たっくんとゆかいななかまたちシリーズ<3>図書館幽霊の謎
「あーあ、また負けちゃった」
たっくんはつまらなそうに言いました。
B2君と将棋をしていたのですがまだルールがうまく分からないたっくんは負けてばかりいます。
B2君の趣味は読書と将棋や囲碁のようなテーブルゲームです。
しかも将棋も囲碁も強くて基地の人間でもなかなかB2君にかないません。
囲碁をB2君に最初に教えたナイトホークさん以外にB2君にかなう人はだれ一人としていませんでした。
「将棋終わった?じゃあ私とお人形遊びしましょ」
A10ちゃんが自分のハンガーから色んなぬいぐるみやおもちゃのティーセットを持ってきて言いました。
「そっちの方がいいや」
たっくんは棚からお気に入りのピンクのバレリーナのバービーを1つ出して言いました。
「たっくん、お人形やお人形のお家たくさん持っているものね」
たっくんのたった一人の肉親であるお兄さんは湾岸戦争とホラエボ紛争を終わらせた伝説の英雄と呼ばれたとある大型制空戦闘機です。1回の出撃でたった一人で敵戦闘機を150機撃墜したとか、しかもそれがハッタリではなくすべて記録に残る事実なのですからとんでもないモンスターです。
たっくんはこのお兄さんのことをとても誇りに思っています。
お兄さんは2つの湾岸戦争が終わった後も、「俺には平和な基地の暮らしよりも戦場が似合う」と言って今はより高報酬が出る危険なテロ組織の空爆の仕事を続けています。
おかげで数年に一度しか基地に帰って来ません。
お兄さんはせめてたっくんがさびしくないようにと誕生日やクリスマス子供の日、お正月やお盆のたびにおもちゃをプレゼントしてくれました。
だからたっくんのハンガーにはおもちゃがたくさんあるのです。
「こっちにきてB2君も一緒に遊びましょうよ」
A10ちゃんが言うと、
「嫌だよ。女の子の遊びなんか」
B2君は図書館から借りた本を取り出して言いました。
「でもたっくんは女の子じゃないわよ」
「それはそうだけど…」
「まぁいいわ。じゃあ30分遊んだら今度は3人でババ抜きしましょ」
A10ちゃんが言うと
「それならいいよ」
とB2君が納得しました。
でもたっくんとA10ちゃんが人形のおうちやままごとで遊ぶのが好きなようにB2君は将棋や囲碁で遊びたいのです。
そしてB2君はもっと囲碁や将棋の強い相手の友達が欲しいと思いました。
次の日。
「よーし全員集合」
早期警戒管制機のE3セントリーことAWACSさんがみんなを呼びました。
AWACSさんは眼鏡をかけた戦闘機を連れています。形はたっくんによく似ていますが、ずっと小柄で単発エンジンです。
眼鏡なら近眼のAWACSさんもかけていますが、それよりもこの戦闘機はずっときつい近眼のようで、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけています。
「今日からこの基地に配備される戦闘機、F35ライトニングⅡだ。みんな仲良くするようにな」
「あの子、たっくんに似てるね」
B2君が言いました。
「その通りだ。F35はラプターと同じロッキード・マーティン製造だ」
AWACSさんが教えてくれます。
「へぇ、俺とおんなじ工場なのか」
F35はたっくんに
「先輩、がんばりますのでよろしくお願いします」
と挨拶しました。
先輩、と言われてたっくんは困ってしまいました。
今までお兄さんに甘えっぱなしで後輩ができたことがなかったのです。
「あー、そんなにがんばらなくていいよ。気楽にやればいいよ」
たっくんは返事しました。
「はい、ありがとうございます」
F35は言いました。
素直な相手なのでたっくんも少し得意になって
「まぁ分からないことがあったら何でも俺に聞けや」
と言いました。
AWACSさんは
「ラプター、世話をするのはいいが新人に余計なことを教えたりしないようにな」
とたっくんにくぎを刺しました。
B2君はなぜか
「君、将棋とか、囲碁はできる?」
と聞きました。
するとF35は
「僕、囲碁が好きですよ」
と言いました。
「本当に?じゃあやろうよ」
B2君の顔は明るくなりました。
…なんとその日、B2君は基地で初めて囲碁でナイトホークさん以外の人に負けてしまいました。
「えーっ」
