41.最後の夜
16:30。
「今日は、この辺で宿を探そう」
頃合いを見計らって俺は言った。今日中に目的の位置へ辿りつけないことはないが、電車移動で疲れ果てているし、夜中に魔物と遭遇するのは避けたい。
「賛成!」
「じゃ、いったん配信とめまーす」
幸い、宿はすぐ見つかった。静かな路地に佇む、感じのいい温泉宿だった。
建物もまばらな田舎町だったので、苦労するかとおもったが、運が良かった。
こんなときでも腹は減るもので、俺たちは、すぐ食事にした。
「うおーうまそう!」
「先輩、これもらっていいですか」
「馬鹿やめろ。刺身をとるな刺身を。好物だから残してんだよ」
異世界の料理ほどではないが、うまい。
腹が減っているせいもあるが、やはりみんなで食べるから、うまいのだろう。
これが最後の晩餐になるかもしれない。そう思った。にもかかわらず、みんなリラックスして楽しんでいる。
いや、最後だからこそ、明るく振る舞っているのかもしれない。結構みんな、考えていないようで考えているのだ。
八神が座敷に備え付けられたカラオケの電源を入れる。イントロが流れ始める。ポーティは珍しそうに目を丸くしてそれを見ている。
「ねえ、この機械何なの? すごい魔法ね!」
八神が歌い始めたのはフォークソングだった。何でそんな古い歌を知ってんだお前は。やっぱり、こいつの方が、おっさんだ。
熱唱する八神を見て、みんな笑った。
食事が終わって、俺は温泉に入っていた。
疲れが吹き飛ぶ、とはいかないまでも、じんわりと温かい湯に使って、体が解きほぐされていくのがわかる。
「先輩ー、背中流させてくださいよ」
「八神か。あんまりうれしくねーな」
「そう言わずに」
八神は俺の背中をごしごしと洗いながら、言った。
「先輩はどっちが好みなんですか」
「え?」
「涼子先輩と、ほたるさん。死ぬ前に告白しといた方がよくないすか」
「知らねーよ、そんなん」
八神はヒューと口笛を吹いて、言った。
「かーっこいい。いやー、モテる男はつらいですな」
「お前、本当に高一か? マジでおっさんみたいだな」
それで二人して笑った。
風呂からあがり、浴衣のまま広間でくつろぐ。もう、あたりはすっかり暗くなっていて、空に月が上っていた。
やがて、ほたると涼子も、広間に出てくる。ふたりも浴衣姿でやってきた。
「はー、いいお湯だったー」
そう言うふたりをみて八神が、
「ちょっと先輩!」
と、袖を引っ張る。
「何だよ」
「浴衣のふたりを配信したら、フォロワー数アップ間違いなしですよ」
「だまれ」
俺が八神をたしなめると、涼子とほたるは、何やらヒソヒソ話して笑っている。
こいつら、怖がる素振りを一切見せない。というか、緊張感のかけらもない。
……騒々しいけど、でも何故か落ち着く。
部屋へ戻る。
俺はベランダに出ると空を見上げた。月がやたらと大きく見える。
――これが最後の夜になるかもしれないんだな。
またそんな考えが浮かんだ。
最後になって欲しくない。無性にそう思った。
夜空に向かって両腕を伸ばし、精神を集中してみる。
「頼む、力よ、戻ってきてくれ」
だが、「ひかり」は一切発動しなかった。




