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第九話

今回はあっさり。

「……釣れないな」

「釣れないですね」


 今日は、特別授業だ。海が近いということで、釣りをしに来ている。海が近いからこそ、それを有効活用しなければ損と言うものだ。

 たまには息抜きをしないと生徒達もストレスが溜まるからな。

 だが、しかし。


「釣れないー!!」

「うるさい、天使。大声を出すと魚が逃げる」


 全然釣れない。あえて、釣れやすいポイントを避けているから当たり前なのだが……。


「まあ、釣りは、こうやって獲物がかかるのを待つのも醍醐味だし」

「魚が寄ってくる薬品を調合して」

「それはだめだ」


 もう少しで、海の生態系が壊れるところだった。アイナが、作るのは魔法薬なので、海に悪影響を及ぼす可能性が高い。

 ポイントは三つあり。それぞれ、二人ずつ釣竿を垂らしている。俺とユーリ、シルヴィとカトレア、レイラとアイナという分け方だ。中々バランスのいい分け方だと思っているが、どうにもユーリが落ち着きが無いようだ。理由は、明白だがな。


「やっぱり、男が近くに居ると落ち着かないか?」

「い、いえ。そんなことは……ない、とも言えないですけど」


 彼女は、サキュバスとはいえ男性には全然慣れていない。そのため、男性と接するのが苦手なようだ。同姓とは、まだいけるらしいけど。


「アレン先生は」

「ん?」

「アレン先生は、私が隣に居ても普通、なんですね」


 ……あぁ、なるほど。彼女は、サキュバスとしての力をなるべく出さないようにしているとはいえ、まだまだ未熟。時々、漏れ出すことがあるので、俺がそのフェロモンに魅了されないか心配なんだろう。


「俺は、お前の先生だからな」

「え? あ、はい。そう、ですね……?」


 微妙な反応だな。


「本当は、フェロモンを弾く防護結界を体に張っているから、無事なんだ」

「そんなものがあるんですか!?」

「精神干渉系の魔法を防ぐものがあるだろ? それと同じような防護結界だ」


 魅了も、精神系のものだからな。魔界にも、同じようなことができる悪魔が居たので、対策もばっちりなんだ。それに、気を引き締めていれば、今のユーリほどのフェロモンなら余裕で耐えれる。


「ん? おい、ユーリ。引いてるぞ」

「わわ!? ほ、本当です!」


 俺との会話に夢中で、竿が引いているのに気づいていなかったので、教えると一気に竿を引こうとしたので、待った! と手を掴む。


「ひゃうっ!?」

「まだ引くな。完全に食いついた時に、引くんだ」


 この引き具合から考えるに、今はつり張りには完全にかかっていない。今引けば、魚が逃げてしまう。


「あわわ!?」

「かかった! だが、これは結構の大物だな」


 これは、ユーリだけじゃ無理だ。そう思った俺は、ユーリの体を支えるため背後に回った。


「せ、先生!?」


 体を密着させ、俺もユーリと一緒に竿をがっちりと持つ。ユーリは、恥ずかしがってるようだが、このままではせっかくの大物を釣れない。

 ここは、一気に!


「いくぞ、ユーリ! タイミングを合わせて一気に引くんだ!!」

「は、はいぃ!!」


 ユーリも覚悟を決めたらしく、俺と一緒に竿を一気に……引いた。水飛沫を上げて、海中から姿を現したのは、巨大な魚。体長は二メートル半は確実にある。背びれは、刃のように鋭く、ぎょろりと飛び出そうな目玉と体に走るラインが特徴的だ。

 

「あれは、ブレドラー! やばい!!」


 俺達が釣り上げた魚の名前はブレドラー。通称海の剣士。その刃のような背びれで、近づく海の敵達を切り裂く。肉食の魚ですら、ブレドラーを簡単には捕食できない。

 かなり危険な魚ではあるが、その実は絶品だと漁師の男達が噂をしていた。滅多に、竿には近づかない魚と言われていたが……まさか、ユーリのフェロモンに釣られたか? 

 ともかく。


「はっ!」


 怪我をしないように、ブレドラーに結界を張って暴れないようにした。


「おお! めちゃくちゃ大きな魚じゃん!」

「これ、ブレドラーだよね?」

「滅多に釣れないレア魚じゃないですか!」


 大物が釣れたことで、他の生徒達も集まってきた。結界の中で暴れているブレドラーを見詰め、物珍しそうに囲っている。


「やったな、ユーリ」

「……」

「どうした?」

「せんせー。おそらく、抱きついたままだからだと思いまーす」

「おっと、そうだったな」


 レイラに指摘され、ようやく気づいた俺はユーリから離れていく。すると、力が抜けたかのようにユーリは、その場に座り込んでしまった。やはり、男に抱きしめられたことが、かなり恥ずかしかったんだろうな。あの時は、仕方なかったとはいえ、悪いことをしたな。


「大丈夫か? ユーリ。すまなかった、緊張自体だったとはいえ」

「い、いえ。先生がいなかったら、こんな大物を釣れなかったでしょうし」

「ねえ、アレン」

「先生と呼べ。で? なんだ、シルヴィ」


 いきなり呼び捨てにされたので、指摘しつつシルヴィに問いかける。


「この魚、どうするの?」


 いまだ、びちびちと結界の中で元気に跳ねているブレドラーを指差す。今回は、のんびりと釣りを楽しむというものだった。

 とはいえ、魚を釣り上げた際のことを考えていなかったわけではない。


「もちろん食べる」

「いえーい!!」

「じゃあ、さばく?」


 目を光らせ、魔剣を取り出すカトレア。


「魔剣は止めろ。ちゃんとした包丁でさばく」

「先生、さばけるんですか?」

「いや、できない」

「じゃあ、やっぱり私が」


 再び、魔剣を取り出すカトレア。


「だから、魔剣は止めろと言っているだろ。そんなにさばきたいなら、まずは移動だ」

「そうですね。こんなところじゃ、さばけないですもんね」

「私なら」


 三度魔剣を取り出すカトレアに対し、俺はついに魔剣を取り上げた。取り返そうと手を伸ばすが、俺は華麗に回避し、そのままブレドラーも持って皆で、釣り場から移動したのだった。

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