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CODEシリーズ

CODE ~虚なる魂・畏怖への憧れ~ 第2章

作者: ひすいゆめ

後編では、解決に向けて全ての能力者達が進んでいきます。

そして、真実も明らかになっていきます。

是非、楽しんで下さい。

第2章 閉ざされた危機


1.新参者


 「よう、カズに(はく)じゃないか。元気か?」

 「おう、正隆(まさたか)。元気、元気」

 「まぁ、こいつが元気ない、なんてことは何が起きてもありえないからな」

 「こいつは愚問だったなぁ」

 「おい、どういう意味だよ。…それより、マサ。これから白とある所に行くんだけど、お前も来なか?」

 「丁度、暇でぶらぶらしていたんだ。で、どこだよ、そのある所って」

 彼らは大学2回生。これが高校卒業以来始めての再会であった。()(すみ)(かず)国立(くにたち)白唯(はくい)は夏休みに久々に連絡を取って、これからある場所へ探検のために向かっていたのだ。

 「ほら、沈没したビル」

 和がそう言うと砂州(さす)正隆(まさたか)は顔色を変えて慌てて2人の前に立ちはだかった。

 「あそこは侵入禁止だろう。警察が封鎖していて、何回も調査隊が侵入して帰って来た者はいないのも知っているだろう」

 「だから、探検しようっていうんだよ。面白そうじゃないか」

 「白。馬鹿じゃないか、危ないことは止めておけ」

 「お前は来ないんだな。じゃあ、俺達だけで行くさ」

 正隆の制止を振り切って彼らは大通りの先を急いだ。

 しばらくして、ペントハウスだけが地上に顔を出してほとんどが地面の中に沈み込んでいるデパートの奇妙な光景に2人は唖然とした。他にもやじ馬が数多く頭を並べている。立ち入り禁止のロープの前には警察が数人警備している。

 「どうやってこの中を侵入する?」

 呆れながら白が和に向かって言った。そんな和は考えた振りをして、悪戯っ子の視線を向けて半笑いで口を開いた。

 「変装でもしたらどうだ?お前得意だろう」

 「そんなことをしたら、人から変態に思われるだろう」

 「何をいまさら」

 「どういう意味だよ、それ。それに得意なのは仮装」

 そうこうしている内に人ごみは疎らになっていった。それを見て白はあることを思いついた。

 「そうだ、警備している警察を一時的に誘き出して、その隙にあそこに入るんだ」

困った顔をして和は親指でペントハウスの周りの警備風景に指差した。

 「警察官が人手不足にも関わらず、あそこに3人も警備がいるんだぜ。簡単に3人をあの場からどうやって動かす?」

 すると、突然3人の警察官は呆然と立ち尽してしまった。まるで、空中の見えない何かを見詰めて金縛りにあっているかのようだ。

 「何か知らないけど、今だ」

 彼らはその隙に警戒線を突破して全速力で地上に突き出ているペントハウスの扉の中に吸い込まれていった。ドアノブを触った時に静電気が走ったかのようにビリッと指に電撃が走った。構わず中に侵入する。そこにはジュースの自動販売気とベンチがあり、電気は全て切れている。その時、白は戦慄を身体中で感じて先に行くのを躊躇った。

 「この階段を下りるのは止めよう。今ならまだ間に合う」

 「白。何をびびっているんだ?」

 階段に足を掛けた和は振り返ってそう言った。白はいつもの掛け合いの洒落もなしに真顔で首を横に振った。

 「何か厭な予感がするんだ。僕の勘が外れたことがあるか?」

 流石の白の緊迫した様子に足を止めた。しかし、和は構わず先を急いだ。彼にはこの先に行かなくてはいけないような宿命を感じ取っていたのだ。2人は最上階のフロアに下りる。真っ暗で階段室から差し込む淡い光だけが頼りだが、階段付近を離れると鼻の先でさえ見ることができないくらい暗闇であった。

 すると、背後に気配を感じた白は振り向き大きめの懐中電灯を照らした。後ろには脇腹から内臓が露出し、前頭部が陥没して血まみれの右足、右腕を折った若い男性が睨みつけていた。

 「わぁー!」

 その悲鳴を聞き付けて和がやってきた。そして、白を庇うように立ちはだかり構えて生ける屍の次の行動を待った。

 「早く逃げろ。そいつはただのお前達の想像しているようなゾンビじゃない。思考も意志もしっかりしているし、偽りの魂もある。なにより、全ての人間を殲滅することが目的だ。そして、人間の精神に影響を与えることができる。波動を放つこともできる」

 白と和は後ろを振り向くとそこには見知らぬ青年が立っていた。彼は工藤(くどう)(かい)といってCODEのメンバーである。勿論、CODEの力を持っている。

 ゾンビが歪な笑いを見せる。そう、彼は我々の思っているゾンビとは違いちゃんとした思考、知恵、そして理性も兼ね備えている。

 「お前達はまだ分かっていないのか?人間は存在すべきではない。だから、我々魂の破壊者が存在する。何より、『メビウス』の意志で我々が使徒として動いている。なぁ、分かるだろう?幾ら愚かなお前達人間でも」

 その潰れて緋色の液体で濡れた顔は裂けた口で空気の抜けたバリトンの声を発した。しかし、動揺している2人の隙を凄まじいスピードで駆け抜けて前に出ると両手を生ける屍の腹部に付けた。その途端、意表を付かれた『彼』は圧縮された空気の衝撃波を至近距離で受けることになった。広いフロアの向こう側まで飛ばされ壁に強烈に激突して、赤い液体の入った風船のように潰れてしまった。

