はい、こちら異世界転生・転移相談局です
ここは、色んな世界の神様たちが様々な物事について相談しに来る場所。
今ここで、最も忙しい部署がある。そこでは今日も、途絶えること無く電話が鳴っていた。
と言うか、一人の机からしか鳴っていなかった。
「はい、こちら異世界転生・転移相談局、地球、日本担当のヤマシタです」
「あ、すみません。私、○○星の神なんですけど、実は今度、邪神が復活するみたいで、○○星に二~三十人くらい転移させたいんですけど、あ、期限的にはまだ時間あるんで、今回はちょっと情報が知りたかったっていうか、とりあえずリストか何かあれば頂けないでしょうか」
「はい、承りました。後程リストを作ってお送り致しますので、性格等の指定は御座いませんか?」
「あ、じゃあなるべく美形の男女カップルでお願いします」
「承りました。では公共時間で7日後に届くように致します。また何かありましたらご一報ください」
「はーい、ありがとうございまーす」
そうして、神様の電話は切れた。
ヤマシタは受話器を戻し、深呼吸をする。
首を左右に振ると、首がパキパキと鳴った。ここ最近、ずーっと忙しい。一体神様達の世界で何が起こっているのやら。
いや、何が起こっているのは知っている。しかしそれはヤマシタが納得できるものではなかった。
それでもヤマシタは仕事を全うしようと、先程の要望を書類に書くため、ペンを取ろうとした。
しかし、その手がペンを掴むことはなく、代わりに掴んだのは受話器だった。ヤマシタの心情を歌っているガン○ーラが着信音として鳴り響く。
「はい、こちら異世界転生・転移相談局、地球、日本担当のヤマシタです」
ヤマシタは今日も○ンダーラが鳴り響く受話器を片手に、暇を見つけては書類を書いている。
その目は死んだ魚の様だった。
受け答えの声はやけに明るかった。
その顔は地獄を見ている者の顔のようで、とても入局二年目の者の顔ではなかった。
「はい、承りました、またのご利用お待ちしています」
また一つの相談を承ったヤマシタは受話器を戻し、一度深く息を吸う。
理不尽なほど忙しい。何故こうなったのか責任者に問い質したい、責任者は何処か。
このヤマシタという者は本来、楽をしたくてこの局の、この課に就職した。
数年前までは、その科に相談事なんて殆ど無かった。まだ人類が原始人だったからだ。
たまに一、二件の転移・転生者の相談があるだけで、その条件も殆ど無かったのだから楽な物だった。電話を取るだけの簡単なお仕事だったわけだ。
しかしだ、最近になって、神様達の世界である物が流行り始めた。
それを切っ掛けに、今では目が回るくらい忙しくなった。
どうしてこうなったのか、ヤマシタは常日頃から責任者に問いたいと思っている。
無論、責任者はヤマシタよりも存在が上の神様なので問うことは出来ないのだが。
ヤマシタは時計とカレンダーを見る。時計は丁度1時を回った所で、カレンダーには今日の日付に“地球”と書かれていた。
「と、今日はかっちゃんとの打ち合わせの日だったな、そろそろ出るか」
ヤマシタは、疲れきった顔を引き締め、机に置いていたすっかり冷めたコーヒーを一息に飲んで、席をたった。
背もたれに掛けてあったスーツの上着を着て、必要な書類を纏め、鞄の中に入れる。
「地球の神様と打ち合わせに行ってきます。遅くなると思うので、帰りはそのまま直帰します。お疲れ様でした」
ヤマシタは課の主任にそう伝える。
「おう、わかった。失礼の無いようにな。お疲れ」
主任はそう答えた。本来は入って2年目の新人に毛が生えたような者が直帰することは出来ない。少なくとも、この主任の時はそうだったのだ。
しかし、主任はヤマシタの忙しさを知っている。実質、今のこの科で一番働いているのもヤマシタだ。2年目とは思えないくらいの忙しさだ。それでもヤマシタはよく頑張っている。少しくらいの我が儘を認めても良いだろう。
それは、主任の僅かばかりの配慮であり、気遣いだった。
「と言うわけでして、現在でも地球、日本国民の人気は高く、今回もこんなに要望が届いています」
ヤマシタはそう言って、鞄の中の資料を目の前の御柱に渡した。
「おぉう、今年も随分多いな。何々、『なるべくイケメンな人の転位を希望します、○○星の神』『ニートで、とにかく頑張る人、やり直せる人の転生をお願いします、○○界の神』『高校生くらいの諦めの悪い人の転移、魔女』『スライムでもOKな人の転生、ほか、転移の人をなるべく多目で ○○の龍神』と、今回もまた種類が豊富だな。軽く読んだだけでもこんなに来ているのか、参ったな」
受け取ったのは地球の神様だった。
と言っても、ドロップを消したり、引っ張られたする主神様や全身が緑で触覚が生えてる神様とは別の御柱だ。
この御柱は、ヤマシタから地球人の転生・転位の要望を受け取り、数ある世界の様々な時空の地球から、転移・転生者の候補リストを作り、ヤマシタに渡すのが役割の御柱であった。
例えるなら、管理局という名のスーパーに転位・転生者という品物を卸す卸売業者と言ったところだ。
御柱は、渡された書類を見て、又かと思った。
勿論、日本人のみならず、アメリカ人やイギリス人の転生・転位の希望も来ている。しかし、例年の“日本人”という希望は増え続けるばかりだった。