B2君はびっくりしています。でもなぜか嬉しそうです。
初めて自分にかなう遊び相手ができたのでB2君は大喜びです。
さらにF35はB2君のカバンの中に図書館のシールを付いた本が入っているのが見えたので、
「この基地には図書館があるのですか」
と聞きました。
するとA10ちゃんとお茶会ごっこをしていたたっくんが振り返って
「漫画の本もコロコロもボンボンもないくそつまらねぇ図書館ならあるよ。なんなら今から連れてってやってもいいぞ」
と言いました。
F35はB2君同様読書も好きなようで本がたくさんある図書館はすっかり気にいったようでした。
「よーお、ガキども元気にしてるかぁ」
そこへサングラスをかけた、昭和のヤンキーのような姿をした小柄でやせ形の戦闘機が声をかけてきました。F16Cファイティングファルコン兄貴です。
「あんまりのんびりしてるとここの図書館には幽霊が出るって話だぜぇ」
「ひいっ」
B2君は縮みあがります。
「ハッタリだろ」
たっくんが言い返しました。
「今時幽霊なんていないわよ」
A10ちゃんが言いました。
「見たんだって。俺のとこの飛行隊のパイロットのモーガンってやつが」
「は?誰だよそいつ」
あきらかにうさんくさいのでたっくんは疑いの目を向けました。
「だーかーらー、そいつが見たんだって。なんでも夜中に図書館の出入り口にフライトスーツを着た男の幽霊が…何でもこの近くで墜落したパイロットに違いないって」
「ひぇっ」
B2君はガタガタ震えています。
B2君の恐怖が最高潮になった時、
「こらー!!」
とどなり声がしました。
B2君も飛び上がりましたがファルコンニキはもっと飛び上がりました。
アグレッサー部隊こと教導隊の隊長で鬼教官と呼ばれた戦闘攻撃機F/A18レガシーホーネット姉さんが怖い顔をしてファルコンニキの機首をつかんでいました。
「いてーっ」
「若い子を怖がせるんじゃないよっ!」
「からかっただけだって!」
ホーネット姉さんは無言でファルコンニキをにらみます。
「わかったよ!悪かったよ!」
ホーネット姉さんはたっくんたちに
「このバカの言うことをいちいち信じてはだめよ」
ホーネット姉さんはファルコンニキの機首をつかんだまま、図書館を出て行きました。
「幽霊なんて絶対いませんよ」
さっきまで黙っていたF35が言いました。
「今の時代そんなものが本当に存在するのならとっくの昔にその仕組みや中身が研究されているはずですよ。ほとんどが見間違いと思いこみでそれらしく見えるだけです。だからそんなものいないし安心していいですよ」
F35の言葉でB2君は震えていたのが少し落ち着いたようでした。
夕方になって暗くなったのでみんなそれぞれのハンガーに帰りました。
たっくんのハンガーの今日のごはんはコロッケ、豚肉と野菜の炒め物です。
ジェイムスン中佐はフライトの予定はない日はごはんを食べずに缶ビールを飲んでおかずを食べます。ビールを飲むときにお米は食べないのは今流行りの糖質制限ではなく、昔からの習慣なんだそうです。
「ね、さっきの幽霊の話本当かな」
「なんだ?幽霊って?」
ジェイムスン中佐が聞きます。
「うん、さっきだけどさ」
たっくんがファルコンニキから聞いた話をしました。
「はっはっはそんなもん出るもんか」
ジェイムスン中佐は大口をあけて笑いました。
「でもファルコンニキのところのモーガンって人が見たって」
「モーガンってのはファイティングファルコンのパイロットの奴か。あいついっぱしの編隊長にまで出世したってのにいまだかみさんがこわいと言ってる。そんなんだからビクビクしっぱなしで幽霊なんか見た気になってビビるんだろう」
「どういう意味?」
「なんでも怖いものが多すぎるとなんでも怖く見えてしまうってことさ。だからちょっとした見間違いでも幽霊に見えるってことさ」
「幽霊は見間違いや思い違いだってF35も言ってたな」
「へぇ、あいつ若いのにそんなこと言ってたのか。冷静な奴だ。もしかしたらお前より優秀かもしれないぞ」
「なんだよ、それ。でもああいう冷静を装ってる奴に限っていざとなったらビビったりするんだろうぜ。俺だったら幽霊なんか成層圏まで蹴り飛ばしてやるけどな」
たっくんは不満そうに言いました。
するとジェイムスン中佐は、