 「至近距離で身体の損傷が激しかったから、これだけの破壊力を与えることができた。これからはこのように簡単にはいかないぜ。さぁ、早く逃げろ」

 しかし、白は頷いて階段の方に向かおうとするが和はその場を離れようとしなかった。何か憤怒や憎しみに捕らわれているようである。握り絞めた拳を小刻みに震わせて歯を食いしばっている。

 「何でこんなことになっているんだよ」

  突如、間を置いて和が叫んだ。白の足が止まり彼の心の内を察して憐れみを抱いた。

 「残念だけど、僕達には彼のような能力はない。あんな化物達と戦う術はないんだ。いてもあのゾンビになって人間の『敵』に成り下がるだけじゃないか」

 「そんなこと分かっている。でも、悔しいじゃないか」

 冷たい視線を彼らに向けた魁は次のターゲットに向けて歩き出した。後は彼らの問題で自分が彼らの行動を強いることはできないのだ。それにそんな暇もない。そうでなくとも周りで死んでいる者達が悪魔と化そうとしている。

 SNOWを探し出して死者への冒涜をこれ以上見過ごす訳にはいかなかった。

 諦めて白は和の肩に手を置いた。それを振り払い自分の無力さに心の中で嘆いていた。2人ともこれからの行動を考えつかなかった。

 「でも、奴らは損傷した身体だ。俺達で何とかならないか?」

 「無理だ。戦う術がないし、ゾンビの特殊な能力や性質は彼が教えてくれたじゃないか」

 「とにかく、出直すしかないな。武器すらないし、武術ん長けている訳でもないし。準備不足だ」

 「まだ、諦めていないのか…」

 階段室の光りのある方へ向かう。しかし、この崩れた建物の床が抜けてしまった。和と白は最上階から4階に落ちてしまった。彼らの下は丁度家具売り場のベッドがあった。それは歪な運命が彼らに起した奇蹟、或いは魂の破壊者達と素手で戦わせる運命だったのかもしれない。

 しかし、彼らはベッドで気絶している間に2人のリビングデッドが近付きつつあった。


 その頃、食料をDパックにまとめて真奈美の手を取り舜は駆け始めていた。階段室はすぐ側であった。ここは1階。言わば、地下5階にいるのと同様であった。ここから脱出するのは並大抵のことではなかった。2階、3階…。順調に先に進むことができていた。先ほど、1階にゾンビがいたのでSNOWはおそらくここに侵入した後、最初、最下階(地下1階)に向かい、そこから人間の遺体を悪魔に変えていったのだ。上階、彼らの頭上には敵、畏怖の根源はいないと舜は踏んでいたのだ。しかし、3階と4階の間の踊り場に明かに生存できない損傷を身体に持った年配の女性が現れた。

 「どうして…、そうか。彼女の力は至近距離ではなくある程度の範囲に及ぶのだ。だとしたら、ランダムに地下1階から5階までの遺体が魂の破壊者として蘇りつつあるのかもしれない」

 彼の考えは少し甘かった。そして、魂の力――夢の力に打ち勝つ能力、或いはSNOWCODEの力――を解放した。

 「ここは俺に任せて君は逃げるんだ。彼らはペントハウスの外までは追って来ない。早く行くんだ!」

 彼の叫びとともに彼から食料と懐中電灯を受け取った彼女はすくんだ足を無理矢理動かしてゾンビから庇う舜の脇を抜けて上方へと、自由と安全と安心の世界へと向かい転びそうになりながら駆け上がって行った。

 「さて、葵はどこにいるのかだ。まぁ、いい。その前にこのおばさんの身体を解放してやらないとな」

 「それはどうかな?坊や。無力なあんたに何ができるのかしら」

 腹部の潰れた彼女は血を滴らせながら不敵な笑みを浮かべる。

 「何故、そこまでいてメビウスは人間を滅ぼそうとする?自ら生み出し操ってきた自分の人形。飽きたから捨てるとでも言うんじゃないだろうな」

 彼女は笑みを消して憎しみに似た表情で――尤も彼女の頭部の40%は陥没している為に表情というものが鮮明に見て取ることができないが――もう少しで折れそうな首をゆっくりと、そしてぎこちなく横に振った。

 「メビウスの意志は運命の完全な統治。でも、それができなくなったのよ。人間がメビウスの管理を越えてしまったの。最初はサブリミナルコードくらいで操作可能だった人間は我々のCODEの力を持ってしても、その道を修復することができなくなっていたの。貴方達みたいなSNOWCODEの能力者や、心の闇がもたらした特殊な超自然な能力を持つ者。CODEの真理を発見、理解し我々よりも巧みに操る者も現れたのだ。あんた達は他に普通の人間以上に定められた運命――メビウスの意志――の不確定要素と成り下がってしまった。

 分からないでしょうね。我々は残虐、殺人嗜好でもないし、悪意からの行動でもないの。なにより、(ロー)に属する我々が邪気や悪意など持ちようがないのさ。まぁ、善悪の概念や判断は人間の思考から生まれる泡沫のようなものだけど」

 「善悪のそのどちらでもない者でないと人間がCODEの力を理解して操ることができないのと同様だな。それはこちらとしても好都合だけど。邪悪な者がCODEの力なんて使えたら目も当てられない地獄と化すだろうな」

