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貴方の恋愛ゲームには乗らない  作者: 岩月クロ
番外編:篠原先輩視点
9/11

03

 ピピピピ──ピピピピ──


「………………」

 無機質な音に、強制的に目を覚ます。

 こめかみを抑えながら、上体を起こす。部屋の真ん中に配置してあるテーブルの上には、昨日の夜に飲んで放置したままの酒の空き缶。換気も何も考えていなかったから、部屋にはまだそのにおいが残っていた。

 頭痛ぇな、と呟きながら、よたよたと起き上がる。酒、回ってんなあ。

「あー、くそ……」

 がしがしと髪を掻きながら、台所からゴミ袋を持ってくると、机の上の缶をそのまま流し入れた。


「何やってんだか……」

 自棄(やけ)酒とか、まさか自分がするとは思わなかった。


 どうやって家に帰ったのか、記憶が無い。

 帰り掛けに衝動的にコンビニに立ち寄り、カゴに酒を放り込んでいったことだけは辛うじて憶えている。机には、缶以外のゴミは残っていない。ツマミも無しに、ひたすら酒をかっ喰らっていたようだ。そりゃあ酔って当然か。

 キモチワル。口元を押さえながら、窓を全開にした。冷たく新鮮な空気が部屋へと押し入ってくる。


 枕元に戻り、携帯を手に取る。メッセージが数十件。内容は全て仲間からのものだ。

 中身を見ることも馬鹿らしく、布団の上に放り投げる。


 ──いや。


 単に、考えたくないだけか。

 おそらくその内容は、金曜の出来事に関連している。

『最初からなーんの感情も無かったですから』

 頭の中に、声が蘇る。


「でしょうねー」

 自嘲する。なんにもなかった。自分だって。……なんにも、なかったんだけど。

 やっぱり、重い気持ちなんて持つもんじゃない。辛くて苦しいだけだ。そのくせ忘れたくないんだから、始末に負えない。

 ──何も無かったとしても、彼女となんてことないような会話を交わす時間が、とても好きだった。

 ばっかじゃねぇの、俺。初めてちゃんと好きになる相手に、なんで到底叶わない奴を選ぶんだか。


 ああ、くそ。結局考えている。



「……出掛けよ」



 このままでは腐りそうだ、と財布と車のキーを手にしたものの、「この頭じゃ車なんて乗れねぇな」とキーは戻す。

 財布を尻ポケットに突っ込むと、手早く着替える。

 そういえば、上着を返してもらってない。彼女のことだから、なんだかんだ、返しに来るような気がする。その時が最後の会話になるんだろうか。なら永遠に返してくれなくてもいい。なんて、我ながら女々し過ぎる。

 はあ、とため息をひとつ。


 外に出る。さてどこに行こうか。人がいそうなところは嫌だ。万が一にも誰かに見つかりたくはない。

 となると、残る選択肢は数少ない。馴染みの喫茶店に行こうか。足を向けたところで、そこが彼女のアパートに近いことを思い出す。本人とご対面なんて、ますます御免だ。きっと隣にはあの彼氏がいる。




「だからって、俺のところに上がり込むな」




 半眼で睨んでくるサークル長、本名、(おさむ)──本名でも大して変わりないよな──の肩を無理に組む。「まあまあそんなこと言わないでさー」にこりと笑い掛ければ、「気色悪い。離れろ」にべもなく拒否された。

「ちぇ。相変わらず変なとこでお堅いんだからなー」

「なら来るな」

「まあまあまあまあ。あ、俺、お茶でいいよ!」

「あ゛?」

 すこぶる機嫌が悪そうだ。悪くさせたのは俺だけど。


「──で、なんだ?」

 目の前に置かれた茶を(あお)る。なんだって言われてもなー、と誤魔化していれば、「相田のことか?」とド直球で突っ込まれた。突然の攻撃に()せる。

 これでもトップだからメンバー間のトラブルには目を光らせているんだ、と胸を張る長。そりゃあご苦労なこって。

「だから変に遊ぶのは止めろと言ったんだ」

「あー、それな。まさにそれな」

 大体二日ほど前から考えていた。机に突っ伏せば、こう見えて優しい長は「ん、まあ、アレだ。やり直しはきくから」と目を泳がせながら下手くそなフォローをしてくれた。

 やり直し、きかないんだよ。

 余計に机にめり込む俺に、長は何かを察したようだ。

「……荒唐無稽な噂話かと思っていたが」声から読み取れたのは、呆れ、憐憫。「“本気”か」

 友達の恋を応援しろよ。常々、遊ぶな、ちゃんとした付き合いをしろ、人の気持ちをわかれ、って言ってただろう、お前。なら、喜べよ。……とは、とても言えない。仮に喜ばれても、怒りが込み上げてきそうだ。


