1.夢
またあの夢だ。
俺は眠りに落ちる寸前、そう思った。いつものあの夢。夢とは思えないほど実感があって、だけど現実とは思えないほど不思議な夢。
いつから見るようになったんだったっけ? もうずいぶん昔のような気がするけど、つい昨日のことだったかもしれない。
やがて意識が遠くなり……。
そして夢の奥から、ひらひらと、黄色く小さい、蛾のようなものが、俺に向かって飛んできた。
「蛾とは失礼ね! 私は妖精よ。何度も言ってるでしょ」
「ああ……君か」
俺は特に何の感動もなく、その妖精を見つめた。そりゃそうだ、こう毎晩毎晩会っていれば、いくら珍しい生き物でも耐性がつく。そもそも、夢の中というのは、不思議に思う心が麻痺しがちなものではないか?
「おはよう、勇者さま。今日も待ってたわよ」
「おはよう、っつったって、俺は今寝たところなんだぜ」
すると妖精は、すました顔で、
「こっちじゃ、今からが朝なの。さあ頑張りましょう勇者さま」
「ねえ妖精さん、その勇者さまっての、やめてくんないかな。俺には夜白晴也って名前があるんだからさ」
「それじゃ、そっちも、妖精さんじゃなくて、私のことポーティアンナジー・ルシャルトリアスって呼んでくれる?」
「ぽ、ぽーてあんなしーおしるこいります……」
「ヤ・ヤシュロムセイヤァ……」
なんだこれ。これだけ会っていて、お互いの名前を発音することさえできないとは。
「な、なあ、せめて、ポーティにしてくれないか」
「いいわ。じゃあ、私はセイヤって呼ぶわね。あなたの国の言葉って難しいのよ」
「やしろのどこが難しいんだよ……」
やれやれ。これでようやく呼び名が決まった。ここまでくるのに何日かかったんだろう。
「もう、今日で何日目だっけ?」
「丁度44日目よ。さあ、今日も特訓はじめます!」
何が丁度なのかわからないけど、とにかく今日も妖精による特訓が始まった――。
「そうそう、ひかりを集めて、自分の周りにふたつの円を描くように出してみて!」
「8の字ってこと? こ、こうかな」
俺は身体の周りで、両手を振り回してみる。すると手から発生した「ひかり」がシュウッと音を立て、その残像がゆっくりと消えていく。
「そうよ。集中するのを忘れないで。それは精神の力だから」
「ひかり」というのは、妖精と俺が決めた呼び名で、本当はもっと難しい名前があるらしいのだが、それは俺には発音できない。
「ひかり」とは勇者だけが使うことのできる、伝説の力らしい。勇者はそれを操って、敵を倒すのだそうだ。簡単に言うと、魔法みたいなもんだ。
「ひかり」は、手から発生する。見た目は、炎のような感じで、青色をしている。俺は、某ゲームにちなんで、○ニック○ームとか、○動拳とか名付けたかったのだが、妖精の反対にあい、「ひかり」に落ち着いた。それが妖精の国での呼び名に一番近い意味合いを持っていて、俺としても、まあ、かっこ悪くはないかな、と思ったからだ。つまり妥協点だ。
その「ひかり」を、念じて手から出せ、と初めて言われたときは、多少戸惑ったが、まあ、夢の中でできないことなどあるまい。今では、ほぼ自由自在に「ひかり」を操れるようになった。
「今度は、前に飛ばしてみて! まっすぐよ」
「わかったよ、妖精さ……じゃなくてポーティ」
俺は、いわれるままに、右手をまっすぐ突き出して、「ひかり」を飛ばした。青い炎が、回る刃のようになって前方へ走っていく。まるでゲームの中に入り込んだみたいで、これ、結構楽しいんだ。だから俺も、毎晩のことながら、文句もいわずにやっているんだが……。
「それじゃ、敵を出すわよ」
そういわれて心臓がドキリと高鳴った。ポーティと(夢の中で)出会って間もない頃、一度だけ、「敵」の姿を見せられたことがある。その途端、俺は取り乱し、一目散に逃げ出した挙げ句、訳のわからないことを叫びながら、飛び起きたのだった。その日はもう寝られなかった。
あれ以来、ポーティは敵を出さずに、特訓だけを続けてきた。俺のことを勇者さま、と呼んでくれてはいるが、がっかりしたのではないか、と心配だった。なんて、いやいや、夢の中の話だ。ポーティは実在しないんだから。
「よし、やってみよう。ポーティ」
「そうこなくちゃ」
そうさ。夢の中で負け犬になってたまるか。夢の中では、俺は「ひかり」を操る勇者さまなんだ。
ポーティは何やら、ぶつぶつ唱え始めた。敵を召還する呪文らしい。
俺の前方に、小さな竜巻のようなものが発生する。その中に、敵が徐々に姿を現し始めた。
「くるわよ」
ポーティの声に、俺は小さくうなずいた。