 「そうならないようにメビウスが導くだろうけど。でも、どうしてだろうねぇ。人間があのままメビウスの統治の下で運命に流されていたら、何もこんなことになっていなかったのに」

 「そうなる運命だったんだよ。メビウスの上にある運命、否、メビウスは運命なんかじゃなく、メビウス自体、運命の統治下の存在だったってことさ。奢り高ぶっていたに過ぎないんだよ。人間滅亡すら意味がないんだ。メビウスこそ自分の上に運命があり、それに従うことを理解すべきだね」

 彼女の様子がおかしくなった。舜の言葉が彼女に同様を起しているようだ。さらに彼は続ける。

 「だって、そうだろ。人間が操れなくなりお前達、魂の破壊者が使者として召喚されてCODEで人間をどうこうしようとしたができなかった。それどころか、さっきお前が言ったように俺達のようなお前達、魂の破壊者の能力より上まる力を持つ特殊な能力を持つ者達が多く発生して、しかも、現に今もこうしてお前達の計画を阻んでいる。そして、この大いなる闘いすら俺達が勝利するだろう。それも全てメビウスの上の運命なんだよ。メビウスこそ奢りをなくし、運命を知れ。虚なる意志、哀れな存在よ」

 そう、メビウスの使者、彼女達、魂の破壊者も存在してはいけない哀れな存在であった。彼女は精神的に舜に追い詰められてしまった。

 「メビウスと意志を交わす手伝いをしてくれないか?俺は全ての存在を救い、全てを丸く収める自信がある」

 彼女は首を傾げて考え込んだ。その間、舜はその首が折れて落ちないか冷や冷やしていた。そして、彼女はうむと唸り、深く頷いて手招きをして彼を導き出した。4階に上がると暗闇でも目が効くかのように、迷わず一直線に事務室へと向かい始めた。


 数々のゾンビを倒しながら、ジンと魁は2階の紳士服売り場にいた。彼らは連続する死闘にかなり傷付いていたが、そんなことにも構わずCODEの力を駆使してSNOWを探していたが一向に見つからない。これ以上、ゾンビ、使者に宿る悪魔を増殖されて困る。一刻も早く彼女を2人は見つけたかった。その時、ある感覚が彼らを捉えた。魂の破壊者に似た気配。しかし、夢の力に打ち勝つ者の感覚にも似ている。

 「間違いない、SNOWだ」

 足を止めて魁が呟くとジンは頷いた。しかし、近くには誰もいない。床にはたった今倒した3体のゾンビの成れの果てが転がっているだけである。

 「どこにいるんだ?近くにいるのは確かなんだが」

 懐中電灯のスポットライトはサーチライトと化して右往左往している。しかも、彼女は能力を建物全体に放っている為にピンポイントの感覚での居場所の感知は困難だ。すると、ジンは指を右の方向に差した。その方向を見ると、翔と平太がゾンビから走ってこちらに駆けて来るところであった。

 「早く、仰になれ」

 「そんなこと言っても…」

 「仰の感知の力がないと、この先、葵の場所も分からないし、この戦いに終止符を打つことはできない」

 その言葉を耳にしてジンは魁と視線を合わせた。そして、手を平太の額に向けた。すると、平太は急に意識を失い倒れ掛けた。その途端、バランスを持ち直し表情も全体の雰囲気、様子ががらっと変わってしまった。そう、ジンのCODEの力が仰を呼び覚ましたのだ。

 「SNOWの居場所は4階だ」

 その声と同時に全員は階段に向かって駆け出した。もうこれ以上、哀れな死人を増やすのは避けたいという彼らの思いは一緒であった。

 

 

2.亡者の追っ手


 白は目を覚ますと2人のゾンビが目の前に来ていた。

 「カズ。早く起きて」

 無理矢理和を叩き起した白は間一髪のところでベッドから飛び退いた。刹那、2人の悪魔はベッドを衝撃波で叩き潰してしまった。和はすぐに現状を把握して白と走り出した。彼らにはゾンビには勝ち目はないことは重々承知であった。流石に折れた足では早くは追ってこないだろうと和はたかを括ったが、彼らは少し宙を浮いて素早く追ってきた。

 「白、あれを見ろ」

 階段室が3m先に見える。しかし、T字の通路の反対方向に少女が蹲っていた。

 「彼女は傷1つない。ゾンビじゃないぞ」

 「騙されるな。これだけのビルが地面に埋るくらいの衝撃だよ。周りに他に生きた人間を見た?僕は騙されない」

 「彼女もゾンビ?否、違う」

 「でも、今は僕達には助ける力はないんだ。自分達すら逃げることがやっとなのに」

 背後には2体の死人が凄まじい早さで迫ってくる。和は近くの棚を通路に倒しバリケードを作る。そして、冷静に考えて白の意見がその時、適当に思えた。

 再び走り出して少女とは反対の方向に走っていった。そして、階段を今まで走った中で1番早いのではないかと思われるくらい、精一杯足を動かした。息がやけに苦しい。

 やっと5階に戻る。ゾンビがペントハウスへの階段を塞いでいた。

 「あと、もう少しなのに…」

 白がそう諦観的に呟くと、諦めない和が飛び蹴りをゾンビに放った。彼は意表を突かれてバランスを崩して倒れた。その隙に彼らはそれを飛び越えて、全速力で階段を昇る。3段抜かしくらいの勢いでやっと窓の見える場所に着いた。追っ手はすでに手の届く所まで来ていた。