「ま、幽霊が図書館なんかに出るわけねぇだろ。もし俺が幽霊なら銭湯の女湯か映画館か野球場に行くけどな。死んでからも図書館で勉強なんかお断りだぁ」
とコロッケを食べてビールを飲んで笑いました。
「ははは。そうだよな」
たっくんも笑いました。
ところが次の日から困ったことが起きました。一部の人や飛行機が図書館での幽霊のうわさ話をしていました。
「あんたがひろめたんじゃないでしょうね!」
ホーネット姉さんはものすごく怒ってファルコンニキの機首を強く引っ張りましたが、
「俺じゃねーよ!なんかSNSで見た奴がたくさんいるって騒いでるみたいなんだ」
とファルコンニキは否定しました。
今は少ない人数でうわさしている程度ですが、集団ヒステリーでも起きたらたまったものじゃありませんので、ホーネット姉さんがジェイムスン中佐に相談に行きました。
「まさか幽霊がいるとは絶対に考えられないが、確かにデマが広がれば集団心理でパニックが起きたら大変だな。調査部門にそのSNSの発信者を洗い出してもらおうか。確か幽霊を見たのはF16んとこのパイロットのモーガンだそうだな」
「だ、だからそうだっつんてんだろ」
ホーネット姉さんに引っ張られたままのファルコンニキが言いました。
「モーガンが図書館の入り口で幽霊を見たって言ったんだよ!幽霊を見たのは俺じゃねーよ!」
そこでジェイムスン中佐はモーガン中尉に会いに行きました。
モーガン中尉は色白で面長な顔に赤毛のまだ非常に若い尉官でした。
基地の副司令官のジェイムスン中佐が来たのでモーガン中尉はびっくりしたようですが、幽霊のことを聞かれてとても暗い顔をしました。
「本当なんです」
「誰もお前が嘘言ってると言ってないだろ。ただ、お前にも見た奴が何人もいたと騒いでいるんだ。そのうちの一人として聞き込みをしたいだけだよ」
その頃、たっくんはみんなのところに雑誌を持って走ってきました。
「おーい!これを見ろよ!」
たっくんはみんなにスマホの画面を見せました。
『真夏の心霊写真総力特集 心霊写真募集中!優勝者には賞金30万円プレゼント!』
「図書館の幽霊を写真に撮って30万円もらっちゃおうぜ!30万円だと4人いるから1人あたり…」
「7万5千円です」
F35が言いました。
「幽霊なんていないとは思いますけど」
と付けたしました。
「や、やだよ、僕怖いよー」
B2君が嫌がりました。
「なんだよ、7万5千円あったら何でも買えるぞ」
たっくんはキャノピーに\マークが浮かびあがらんばかりにらんらんうきうきとしています。
「でもお金は関係なく楽しそうじゃない?」
A10ちゃんが言いました。
「幽霊が楽しそうだって?」
B2君は信じられない様子です。
「よーし、決まりだ。今日の夜11時に図書館の前に集合な」
「カメラは僕が用意しますよ」
F35が言いました。
夜になってみんなが集まりました。
「ねぇやっぱりやめようよ」
B2君は言います。
「幽霊なんて何か壁のしみのようなものを顔と見間違えただけですよ」
F35が言いました。
「とにかく中に入ろう」
「電気は付けない方がいいですよ。幽霊どころか人間に見つかったら僕らが怒られるかもしれません」
「よし、全員暗視カメラに切り替えよう」
たっくんが言ったので全員アビオニクスを暗視カメラに切り替えました。
幽霊に自分たちの姿が知られないようにたっくんとF35が先に進んで安全を確認し、後ろからステルスでないA10ちゃんとステルス機なのに怖がりのB2君がA10ちゃんに覆いかぶさるようにぴったりくっついてついてきます。
「でも先輩は勇気ありますね。先頭で平気なんですか?」
F35の呼びかけに
「なにが?」
とふりかえったたっくんのキャノピーは\マークが浮かびあがらんばかりにてかてかしていたのでF35はこの人はもうだめだと思いました。
「え?なにかしゃべった?」
A10ちゃんがB2君とF35に聞きました。
「ひぇっ」
B2君はもう涙をこぼしています。
「ん?別に何も聞こえねぇがな」
たっくんは返事しました。
F35がアビオニクスの集音マイクを使いました。聞こえてくるのはヴォ、ヴォ、かすかに聞こえる唸り声。
「おいこれ幽霊の声じゃ…」
たっくんの声は上ずっていてたっくんもA10ちゃんも慌ててスマホの動画録画ボタンを押しました。
