32.記事
「夜白センパイ、見ましたか、あの記事!」
朝、登校中に後ろから声をかけられた。八神だった。
「何のことだ?」
「ヒーローですよ、ヒーロー。謎のヒーロー!」
「はあ?」
「知らないんすか? もうみんなその噂で持ちきりですよ」
八神によると、昨日発売の雑誌に「謎のヒーロー」という記事が載ったそうだ。
何でも、その雑誌の女性記者が化け物に襲われているところを、救ったヒーローがいたとか。
説明を聞きながら、俺ははやくも冷や汗をかきはじめていた。あの女性、記者だったのか。
「格好いいっすよね、謎のヒーロー」
「どうせでっち上げだろ。いねーよそんなの」
俺は目を泳がせながら、そう言った。
「ロマンがないすねえ。僕はいると思いますよ、謎のヒーロー」
授業中に、パトカーのサイレンが聞こえると、身を硬直させる自分がいた。
何か、前にもこんなことあったな……。これから毎日、こうやってびくついてなきゃいけないのか。
いっそのこと、名乗り出てしまおうか。雑誌社へ行って、どうも謎のヒーローです、って。そんな考えまで浮かんでくる。
いや、俺は何馬鹿げたこと考えているんだ。自らモルモットになる道を選ぶなんて。
でも、世間では、俺はヒーローなんだから、実験台にしたりなんかしないだろうか。今どき、人権問題にもなるし。
いやいや、権力者や科学者が何を考えるかなんてわからない。高校生の俺でも、何となくわかる。頭のネジがぶっ飛んだ大人が起こした、政治的事件、国家ぐるみの隠蔽工作……。はっきり言って、奴らは怖い。
少なくとも、面白おかしく報道されることは間違いない。そうなれば、今までの生活は送れなくなる。やはり危険は冒せない……。
放課後、帰ろうとすると、涼子が駆け寄ってきて、言った。
「ふふふ」
「何?」
「買っちゃった」
涼子が取り出したのは、一冊の雑誌だった。よく見ると、例の記事が載ったという雑誌だ。表紙に、「謎のヒーロー現る!」なんて、でかでかと見出しが出ている。
「お前な……状況がわかってんのか」
「大丈夫よ。あんなに暗かったんだもん。それに雑誌に私の記事が載るなんて、初めてだからさ」
「オイ!」
俺は慌てて声をひそめ、周りを見回す。
「誰も聞いてないって」
涼子はあっけらかんとそう言って雑誌を開くと、記事を読み始めた。
「謎のヒーロー現る!」
俺はため息をついた。
「ふんふん。記者さん、夜道を歩いてるところを、化け物に襲われたんだって」
「はあ」
「ええと、なになに、彼は金髪と黒髪の、二人の美少女とともに……」
涼子はそこまで読んで、俺の肩をバンバン叩く。
「ねえ、私のこと美少女だって!」
「暗くて、顔、わかんなかったんだろ」
「ちょっとどういう意味」
「いや別に……」
涼子は記事に目を戻す。
「美少女とともに、私を救ってくれた彼は、大学生か、あるいは高校生くらいの若者に思えた。私は、あの若者のことをこう呼びたい。人々を救う、謎のヒーローと」
「へへへ……」
今度は俺が相貌を崩す番だった。
「へへへじゃないわよ。高校生ってばれてるわよ」
涼子がたしなめる。
「本当だ、ヤバくね?」
正体がばれたら、終わり。実験台か、メディアの慰み者。
俺はまた冷や汗がにじんでくるのを感じた。