 2人は同時に出口を開けて飛び出してすぐにドアを閉めた。ゾンビはそのドアに勢いよくぶつかり、得体の知れない液体をドアに飛び散らしていた。短い時間であったが太陽の光がやけに懐かしく思えた。そして、やっと安全地帯に来られたことを実感して胸を撫で下ろした。2人とも心臓がまだ高鳴っている。息が思った以上に激しく乱れている。

 2人が平静を取り戻すのにしばらくかかった。そして、ペントハウスの中に諦めたのかゾンビの姿がないのを確認して和は悔しそうな表情を見せた。

 「あいつらは農耕民族だ。それはDNAで肉体的にも精神的にもそれを受け継いでいる。だから、精神的に弱い。その身体に宿っているあの魂達はそのDNAの影響を少なからず受けるはずだ。しかし、俺は違う。農耕民族もそうだが騎馬民族の血も流れている。中国人のハーフだからな。そんなに柔な精神は持ち合わせてはいない」

 「戻っちゃ駄目だ。和が殺されるよ」

 「でも、あそこには女の子がいたんだ。放って置けない」

  白はそれに言い返すことはできなかった。

 「僕が和をみすみす見殺しにできる訳ないだろう。それにここを封印しないとあいつらが外に放たれてしまう。人類全体を危機に落し入れても成功率の少ない1人の女性を助けることが得策とは思えない」

 「大勢を助ける為に最小限の犠牲…。俺だって分かっているんだ。…分かっているけど、心がどうしようもないんだ。俺は例え不可能でも人類全体もあの子も救いたいんだ。僕にどれだけのことができるか分からないけど」

 「もう、僕は何も言わない」

 「ありがとう。それじゃあ、俺が中に入ったらドアを閉じて封印をしてくれ。もし、俺が彼女とここに来たらすぐに開いて閉めるんだ。必ず、戻ってくる」

 すると、首を横に振って諦めたように頷き、白も覚悟した表情を見せた。そして、一緒に飛び込む態勢を取った。

 「お前…、どうして?」

 「僕も限りなく0の確率に賭けたくなってね」

 「自分から死に行くなんて、馬鹿だな」

 「君ほどじゃないさ。…さぁ、行くよ」

 「グッドラック」

 振り返り笑顔を見せた和は覚悟を決めたように再び地獄の中に戻って行った。


 ジンは仰、魁とゾンビの攻撃を掻い潜って4階のある部屋に入って来た。従業員用の事務室だろう。その時にはすでに翔の姿はなかった。彼は1人どこに行ってしまったか、ジン達は特に気にはしなかった。彼らはところどころ傷を作っていた。

 この緊迫した雰囲気の中で彼らは冷静に中を見渡した。そこには聖二がいた。マークの葵召喚が失敗した時点でここに来ていたのだ。

 彼はジン達の前に立ちはだかった。そして、息を飲んで言葉を放った。

 「あいつら、ソウルブレーカーって、何なんだい?夢の力、夢の力に打ち勝つ者、CODE、みんなどういうことなんだ?」

 その心の叫びに魁は鋭い視線を向けたが穏かに話を始めた。

 「まず、全ての事象に原因と結果が存在するってこと分かるか?今までの考え、概念を捨てて聞いてくれ」

 ジンは近くの箱に腰を掛けてその光景を少し離れて斜に眺めていた。

 「この世の中の全ての原因が1つの意志であるとしたら?全ての事象はその意志で操られていると考えて欲しい」

 「運命論者じゃないが、全ては理由があり偶然、矛盾は存在しない。全てが方程式なんだ。カオス理論でさえもな」

 ジンが口を挟んだ。優輝は視線でそれを制すると話を続けた。

 「そして、その全ての事象の操作を容易にする為にある種の制約を作った。物理、方程式、自然現象。その中の人間を操るには少々複雑過ぎたので、その精神に直接働きかけることで人間を誘導して操った。人間は外から影響されやすいからね。催眠、サブリミナル効果、暗示、宗教、尊敬する者、慕う者の意見、占い、信じる者の言葉、信じている事象の全て。それらから人間が影響されやすく操り易いことがわかる」

 「夢の力…」

 聖二がそう呟いた。ゆっくり魁が頷くと言葉を連ねた。

 「そう、夢の力もその1つだ」

 一瞬沈黙があったが、彼は間を持って続けた。

 「例えば、くらげの動き。これも不確定のようだけど理由がある。水の温度、流れ、くらげの運動能力。それを誘導するにはそれらの要素を変化させれば良い。水を温めて温かい方に誘導する。人間も同様だ。きっちり操ることはできなくてもそうし向けることはできる。その方法を僕らはサブリミナルコードと呼んでいる。虫の知らせ、勘、何となく思った考え、夢、本能。動物達の特殊能力でさえ。人間の能力の違いもそうだ。足の悪い人、動きの範囲を広めない為。その制約で自らの意志を満足させる。足の早い人。通常の人間の速さでは自分の意志を満足できないときにそうする。超能力等もそうだ」

 「俺達に自由意志は存在しないということだ」

 ジンの言葉を待って優輝は話をさらに進めた。

 「運命、神と言われる概念はその『意志』の垣間見た者が見たイメージだ。だけど、『意志』はそんなにいいものじゃない。不幸や自然破壊、邪悪な意識、戦争。そんなものを巻き起こしている者が神なはずはない」