「何か不味い事でも」
ヤマシタは少し焦った。
仮に、何か問題が生じて、日本人の異世界転位・転生が行われなかったとする。
それで攻められるのはこの神様ではなく、管理仕切れなかった転生局の、引いてはヤマシタの責任となるのだ。
そもそも相談局とは、神様達が勝手に異世界の生命体を転位・転生させ、各世界のバランスが崩れてしまい、転生・転位摩擦とでも言うべき事態が起こらないように作られた機関なのだ。
それ故に、神様達の世界では重要で、責任も重いのだ。
「いや、問題は特に無いよ」
その言葉にヤマシタは安堵する。しかし、神様は少し苦笑いをしてこう続けた。
「問題は無いんだけど、また大変だな~と思ってね。全く、どうしてこうなったのやら。ねえ、ヤマちゃん」
神様は解りきった答えを、ヤマシタに尋ねる。
そう、こうも忙しいのには理由があったし、この神様もヤマシタもその原因を知っている。
「どうしてって、何を今更。それは、神様達の間でカッちゃん達の主神様が持ち込んだ転位・転位者の小説が流行ってるからだろう」
ヤマシタは呆れながらもそう答えた。
神様達の間で流行っているもの。それは、地球の人間が書いたファンタジー小説だ。
某Web小説投稿サイトではハイファンタジーと分類されており、ざっと五万を越える作品が投稿されている。
最近様々なゲームや漫画に引っ張りダコの主神様が、なんの思い付きか数年前に、他の世界の神様にその小説を進めてみた。
するとどうか。小説にハマった神様の何人かが自分の世界でもと思い、地球からの転生・転移者を希望するようになったのだ。
「はあ、全く頭が痛いよ」
「全くだ」
神様の言葉にヤマシタが同意し、二柱して頭を抑える。かの主神様は言ってしまえば自由奔放だ。やるときはやるし頼りにもなるのだが、其れでもやはり自由奔放過ぎなのだ。そのせいで最近、日本人は人口が減って行っているのに。
要するに主神様はガバガバなのだ。
二人は声に出さずとも、そう認識していた。
「っと、いけない、お仕事、お仕事。ヤマちゃん、今回のリストを作る上で注意することはない?」
神様は頭を数回振り、気持ちを切り替えて仕事にもどる。
「今回は特に無いかな。でも、○○星の神様は考えが変わりやすい御柱だから、また何かあったら連絡するよ、他には・・・・」
ヤマシタはそうして注意事項や留意点なんかを神様に伝えていく。
神様はそれを一言一句漏らさずメモしていく。
「わかったよ。じゃあ今度はこっちだ。はい、コレ」
全ての注意点等を言い終えると、今度は神様が何もないところから候補者リストをヤマシタに渡した。
ヤマシタはリストに目を通す。
「うん、問題なし。流石かっちゃん。同年代での出世頭なだけあるね」
「ヤマちゃん程じゃないよ。じゃあ、今回はこれで」
「あぁ、ありがとう。また頼むよ」
ヤマシタはそう言ってその場を後にする。
「さーて、僕も頑張るかな」
神様はヤマシタを見送ると、伸びをしながら一人そう呟きその姿を消した。
本日は自宅に直帰だったヤマシタは、手に大きく膨らんだ鞄と帰りにコンビニで購入した弁当に1本の缶ビールが入ったビニール袋を携えていた。
今日も疲れた。そう思いながら自宅の扉を開いた。
ただいまー
という声が暗い部屋に鳴り響く。
部屋の明かりをつけ、先ほど購入した弁当をレンジで温める。テレビをつけ、温め終わった弁当の総菜を摘まみに、食事を始める。部屋には食事音とテレビの音しか響いてない。
ごちそうさま
ヤマシタは手を合わして食事を終え、弁当の容器とビールの空き缶を片付ける。
その後、スーツの上着の胸ポケットから手帳と、鞄から今日の書類を取り出す。明日の仕事の流れを決めるためだった。
手帳には一ヶ月以上先までびっしりと書き込まれている。それをヤマシタはただ、ただ、確認し、別の手帳に書き込んでいく。
一時間くらいして、明日の予定が決まる。明日もまた忙しそうな日程だった。
ヤマシタは手帳と書類を片付けると、シャワーを浴びに浴室にいく。本当は浴槽に湯をはり、ゆっくりしたい所だが、それよりも少しでも早く寝たいという気持ちが優先されたのだ。
シャワーを浴び終えると、ヤマシタはすぐに布団に向かいその目を閉じた。それからヤマシタは泥の様に眠った。
こうしてヤマシタの一日は終わりを告げた。
目覚まし時計が鳴る5分前、ヤマシタは目を覚ました。外は太陽が出てなく、まだ薄暗い。ヤマシタの朝は早いのだ。
朝食を食べ、スーツに着替え、誰もいない部屋に、
行ってきます
と、言って出勤した。まだ日が昇り始めたぐらいのじかんだった。
局に着いたのは仕事が始まる1時間前の時間帯だ。課にはまだ、誰も来ていない。
その中で、一人静かにコーヒーを飲むのがヤマシタは好きだった。
10分前になり、課の殆どの者が出勤して来る。
そろそろだな
ヤマシタはそう思い、自分の席に着くと、書類と受話器を用意し、ただ静かにその時を待った。
時計が、仕事開始の時刻を刻むと共に課の電話が一斉に鳴り始めた。
「はい、こちら異世界転移・転生局日本担当ヤマシタです。今日はどう言ったご要望でしょう」
今日もヤマシタは鳴りやまないガンダーラを聞きながら仕事をしている。
どこかにガンダーラを求めて。