6.街
石の並んだ結界の丘を降りて、俺は歩き出した。前を妖精が飛んでいる。
丘の景色には見覚えがなかった。家の周りにこんなところはない。俺が夢遊病のように、寝ている間にさまよい出た、という可能性は、なさそうだ。
しばらく歩くと街が見えてきた。そこにはカラフルでありながら落ち着いた雰囲気の家々が立ち並んでいた。
「へえーこりゃ確かに日本のセンスとはだいぶちがう……」
外国へ行ったことのない俺は妙に興奮してしまった。外国どころか、ここは別の世界なのだ(妖精の言葉を信じるならばだが)。こんな体験、できるものではない。
街へ近づいていくと、ちらほらと人の姿が見えた。街人らしかった。初めての異世界の人々との出会いに、俺は緊張を隠せなかった。一体どんな人たちだろう。文化も、人種も、言葉も、考え方だって、全然違うかもしれない。果たして受け入れてもらえるだろうか。
すると、俺たちを見つけた数人が寄ってきた。何かを叫んでいる。何だろう?
さらに近づくと、聞き取ることができた。驚いたことにそれは日本の言葉だった。
「勇者さま!」
「勇者さま!」
「何でみんな日本語しゃべってんの?」
俺は、自分の聞き違いかと思ってポーティに尋ねた。
「教えたから」
妖精はけろりと言った。どこか自慢げだ。
「え? 全員に? マジで?」
「うん」
「信じられない……」
そうしている間にも、街人はどんどん集まってきた。口々に「勇者さま」を連呼している。若い者から、年寄りまで。見た目は、俺の世界の人間と変わらない。どうやら、男女の違いもあるようだ。
そのとき気がついたのだが、この街には何だか怪我人が多いようだった。皆、どこかしらに包帯を巻いたり、杖をついたりしている。何があったんだろう?
「勇者さま!」
一人の老婆が、何かを俺に差し出してきた。柑橘系の果物のようだ。南国のフルーツに似ているだろうか。とても美味しそうな香りがした。
「これ、くれるの? ありがとう」
「勇者さまの旅路の無事をお祈り申しております」
(うわ。「勇者さま」だけじゃなくて、がっつり日本語しゃべってるんですけど……)
俺はその日本語の堪能さに舌を巻いた。おばあちゃん、すげえ。
「ちょっと人が集まりすぎたわね。とりあえず、そこの宿に入りましょ」
ポーティが鮮やかな水色の屋根の建物を指す。看板が出ているが、その文字は読めなかった。
「あ、ああ」
確かにこれはえらい騒ぎだ。まるで芸能人にでもなったみたいな気がした。
俺はポーティに言われるまま、その建物に入った。扉は、日本と同じつくりだった。機能を考えると、結局、扉ってこうなるのかな。
などと考えていると、そのとき背後で、声がした。
「ゆうしゃたま!」
それは年端もいかない男の子だった。母親に方手を引かれながら、もう片方の手を俺の方に伸ばしている。俺にはとても信じられなかった。
「あんな小っさい子まで日本の言葉を……」