 「その『意志』の目的は?」

 修兎が堪らず聞いた。

 「何故、そうするのか。それは俺達にも分からない。人間の概念では到底結論に辿り着くことはないだろう。そんなことはいい。問題はその『意志』の言いなりでいいのか、ということだ。あのソウルブレーカーの思うままでいいのか。そこで、この意志のサブリミナルコードを見ることでその操作を回避することができる。その意志の力『CODE』から抜けることで制約から外れ、君達の言う不思議な力、超能力を使用できる。そう、夢の力もな。ちなみに『夢の力に打ち勝つ者』というのはその『CODE』に影響されない者のことで、『意志』やソウルブレーカーが最も恐れる不確定要素であり、操ることのできない予測不可の存在なんだ」

 「全ての事象に原因がある。それを突き詰めると原因の末端は全て『意志』に集約される」

 そう言って立ち上がるとジンは魁の後ろに近付いた。

 「人の偽りも僕が学校に行くのも全てCODEのせいなんだ」

 聖二が素直にそう言うとジンは口を開いた。

 「全てはあいつのおもちゃで操り人形なんだ」

 「で、君達『コード』とその不思議な力とその『意志』の正体とそれと悪魔の人形達の関係は?ソウルブレーカーとは何なんだい?」

 すると、ジンはサングラスを人差し指で上げて質問した聖二の前に来ると顔を近づけた。

 「話を聞いていたか?その『意志』はメビウスといい、その使徒がソウルブレーカー、魂の破壊者だ。そいつが使うのがコード。コードはさっきの説明の通りの力だ」

 すぐに魁が割って入る。

 「そして、そのCODEを解明、理解した俺達はその力を使うことができるようになり、メビウスや魂の破壊者に対峙する組織を作った。それが俺達『CODE』だ」

 ぽかんとした表情の聖二に今度は魁は質問をした。

 「力使う時はどういう感じだ?」

 「無意識かな。強く念じたり意識したり、ましては欲があれば全然だめだ」

 「その通り。よくテレビや小説で強く念じたり、強い怒り、怯え、意志から特殊な力が発揮されるものがあるが、現実は集中して無心になった時に発揮できる。追い詰められたときに発揮できるのは、パニックになり無駄な思案がなくなり心が真っ白になるからだ。では、何故か。それは人間の意志や念にはCODEが影響しているからだ」

 そして、憂いを込めてジンは呟いた。

 「人間は生死さえ選べない。生まれ出ることも死さえも」

 「悪魔の人形だってそうじゃないか」

 そこで聖二が口を開いた。

 「いいや。人間に召喚させればいい。CODEは人間にサブリミナルコードで自在に操れるのだから」

 続いて魁も言葉を放つ。

 「彼らは人間の無意識という盲点を突いているんだ」

 その時、入り口が物凄い勢いで叩かれ始めた。彼は全ての説明をこの2人にしようと早口になる。この緊迫した状況でも伝えなければいけないその秘密とはなんだろうか。

 「全ての元凶はそのこの全てを操る意志『メビウス』にあるんだ」

 「メビウス…、確か、マークの持っていた石版にも書かれていた」

 聖二の言葉を待たずに魁が話を再開した。後ろではさらにドアが激しく叩きつけられている。

 「由来はその『CORPSEの書』の石版に示された通りだ。あれには魔術のことなんか書かれてはいない。あるのは物語だ。その中で生ける(リビング)人形(ドール)の章を独自にアラン・スチュワートが魔術書に訳しただけだ。SOUL BREAKERという魔術書の題名もアランの作り出したものだ。彼は『魂の破壊者』というあのメビウスの使者達の比喩を彼らの名前と誤解してしまっただけさ」

 魁がそこで溜息をついた。

 「コープスの書の作者は運命をメビウスの輪の形と考えていた。そう、『メビウス』というのは運命を示しているんだ。その形のメビウスの輪からその名が付けられた。まぁ、その石版もメビウスにある人物が刻ませたものだろうがな。まぁ、真実は今となっては分からないけど。ある人物を抜かして」

 そう、翔であればあの知りえない事象、物事を知る能力である『ヴィジョン』の力で知ることができるのだ。それが過去のことであろうとも。ただし、彼が自由に自分の能力を使えたら、の話である。

 ドアが破壊されて非難していた聖二の砦にゾンビ達が雪崩れ込んできた。ジン達は無意味な戦いを避けて事務室の奥の扉に駆け込んだ。すると、そこには美しい女性の蝋人形、SNOWと老婆のゾンビ、そして、舜が話しをしていた。追ってきたゾンビ達は足を止めて、彼らを召喚したSNOWの部屋に入ることはなく戸惑いを見せていた。

 SNOWはまるで何もなかったように会話を続ける。

 「そうね。確かに貴方の意見も一理あるわね。でも、もう止められないの。メビウスは全ての人間を滅ぼそうとする。その意志に私達も従う。それは決められた定めなの。誰もどうすることはできないのよ、例え、メビウスの計画、意図が失敗に終わるとしても」

 「メビウスに近い存在の君がそう言うのならそうなのかもしれない。でも、彼らは動揺している。自分の行動、メビウスに初めて不信を感じたんだ。その時点で君達はすでに定めから解き放たれたんじゃないか?もう、止めようじゃないか、この無意味な戦いや殺戮を」

