42.幽霊ビル
翌朝早く、俺たちは宿を出発した。配信も再開する。
みんな、一様に無口だった。
決戦が迫っている。そのことを口に出さないが感じていた。
あと何時間か後、俺達は死んでいるかもしれない。
「魔力が強くなってきてる」
突然、ほたるが言った。
バスを乗り継ぎ、徒歩数十分。やってきたのは、とある町外れにある、ビルの前だった。
「ここよ」
「間違いないわ」
それは、灰色の薄汚れたビルで、7~8階の高さがあるだろうか。静まり返った田園地帯にそびえ立つそのビルは、廃墟のように人の気配がなかった。
「幽霊ビルって感じだな」
「ここに陣取ってるんすね、魔王は」
壁に張り紙がしてある。それによると、このビルは取り壊される予定だったようだが、その予定日をとっくに過ぎている。どうやら、現在は使われておらず、取り壊しもされないまま放置されているらしい。
「ドア、ぶっ壊して、入るぞ」
「不法侵入を配信することになりますけど」
「構わん。行くぞ」
俺たちは入り口へ向かった。予想に反して、ドアを押すとすんなり開いた。
エレベーターは動かなかった。俺たちは階段を上がっていった。
慎重に進んでいるつもりだった。周りを警戒しながら、いざというときはすぐ逃げられるように。
しかし、そいつは突然現れた。
「うわっ!」
「魔物よ!」
「逃げろ!」
シャービルだった。「ひかり」の発動しない今、逃げの一手しかなかった。俺たちは、全速力で階段を上がった。
シャービルは、小回りが利かない。何度も捕まりそうになりながらも、階段を上がっていく。
「もう、追ってこないか?」
何とか逃れることができたようだ。しかし。
俺は腕を押さえた。今になってシャービルに噛まれていたことに気づく。
イテェ。痛え痛え痛え!
「俺を映すなよ」
八神にそう言って、着ぐるみを脱ぎ捨てると……。洒落にならない。マジで血が出ている。
覚悟はしていたが、実際に傷を負ってみると、その痛みに耐えかねた。そして、ある実感が襲ってくる。
やっぱり、俺、ここで死ぬんだ。
嘘みたいだけど、そうなんだ。
だけど、死んだら、怖いのも痛いのも終わりになるな。
いや――と俺は考える。それだけじゃない、楽しいのも、嬉しいのも、悲しいのもつらいのも。
悔しいのも、つらいのも、おいしいのもまずいのも、眠いのもつらいのも、何もかも終わりになるってことなんだ。
つらいのが多いような気もするが、とにかく、それが終わるのは、いいことだろうか?
俺が、望むことだろうか?
そんなことを考えていたら、少し落ち着いた。
気がつくと、腕に涼子が包帯を巻いてくれていた。
「用意がいいな」
「一応持ってきたの。痛い?」
涼子が尋ねる。
「先輩、大丈夫っすか」
八神も心配げに声をかけてくれる。
ほたるは――と見ると、着ぐるみの下で妙な音を立てている。どうやら泣いているようだ。
「夜白くん、大丈夫?」
涙ながらにほたるが言う。
「大丈夫。大したことない。それよりフォロワー増えてるか」
俺は強がりを言った。死んだら、こういうのも終わりなんだな。
「増えてきてます」
「そうか」
「ねえセイヤ、ホントに大丈夫?」
俺はもう一度繰り返した。それは心にもない嘘だったが、この際その嘘は正しいことだ、という確信があった。
「全然、こんなの大したことねぇーよ」




