなっている。どうやら、学校によって違うようだが……動きやすいように皆半ズボンを穿いている。
太陽もさんさんと輝いており、雲ひとつない晴天。
まさに絶好の体育日和だ。
「さて、今回は何をするか……」
基本体育の授業は、自由。
体を動かすことなら、なんでもやってもいい。もちろん、生徒達の意見もしっかりと聞き入れるが俺が決めることもある。
「はい! はーい!! かくれんぼがいいです!!」
アイナが元気良く発言。
かくれんぼ……懐かしいなぁ。子供の頃はよくやったものだ。かくれたところが魔窟や魔の森だった時は、一緒に遊んだ友達を探すのに時間をかけていたっけ。
「それってアイナの得意分野じゃん。アイナってば、隠れるのうますぎるからなぁ。他のがいいよ。例えば……ドッジボールなんてどう?」
「あたしはかくれんぼがいいな。あまり日に当たりたくない……」
「私はどっちでもいいよー! とりあえず早く遊ぼうー!!」
「シルヴィちゃん元気だねぇ」
まったくだ。
アイナの意見にレイラがドッジボールが良いんじゃないかと提案する。だが、日に当たりたくないカトレアはアイナに賛成。
シルヴィはどっちでもよく早く遊びたいと言い、ユーリはおそらく決まったものをやるだろう。
「ドッジボールかぁ。うん、それいいですね! やっぱりかくれんぼは止めてドッジボールにしましょう!」
おっと、アイナもレイラの提案に賛成のようだ。
さて、問題はカトレアだが。
元々、半分が吸血鬼なため太陽が少し苦手だったが、魔剣の適合者となってからは、彼女は闇を好むようになり、光が更に苦手になった。極端に苦手というわけではないが。長時間日差しに晒されているとすぐに眩暈などを起こしてしまう。だからこそ、常にフードを被っているんだ。
「どうする? カトレア。無理なら日陰で見学していてもいいぞ」
「……やるだけやってみる」
「そうか。まあ、無理だと思ったら下がってもいいからな。おし、今日はドッジボールに決定した。そして、このボールがある。さっそくチーム分けをして試合だ!」
『おー!!』
人数的に俺を入れて三対三で試合ができる。
チーム分けは、公平にじゃんけんで決めた。その結果、俺とカトレア、アイナ。相手はレイラ、ユーリ、シルヴィのチームに決定。
悪魔としての力は使わない。
もし使ったりしたら、大人気ないというか周りに被害は及ぼそうだからな。まあ大人気ないと言っても俺は悪魔の中ではまだまだ子供みたいなものなんだが。
「おっしゃー! どこからでもかかってこーい!!」
「なんであの天使は、こういう時だけ元気なんだろう」
「勉強とか働くとかそういうものが全面的に嫌なんだろ。体育なんかの体を動かすだけのものは頭を使わなくても良いから、じゃないか」
ボールを持ったカトレアが、どっしりと構えているシルヴィの元気な姿に眉を顰める。シルヴィは、頭を使うよりこうして体を動かすほうがいいようだ。
というより、ただ単純に遊びたいだけなんだろうけど。
「シルヴィ。油断しちゃだめだよ?」
「だーいじょうぶだって! カトレアなんかに負けたりしな―――へぶっ!?」
レイラの注意に一瞬余所見をしたシルヴィの顔面へとめり込む白い球体。
小さな悲鳴をあげ、シルヴィは地面に倒れた。
ぽーんっとバウンドをして戻ってきたボールをキャッチしたカトレアは、ふっと地面に倒れているシルヴィを嘲笑い、一言。
「顔面セーフ」
つまり、もう一発ぶつけられるということ。
「確かにルールだと顔面はセーフですけど……容赦ないですねー相変わらず」
本当に容赦のないカトレアにアイナは苦笑した。
「し、シルヴィちゃん! 大丈夫!?」
豪快に倒れたシルヴィを心配してかけつけるユーリだったが、その隙をカトレアは見逃さなかった。
きらりと光る目。
振り下ろされる右腕。
放たれる白い球体は、真っ直ぐユーリへと突き進んでいく。
「させないよ!!」
「むっ」
だが、それをレイラがキャッチ。
おお、今回は珍しく力を抑えられているな。毎回、そうだったらいいんだが。
「カトレア。あんまりそういうやり方すると嫌われちゃうよ?」
「そのほうが、魔剣も強くなるからあたしはいいんだけど?」
教師としては、心配なんだが。
「はあ……相変わらず、魔剣大好きっ子だね。シルヴィ。それにユーリ怪我はない?」
「私は大丈夫だけど」
「……今のは効いた。すごく効いた」
むくりと起き上がったシルヴィの右頬はボールの痕がくっきりとついており、赤く染まっていた。
そして、すぐにレイラからボールを奪い。
「痛かったよー!! カトレアー!!」
凄まじい勢いのボールをカトレア目掛け……ではなく、アイナへと投げていた。
「私ですかー!?」
「油断大敵だよ、アイナー!」
とはいえ、そう来ると思っていた。
「ふん!」
アイナへと投げつけられたボールを俺は見事にキャッチ。
かなりのスピンがかけられていたらしく、キュルキュルと手の中で回転していたがすぐに停止する。
「天使の力がないとはいえ、すごい力してるなお前」
「先生こそ、なに涼しげな顔でキャッチしているの!? 結構本気で投げたのに……!」
「生徒を守るのも先生としての役割だからな。……というわけで、反撃開始だ。アイナ」
俺は投げず、先ほど狙われたアイナへとボールを渡す。
「ありがとうございます! 先生!! 先ほどは油断しましたが、もうしません! 覚悟はいいですか、お三方!!」
「やっぱり、先生がいると勝てそうな未来が見えないね」
「わかってはいたけど。先生って私達以上に普通じゃないかも……」
「ぐぬぬ……! 負けないんだからー!!」
そん後、試合は続きカトレアは日差しに当たりすぎて途中リタイアし、ユーリはカトレアの看病をするため自主的にリタイア。
四人で試合を続けようとしたが、レイラがボールを潰してしまい予備のボールがなく終了。後で仕入れにいかなくちゃな。
だが、アイナとシルヴィは決着をつけたいらしく。
しょうがないのでかけっこで勝負をつけようと俺が提案。
結果。
「勝ったー!!」
「はあ……はあ……やっぱり、足で獣人に勝とうなんて無理な話、だったんだよぉ……」
大差でアイナの勝利。
丁度終わりを告げるチャイムも鳴った。俺は、生徒達を集め一緒に学校の中へと戻っていく。
「くそぉ! アイナ、次は負けないから!!」
「いつでも挑戦を待っていますよ! いやー、研究も良いですけど。やっぱりこうして体を動かすのもいいものですね!」
「あたしは、やっぱり日差しの下で長時間動くのはきつかったわ……うぅ」
「あっ、カトレアちゃん。そこは……! あんっ」
「カトレア。それ以上変なところ触るとユーリが発情しちゃうから止めておきなって」
「お前ら。着替えは早めになー」
今日の授業はこれで終わり。
俺は、明日に備えての準備と……あぁ、ボールを買いにいかなくちゃな。村の店にあればいいんだが……最悪町に買出しに行く必要がありそうだ。