F35も持っていたカメラの録画ボタンをスイッチを押しました。
B2君はかたかたふるえて動けません。
「僕の集音マイクからだとこの先の降りたところから唸り声が発生しています」
「よ、よし…2人ともついて来い。俺が先に行く…」
たっくんは上ずりながらも前に立ちました。
F35はたっくんはそこまでしてお金が欲しいのかと思いました。
B2君も本当は歩けなかったのですがA10ちゃんの尾翼につかまりながら引きずられるように進んでいきます。
たっくんを先頭に4人は電車のようにくっつきあってすすみます。
唸り声はどんどん近くなります。
「いいか、もし幽霊が襲って来たら基本のフォーメーションアタックで行くぞ。F35は撮影を頼む」
「う、うん。いつもの、ね。タイミングずれたらどうしよう」
A10ちゃんが返事したのでF35は
「基本のフォーメーションアタックって何ですか?」
基本のフォーメーションアタックとはたっくんが相手を軽いがすばやいレオキックでふっ飛ばし、吹っ飛んだところをA10ちゃんが重いアッパーカットで飛ばした後、その場にいる全員でその辺にある固いもので殴りつけるという戦法です。
「それってただの袋だたきですよね?」
「僕怖いー」
「B2君は何もしなくていいから。なにかあったら逃げて父ちゃん(ジェイムスン中佐) を呼んでくれ」
「ひへー」
「行くぞ」
ヴォヴォヴォヴォ…。
唸り声はどんどん大きくなり、集音マイクからだけでなくて直接聞こえてくるようになりました。
音は鉄の扉から聞こえています。
「1にのさんで開くぞ」
たっくんとF35とA10ちゃんが一緒に引き戸の取っ手を持ちました。
「いち、にの、…さん!」
ガラっ。
4人は一斉に真っ暗な部屋の中になだれ込みました。
B2君は目をつぶったまま入りました。
中は真っ暗。赤外線カメラで見てもなにもいません。静かにさっきの唸り声のようなものが一定のリズムで聞こえています。
「これってもしかして…」
F35がフラッシュライトを照らしました。
部屋の中央には大きな発電機があってそこから音が出ています。
どうやらここは動力室だったようで、唸り声はこの発電機の音だったのでした。
「なんだよこりゃあ。幽霊ってこれだったのかよ」
たっくんは怒りだしました。
B2君は完全にへたり込んでいます。
「ん、ちょっと待って下さい。今僕の赤外線レーダーに生体反応があります。このすぐそばの部屋です」
F35が手持ちのタブレットを覗き込んで言いました。
「今度こそ幽霊か!」
たっくんは壁から立ち上がりました。
「やめてよぉ」
B2君は涙と鼻水でぐしゃぐしゃです。
「よし、行くぞ!」
たっくんが張り切りだしました。
「俺達が幽霊の謎を解くぞ!」
幽霊の謎を解くためというよりあなたは7万5千円のために決まってるでしょうとF35は内心思いました。
「そう、だよね。ここまで来たら行かなきゃ」
A10ちゃんがたっくんの呼びかけに答えました。
「う…僕も怖いけど行く」
B2君も言いました。
「よし、俺に続け―!」
たっくんを先頭に再び4人は電車のように連なって生体反応のある部屋へ行きました。
その頃、ハンガーのお茶の間でテレビを見ながらゴロゴロしていたジェイムスン中佐のところに訪問者がいました。
F16Cのパイロットのモーガン中尉の奥さんです。
怖いかみさんだと聞いていましたが小柄でおとなしそうな人だったのでジェイムスン中佐はびっくりしました。
「こんな夜遅くに主人が夜中に急にいなくなってしまったのです。今日は退勤してからずっと家にいたのに。もしかしたら極秘の任務でも受けたのかと心配で心配で…」
本当に心配しているようなので女性に頼まれて断れないジェイムスン中佐はF16の飛行隊に聞いてみてくれましたが、モーガンは今夜のシフトから外れていたし、何か特別な任務を仰せつかった様子ではありませんでした。
「どこか1人で遊びに行ったのではないですか?」
ジェイムスン中佐が言いました。
「そんなはずはありません。あの人は今までそんなことがありませんでしたから…」
奥さまは本当に落ち込んでいるのでジェイムスン中佐は困ってしまいました。
とりあえず朝まで戻らなければもう一度考えましょうとジェイムスン中佐は奥様を帰しました。