 そこで腕を組んだジンがSNOWに近付く。流石に無視し続けるのを止めて彼の方に視線を向けた。彼は右手のひらを彼女に向けて最大の力を放つ。その意図に気付き、魁も同様の行動を見せた。そう、彼らは彼女からある要素を取り除き天使の性質の魂の破壊者、かつての『葵』に戻そうとしているのだ。彼女の魂を浄化するほど強い力はないが、上記のことならかなりの力を使うが何とか可能だろう。その時、彼女の中の昔の『葵』としての意識がジン達に力を貸した。彼女は邪悪そうな冷たい瞳の深い闇は失せて、鮮やかな硝子玉の瞳が戻った。

 「葵、大丈夫か?」

 「ええ、ありがとう」

 舜は額に手を当てて蹲るSNOW、否、葵を庇って立ち上がらせた。彼女は優しい女性に戻ったのだ。彼女もここにいる全員と同じ意図を抱いたはずだ。そして、全員の顔を見合わせた。全員の心は1つであった。

 「これだけの悪魔の魂を浄化するには、もう葵の力だけでは間に合わない。ここにいる全員の力を合わせるんだ。俺とお前(そこで舜は聖二に視線を向けて)、SNOWCODEの魂の力を最大限に解放。お前(次は仰に顔を向けて)はセンス能力を最大限に放って全てのこの建物の魂の破壊者の居場所を感知して、精神を導く力で俺達が放つ浄化の波動をピンポイントでやつら全員に当てるんだ。無駄に大切な力を使用しないように全て有効に使うためだ。最後に葵とCODEの2人はCODEの力で浄化の波動を放つんだ。時間がない、行くぞ」

 その前に真剣な顔で涙を溜めながら舜は葵に向かった。彼が何を言いたいかを知っているかのように静かに悲しそうに微笑んだ。

 「これが初めてじゃないから、全て分かっているから。心配しないで。これで休める」

 「ああ、この最大限の俺達の浄化の力を放てば仰は葵も魂の破壊者と見なしてターゲットにするだろう。勿論、君も失せる」

 すると、聖二は悲哀を込めて言った。

 「今、彼女にそんなことを言うことはないじゃないか」

 すると、葵は穏やかに首を横に振った。それを一瞥して舜は全員に向かって言うように口を開いた。

 「嘘も黙っていることも、都合のいいところを秘密にして勘違いさせることも、自分が真実と信じている虚偽を伝えることも全て同じ。残酷なことなんだ」

 「知ること、知らないこと。時にはどちらも必要な場合があるんだ」

 魁がそう言って力を放ち始めた。全員の特殊能力は、純粋で悲しい人が持つ人間に抱かれるもの。その力は魂の力で作動し始める。



3.運命を司る者


 女性を助けるために再度突入した白と和であったが、ペントハウスから下階におりてホールから進もうとしたが、すぐにゾンビに囲まれてしまった。遠くには少女、真奈美が蹲っている。だが、そこには翔がゾンビから守っていた。

 翔は確かに格闘にか長けていたが、倒してもきりがなかった。白達は勢いだけできたので対抗手段はなかった。それでもうまく動けぬ――彼らは人間の屍に宿ることで意志が鈍り、力を思考しずらくなる傾向があるようだ。人間の精神と肉体は密接に関係している。それだけではなく、人間には気やオーラ、DNAや人間の屍から意外にも多大な影響を受けてしまった。

 そのおかげで隙を突いて2人は彼らの間を抜けて翔達の方に向かった。しかし、彼女を守る加勢というより、少しでも戦力になる翔の側の方が少なからず安全という気持ちもなきにしもあらずである。

 しかし、翔と言えどもいつまでも何とかなる訳ではなかった。10人近くの原型を留めぬ者達に囲まれて手のひらを同時に生ける彼らに向けた。彼らは絶体絶命になった。

 「やっぱり、あそこで逃げとくんだったな」

 和がそう囁くと白は首を横に振った。

 「僕は後悔はないさ。もともと自分の美学のための行動だし、可能性は0だったんだから」

 「希望のない行動、ねぇ。まぁ、面白い人生だったぜ」

 すると、翔が2人に寄って耳打ちをした。

 「大丈夫。少なくとも、魂の破壊者は終わる」

 

 すると、周りに光の玉が飛び交い各1つ1つがゾンビ達に染み込んで体を光の柱に包まれて光は上昇していき魂を上界に戻していった。彼らの断末魔がところどころで起こり、哀れな遺体達はやっと解放されて地面に伏せていった。

 「やつらの力か。成功したようだ」

 白と和、そして真奈美は安堵とともに床に座り込んでしまった。それを冷たく見て翔は言った。

 「そんな悠長なことしてられないぞ。ヴィジョンではこれからこのビルの破壊はさらに進んでいく」

 それを聞いて3人は立ち上がり顔色を変えてよろよろと立ち上がった。

 すぐ上のペンハウスに上がって外に出ると警備をしていた警官が戻ってきていた。そして、4人はこっぴどく叱られることになった。とりあえず、事情聴取のために近くに止めてあったパトカーの方に連れて行かれた。