「あー、まあいい薬になっただろ。次、頑張れ」

「うわ、軽! ひっどくね!?」

「でもフラれたんだろう?」

「フラれたけどさ!」

 自分で言葉にして、盛大に凹む。そう、はっきりとフラれた。フラれる以前の問題だったけれど。

「あー、なんだ……飲むか?」

「もう潰れた後デス」

 長の目は、より一層憐憫の色を強める。そうか、と小さく返答があった。その後、無言。お茶の追加が出された。泣いていいか、畜生。

「なんで上手くいかないかなぁ」

「日頃の行いだろうな」

 ごもっともだ。俺は少々(・・)悪過ぎる(・・・・)


「はぁ……もう恋とかする気になれない。軽くても重くても無理。もう無理。真面目に恋愛とか恋人とかやってるヤツって、なんなの。どんだけ精神力強いの」

「強かないが、それでも一緒にいたいんだよ」

 普段恋だ愛だとオメデタイ話をしない人物からの意外な言葉に、目を瞬かせる。首元には、チェーンネックレス。光る指輪。──ああ、こいつも真面目に恋愛してるクチか。

「……上手くいってるから、言えんだ」

「上手くいかなかったら、言えないのか?」

 自分の言葉をそのまま返され、面食らう。


 そりゃあ上手くいかなかったら、──ああ、違うか。

 上手くいかなくても、一緒にいたい。

 もし、それが許されるなら。


 弱いくせに。自業自得なくせに。すぐに傷付いて苦しくなるくせに。こんな想いをするくらいなら、気付かずに気楽に遊んでいたかったと、恨むことすらあるくせに。

 ──馬鹿みたいに、好きだ。



「んとに、馬鹿だ、俺」

「いいんじゃないか? 人間らしくて」

 突っ伏す俺の背中を、長がぽんと叩いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 結局日曜日も何もすることなくだらだらと過ごし、時に沈み、また沈み、──気付けぱ月曜の朝だった。憂鬱だ。

 無意味にスケジュール帳を開き、今日の予定を確認する。まだ寝ていられる。起きていても身体が重いだけだ、と布団に潜り込むが、しかし。

「……目が冴える」

 眠ることができない。

 仕方なく起き上がり、悶々と過ごすことにした。横になっていても塞ぎ込むだけだ。



 大学に着くと「あ、篠原先輩だ」「篠原先輩っていえばさー、金曜日……」とそこらかしこから聞こえてくる。人気者は辛いぜ。力無く軽口を叩く。

あの人(・・・)、カッコよかったねー」

「私見てない。ずるーい!」

 話題にのぼっているのは、彼女の彼氏のことだろう。確かに男の自分から見てもイイ男だった。しかし完全に他人事だよな、こっちの気も知らず。実際、他人なので仕方ないけれど。やれやれと首裏に手を回す。


 手持ち無沙汰で、逃げるようにスケジュール帳をまた開く。不意に、朝は気付かなかったことに気付いた。今日の予定欄の右下。踊るテニスボールのマーク。その隣に、小さな星がついている。

「今日、当番の日か……」

 彼女が来るはずがない。

 どうするか。逡巡したのは、本当に一瞬。


 噂は既に巡っているはずだが。好き好んで当番を買って出る者なんてそうそういやしない。それこそ、“みんな他人事”、だ。

 サークルが始まってから準備ができていないことが発覚すれば、責められる先は彼女だろう。より正確に言うなら、“責め易い”のが彼女なのだ。

 この上、自分絡みで“口実”を与えたくはない。


「……………………行くか」


 ぼそりと一人、呟いた。



 普段の準備開始時間よりも、少し早く。

 倉庫に着くと、腕捲りをする。さて、ぱっぱと終わらせて帰ろう。今日はサークルに参加する気分でもない。片付けは……長に押し付けよう。メールで「後片付け頼んだ。なんか奢る」と書き、送信。後でキレられそうだな。まあいいや。

 テニスボールの籠を外に引っ張り出している最中、背後から「あ……」と信じられないものを見たような声。首を捻り、そこにいる人物を認めると、自分の口からも同じ音が漏れた。


 彼女が立っていた。

 どうして。そう思う反面、納得もした。元々責任感が強そうなタイプだから、きっと放り出せなかったんだろう。上着のことと、同じだ。

 声を掛けようか。しかし、どの面下げてそんなことができるだろう。思い留まる。目を逸らして、サークルの準備を再開する。

 彼女の横を、無言で通り抜けた。


「準備、してくださって、ありがとうございます!」


 突然の大声に、驚いて振り返る。彼女はしっかり頭を下げていた。そんなことする必要が無いのに。

 俺が慌てている間に、彼女は「それじゃ、これで」と去ろうとしている。


 ──また俺は彼女の背中を見送るのか?


 頭が真っ白になった。

「待って、待ってくれ」何かを考えての行動ではなかった。気付けば、口を開いていた。恋愛が辛いとか、彼女に合わせる顔が無いとか、全ての原因が自分であることとか、全てが吹っ飛んでいた。「あと一回だけ話を」

 ただひたすら単純に。もう少しだけ話をしたい。それだけだった。


 話すことなんて、ともごついた彼女だったが、何か思うことでもあったのか、「一回だけなら」と了承してくれた。

 まるで奇跡だ。ひょっとしたら、噂話のネタにされた報復をされるのかもしれない。それでも構わなかった。




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