ところが困った問題というのは重なることが多いのです。
入れ替わりのようにホワイト少佐が入ってきました。黒人ですらりと背が高い人でスキンヘッド,新しく就任したF35の飛行隊長です。
「中佐,失礼します。私のところのライトニングがハンガーからいなくなったのです。就任して以来ライトニングは中佐のところのラプターといつも一緒にいますから中佐なら何かご存じではないかと」
「おい,ちょっと待ってくれよ」
嫌な予感がしてジェイムスン中佐はたっくんのハンガーへ行きました。
案の定たっくんのベッドはもぬけのからです。入口と反対側の窓が開いていたのでどうやらここへ抜けだしたようです。
「道理で変だと思った。今日はやたら夜更かしせずに早めにベッドに入ったのはおかしいと思ったんだ」
ジェイムスン中佐はあきれましたが,ここ数日のたっくんの細かい言動を思い出すことにしました。
「そうか,分かったぞ,あいつの行先が」
その頃、たっくんたちは確実に赤外線レーダーの発信源に近づいていました。B2君は目はつぶって相変わらずA10ちゃんの背中にもたれかかって引きずられるようになっています。
そのとき、ぼんやりと小さな光が見えました。
「ひとだまか?カメラon!ライトoff!」
たっくんがそういうとF35はカメラのライトを切って光の方に向けました。
「…あれは…人間の形をしています!フライトスーツを着ていますよ」
「よし、そのまま撮影し続けろ」
たっくんは自分もその光がある方を見ようとしました。
そのときです。
「こっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ものすごいどなり声を聞いてたっくんもF35もA10ちゃんも飛び上がりました。
同時に廊下の電気が付いて辺りが明るくなりました。
そこにいたのはジェイムスン中佐です。
「お前らまーたいたずらして。お化けなんかいるわけないんだよ」
そのときです。
幽霊だと思われる人影がこの瞬間にものすごい速さで廊下の奥へ走り去ろうとしていました。
「あっ、待て!!30万円は俺のものだッッ!!」
たっくんは瞬時にダッシュで人影を追いかけました。
この期に及んで賞金を狙うつもりです。
壁に追い詰められた人影は普通の人間でした。
「あっ、あれ?誰だオメー」
たっくんは立ち止まって相手の顔を見ました。
「やっぱりな…モーガン、こりゃ一体どういうことだ」
ジェイムスン中佐はモーガン中尉を見て言いました。
モーガン中尉は何か言いにくいことがあるのか黙っていました。
「やいっ、30万円よこせ!!」
たっくんは全長18.92メートルの体でモーガンを揺さぶりました。
そのとき、モーガン中尉の体から箱が落ちてきて中身がバラけました。
散らばる福沢諭吉。
たっくんはモーガン中尉そっちのけでお金を拾い集め始めました。
たっくんはすばやくお金を数え始めました。
「20万円あるぜ!」
「この幽霊騒ぎと金と何か関係あるのか。聞かせてもらおうじゃねぇか」
ジェイムスン中佐は隣のテーブルと椅子のある部屋にモーガンを座らせてから話を聞きました。
なんとこの20万円はモーガン中尉の苦労して集めたへそくりだったのです。
モーガン中尉は昔初任給をもらったばかりの頃パチンコに没頭して独身時代から積もり積もった借金を奥様の独身時代の貯金を補てんして完済したのですがそのせいで全ての給料は奥様にボッシュートされてしまいました。自宅は基地内の家族向け官舎に住んでいるので常に奥様の監視があり、小遣いも少なく、二度と借金をしないように財布も通帳も全て奥様が管理していました。それでもあるときは賞与をせっせとためこんで20万円もの現金ができたのはいいですがこれが見つかってボッシュートされることを恐れて基地内の図書館の絶対にわからない場所に隠しておいたのです。そしてまことしやかに幽霊の話を広めておいて人を寄せ付けなくしたつもりでしたが、心霊写真コンテストの賞金欲しさにたっくんが押し掛けてきたのが間違いでした。
すっかりうなだれて元気をなくしたモーガン中尉の肩をたっくんは
「30万円!30万円!おいっなんとか言いやがれ!」
と叫んで揺さぶり続けています。
ジェイムスン中佐はためいきをつきました。