 「全てを司る完全なるCODE。アストラルコードさえあればメビウスを把握して殲滅することができるのに…」

 マーク・スチュワートが悲嘆に暮れながらコープスの書を読みながら溜息をついた。そして、最後の物語のところで視線を止めた。

 「そうか、メビウスはすでに自らも完全な上界の支配者でも絶対な存在ではないことに無意識に気付いていたんだ。そして、この書の最後に終幕の方法を記したんだ」

 石版を前に屈み込むマークの背中に呆れた視線を向けて修兎は小さく口を開いた。

 「最初から全てを読めたんだな。そして、解読も。まぁ、いいさ。聖二はうまくやっているかな」

役目を失った蝋人形を見つめながら修兎が呟いた。マークは微笑んでその人形を封印してその上にコープスの書を乗せた。

 「あとは大きなエネルギーが失われたあの地中の空間の崩壊からどう脱出してくるか、かな」

 「穏やかに言うな」

 魔術用の模様の上の人形の入った箱、石版は徐々に白い煙に包まれ始める。そして、全てが白い粉と化して散っていった。

 「メビウスの魔法で関係する物を消滅させたんだ。メビウスは全てを諦めてしまったようだ。彼らのおかげだな」

 「あとは、メビウスを消滅させるだけだろう。その方法はどう書いてあったんだ?」

 「それは今は言えない。でも、僕が実行するよ。先祖の過ちの償いとしてね」

 そう言うと、マークは少しの間過ごしたこのビルの殺風景の部屋から荷造りを始めた。


 気付くと真奈美は気絶をしていた。精神的に相当な無理が祟ったのだ。パトカーで病院に運ばれ、今は病室のベッドの上で安らかに眠っている。その中で彼女は過去の、心の中の夢を見ていた。

 自分の心の迷いを打ち明けると、精神が弱いと社会でやっていけないと酷く怒られたものだった。自殺願望を告げると特に叱咤が酷いものだった。心のSOSを逆の対応で突き刺す母親を真奈美は許せなかった。そして、ますます心を傷付けていった。

 そう、真奈美は母親に心のSOSを一蹴していたのだ。面倒で、自分に嫌悪なものは全て拒否していたのだから、娘の悩みだとしても相手にしなかった。否、娘に向けて反発さえしたのだ。

 昔は空想の世界に逃げ込んでいたのだが、ふと、これは空想の世界で自分の自由になり現実ではないと実感し、現実とのギャップに衝撃を受けて、それ以来彼女には逃げ場も味方もなくなったのだ。


 ふと、覚醒して白い天井を見つめると目から涙が流れていることに気付いた。隣には白と和が並んでうとうととしている。それを微笑ましく見てゆっくり起き上がった。腕にはブドウ糖の点滴が付いていた。

 「あれからどうなったの?」

 小さく独り言のように誰に訊くでもなく呟いた。すると、カーテンの後ろから舜が姿を見せた。それは穏やかな、しかしどこか解せないような表情を見て大体の結末が想像できた。

 ―――心を読むことができない。

 精神的ショックにより、読心術が使えなくなってしまったようだ。しかし、それでよかったのかもしれない。真奈美は微笑んで今までの出来事を一生懸命整理しようと必死に努めた。

 彼は眠る2人の隣に開いている窓側のスツールに腰を下ろすと、

 「あれから、全ての遺体から光の筒とともに悪魔の魂は天に浄化していったよ。…勿論、SNOWもね。で、力尽きた俺達はふらふらになりながら出口に急いだ。ジンいわく、一気に巨大なエネルギーが減少した埋没した建物はさらに崩壊を起こすってね。しかし、最上階で仰は力尽いて、もう少しという時に平太に戻ってしまった。…あの中には悪魔に対抗しうる特殊な力を持った仲間達がいて、多重人格でもう1つの人格がセンスの能力を持っていたんだ。

 で、普通の弱虫の男になってしまい、しかも魂の力を使い果たして歩くどころか脈も遅くなり始めていた。魂の力は生命エネルギー。命を使っているようなものだからな」

 そこで、ジンは静かに言った。

 『俺が全員を地上に位相移動させる』

 俺もその時に言ってやったさ。

 『ジンだって魂の力を相当使ったはず。もう、そんな大きなCODEを使用できないだろう、いくら結界を解除したとしても』

 そう、浄化の波動はあの建物の結界をも破壊していた。移動能力が可能になったのさ。でも、大きなエネルギーを使う。

 『俺は生きているだろう。魂の力は使える』

 『全て使い果たして死ぬ気か?』

 しかし、彼は俺の質問を無視して勝手に俺達を地上に移動させた。気付くと警官達の警備するペントハウスのすぐ近くの歩道に倒れていた。結局、ジンはあそこから出てこなく、さらに崩壊してあのデパートはクレーターと化した。文字通りぺちゃんこさ」

 「一緒に脱出して今もどこかで…。あの人、悪い人じゃないわ」

 真奈美は誘拐からすくってもらった時のジンを思い浮かべていた。心の中には邪悪なものは存在しなかったのだ。

 「脱出できていても、魂の力は残っているとは考えにくいが。残念だけどな」

 「その多重人格の人なら感知できるんじゃない?」

 「できないさ。距離と魂の力の弱さによっては感知できない場合もある。仰に感知の力がまだ残っていたらの話だが」

 「すると、その人も力をなくしたの?」

 「それだけじゃない。CODE、SNOWCODEの能力者以外は全員な。翔だけはどうなのか分からない。元々、あいつは心の闇の力とは違うようだったからな。何か特別な能力というか。あいつなら力は残っているかもな」