「ったくくだらねー話だな。あんたの嫁さんにどうやって説明するかだ」
「えっ」
モーガン中尉が顔を挙げました。
「あんたのことすごく心配してたよ。かわいそうなくらいだった。
「そう…ですか。私は彼女にとても悪いことをしたのですね」
モーガン中尉は幾分か落ち着きを取り戻して言いました。
「彼女に…謝らなくっちゃ」
「ええっ、じゃあお金のことはなしちゃうのかよ」
たっくんは信じられないと言った顔をしました。
「世の中には…お金より大事なことがたくさんある。それは家族なんだ」
モーガン中尉は言いました。
図書館の外には連絡を受けモーガンの奥様が心配そうに待っていました。
「すまない」
とモーガン中尉は奥様にへそくりのことを正直に話して謝罪しました
「あなたが無事でいてくれたらそれでいいのよ」
奥様はそう言ってくれました。
ジェイムスン中佐は,
「奥さん,このモーガン中尉は同期卒業者の中ではファイティングファルコンの編隊長として1番出世しています。そりゃ,若い時は急に給料をもらった嬉しさでパチンコで一度は借金をしたかもしれませんが,あまりにも家計を締め付けると彼もつかれてしまって仕事にも差しさわりがでてしまうかもしれません。私からももう少し彼の小遣いにゆとりを与えてやってはくれませんかね。彼がもうパチンコはやっていないという言葉を信じてあげてもらえませんか?」
とズバッと言いました。
モーガン中尉は恥ずかしそうに目をそらしました。
奥様は,
「将来のため,彼が間違った借金をしないためとはいえ,私も少しお金に厳し過ぎたかもしれません。これからは夫婦でしっかり話し合ってお金の管理をしたいと思います」
と言ってくれました。
それからモーガン中尉と奥様は仲良く官舎の住宅へ帰って行きました。
「はぁーあ,30万円がパーだ」
たっくんががっくりと落ち込みました。
「なにが30万円だ。お前がけがしたら30万円で済まないんだぞ」
ジェイムスン中佐は言いました。
そういえばたっくんは3年前くらいにハワイのエアショーに参加したときにはしゃぎすぎてお尻を軽く打撲したときに治療費が1億8千万円かかりました。もちろんすべて税金です。
次の日,食堂に集まったたっくんとB2君とA10ちゃんとF35は昨日みんなが図書館の大冒険で撮った写真を見せあっていました。
どれも幽霊など写ってはいませんでした。
「こうなりゃフォトショップで何か編集して…」
たっくんはまだ賞金が諦めきれないようです。
すると,若い新卒兵たちが数人固まって入ってきました。
「いたぞ,ラプターだ」
たっくんを見つけるとこちらに近付いてきました。
「君達,図書館の幽霊をやっつけたって本当かい?みんなが噂しているよ」
と言いました。
「やっつけたっていうか…まぁもう幽霊は現れないだろうなぁ」
B2君が言いました。
「そりゃすごい。なぁお願いだよ。俺達の独身寮のトイレの屋根からきしむ音がするんだよ。気持ち悪くてさ。お礼は出すよ」
「だから幽霊なんていねぇって…」
たっくんが言いかけた時F35が,
「いや,どうせネズミか何かでしょう。簡単ですよ。ここでそれを駆除してお礼をもらった方が先輩ももらえるかどうか分からない30万円の賞金よりいいんじゃないですか?」
とぼそぼそ言った。
「んー。お礼っていくら?」
「4人で3000円でどうかな」
新卒兵は言いました。
「1人あたり750円ですよ,先輩」
「分かってる!今度は俺も計算した。750円なんかコンビニで肉まんとフランクフルトとジュースとマンガの雑誌買ったら何も残らねぇぜ!」
たっくんは顔をうつ伏せてテーブルをどんどん叩きました。
「あー,なら私アメリカンドッグにする」
A10ちゃんが言ってB2君に目配せしました。
「じゃ,僕はチョコがけオールドファッションとココアね」
空気を読んだB2君も言いました。
ちょっとだけたっくんが顔を挙げました。
「じゃ,そういうことでお受けしてもいいですね?」
F35が確認するとたっくんも
「しょうがねぇ,受けてやるよ」
と言いました。
「助かるよ!ほんと気持ち悪くてさ!」
新卒兵たちは喜びました。
ただ,この直後いきなり出てきたネズミにA10ちゃんがびっくりして現場の壁を30mm弾で穴だらけにして吹っ飛ばすお話はまたいつか別の機会に,です。
<おわり>