 そう言って重い腰を上げて横目で舜は言い残した。

 「とにかく、全ては終わったんだ。スチュワート家の本家も滅亡し、魂の破壊者は消え失せた。しかも、メビウスも混乱を始めている。彼は自分が運命と思っていたが、その自分をも従える上に運命が存在したのだから。もっと、早く気づけって」

 「認めたくないから、自由にならない人間を全て消したかったのよ。全てはメビウスのエゴ」

 その彼女の言葉に何も言わず病室を去っていった。



4.エピローグ


 明日馬は愛香としばらく会っていなかった。彼女は今や売れっ子のヴォーカリスト。CDをリリースすれば、必ずオリコン上位を勝ち取る。それに平衡し沢山の仕事が芋蔓式に様々な種類で彼女に圧し掛かる。

 まぁ、それでもよかった。彼女が多忙でも夢を叶えて楽しんで幸せであれば。それより、気になることがあった。2つの月夜見館の事件に巻き込まれたこと。そこで両方とも、人形が関わっていたこと。中でも、2番目には生きた人形が存在していた。と、いうことは一見普通の殺人事件に見えた1番目の方も、生ける人形が関係している可能性が大きい。

 今、火災で朽ちたその東北にあった月夜見の館に来ていた。その片付けられることのない瓦礫を探っていると、隠し扉が瓦礫の下の奥から見つかった。何故か耐熱性なのでその扉は原型を留めていた。それを開くと中からひんやりした空気が吹き出していた。

 中はコンクリートの階段が伸びていて暗闇の中に続いている。彼は意を決してゆっくり足を踏み込んでいく。いつも持ち歩いているペンライトを取り出して視界を確保すると扉が目の前に立ちはだかった。慎重にドアノブに手を振れる。ゆっくり回すが鍵が掛かっている為に開くことはなかった。

 念の為に持って来た少し固く太い針金を取り出すと鍵穴に差し入れた。しばらくガチャガチャ動かしているとカチリと小さな音がした。もう1度ドアノブを回していると扉はぎこちない音を立てて開いた。

 中は正方形の冷たく暗い空間で中に人形がアンティークの机に座らされていた。蝋人形だろうか、美しい女性である。

 そのガラスの瞳は悲哀に満ちている。そこに、背後より男性の話し声が聞こえ始めた。そして、燃えたホテルの瓦礫の周りで何か話をしている。

 そのうちエンジン音がけたたましい音を立てて遠ざかり始めた。ほっと胸を撫で下ろしたその時、今度は老婆と若い男性の声が聞こえた。英国訛りの日本語で何か妙なことを話している。

 その内、この秘密の地下室に下りてき始めた。彼は人形に向かって叫んだ。

 「もし、君も向こうの月夜見の館と同じように生きている人形なら僕の願いをかなえて欲しい。君達の秘密を知りたい。まず、この危機的状況を回避したい。助けてくれ」

 すると、魂のまだ入っていない人形は虚ろの瞳でゆっくり右手を差し伸べて光の玉を放った。彼は体を光の中に吸い込まれて消えていった。

 

 彼は真っ暗な空間にいた。時間も空間もない世界。高次元のそこは虚空というべきところである。…本来、肉体があると来れない場所である。

 「愚かなる定められぬ者よ」

 ぼんやりとした太い声が風呂場のように響いた。明日馬はあえて黙っていた。

 「全ては終わった。我が手は尽きた。しかも、迷いという混沌に犯されてしまった。この純粋である法の僕であるこの我がだ。何たる皮肉。嘆かわしいことである」

 「それで?時空を超えさせて僕に言いたいことは?」

 「君は父親の性質を受け継いでいる。彼はSNOWCODEの純粋な系統者である。その血を持って、君は我を消滅できるはず。どちらにしても我がいては人間は未来への道はない。無論、君達人間という不確定要素、我が力さえ凌駕する操れぬ存在がいる限り我は存在し続けることはできない。そう、我々は相容れぬ存在同士なのだ」

 「貴方はメビウス?」

 「かつて、そう呼ばれたこともあった」

 そして、一息入れてメビウスは少し大きく声を放った。

 「我を滅せよ。さすれば道は開かれん」

 明日馬は心から熱いものが溢れ始めた。そして、魂の力を全身全霊を込めて放った。光が彼の体の全てから溢れ出し、それが暗闇の空間に広がりつつあった。それは永遠に続いていったかのように思えた。

 どのくらいの時間が経っただろうか。明日馬は巨大な穴の前に立っていた。かなりの時間を越えたのは肌で感じることができる。

 目の前の穴がデパートの成れの果てであることに気付くのに30分はかかった。彼はそれを見て1言呟いた。

 「全ては終わり、また始まった」

 大いなる戦いは終焉を告げ、全ての収縮が始まったのだった。

 メビウスが消えた今、人間、自然、全ての事象、物は独立して運命に流され始めたのだ。真の混沌のごとくに…。しかし、全てが終わったと言えよう。

 ただ、スチュワートの末裔は完全に途絶えたわけではないことが何を意味するのかは、誰にも分からなかった。


                      END



初代ジンやCODEが初めて出てきたのがこの作品です。

今の設定の原点がこの作品で続々と出てきていて懐かしいです。

メビウスの存在等も出てくるので、設定が確立し始めています。

是非、この作品の後に後の物語を読んで欲しいです。

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