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貴方の恋愛ゲームには乗らない  作者: 岩月クロ
番外編:篠原先輩視点
7/11

01

 好き。嫌い。

 どこかの誰かは、その二つは非常に重い言葉だというけれど、俺はそうは思わない。

 好きだと言うことなんて簡単だ。逆もまた然り。

 だってほら、見てみろよ、俺に好きだと言い寄ってきた女の子はいつだって、数ヶ月後には別の男の隣にいる。

 『ゲーム』が終われば、ハイさよなら。泣いた子だって、結局のところ、心の奥底ではゲームを楽しんでいる。カワイソウなエンディング。カワイソウな自分。それを含めて、だ。


 俺の『好き』は軽い。彼女たちの『好き』と同じように。

 軽い好きをくれる女の子は可愛い。それでいいじゃん。何が悪い? フツーだろ。誰も重っ苦しい好きなんか、求めちゃいないんだ。



「今日の夜だっけ、新歓」

「今年は何人落とすつもりなんだよ、篠原」


 名を呼ばれ、ん、と反応する。そうだなーと顎に手をやりながら「今の時点じゃわかんねぇよ。新しいコ、何人いんの?」と首を傾げる。

「うわっ、コンプリートする気だよ、こいつ」

「悪いやっちゃなー」

 コンプリート。なんだか、称号みたいだ。

 けらけらと腹を抱えて笑う仲間たちと共に、指定された店に向かう。


 新人、割といるな。

 ──さて、誰からいくか。


「もうさ、美人でも平凡でもブスでも、結局落ちるんだから、誰からでもよくね」

 仲間の一人が、そう言って笑う。それもそうだな、と便乗した。

「ならこうしねぇ? 明日以降、初めて会ったヤツが最初のターゲット!」

 ゲーム感が増しておもしろいだろ? ニヤリと笑って言えば、「篠原クンったら、わーるーいーこー」と茶化された。


「そうと決まりゃ、顔憶えておかなきゃな」

「できんの? 人数割といんぜ?」

「俺の記憶力なめんなよ」

 ふんと胸を張る。「出た〜、才能の無駄遣い〜!」「別のとこで使えよー!」と野次が飛ぶ中で、新人の顔を順番に見ていく。



 ──それでも次の日に会った、相田菜月がサークルの新人だと認識できたのは、奇跡に近かった。たまたま記憶の片隅にあり、試しに話し掛けてみたら当たった。それだけだ。


 特別美人なわけでもない。強いて言うなら癒し系か。垂れた目が何かに似ている。ああ、あれだ、アライグマだ。


 ──アライグマ菜月(命名)が、一番目のターゲット。


 こいつならもう、一発で落ちんじゃないか。

 そう思って甘く誘ってみたのに、何故か彼女は勢い良く走り去って行った。なんだよあれ、人間に遭遇した野生のアライグマか。


「ま、初回は楽勝だな。圧勝、圧勝」

 仲間は、ターゲットが相田菜月だと知ると、にやにや笑った。



 ──その予想を裏切って、アライグマは粘りに粘った。



 俺に落ちないとか、なんなの。もはや人間は恋愛対象ではないのだろうか。それとも本当はもうとっくに落ちているけど、気を引くためにわざとフリをしているのだろうか。

(……の、割に反応が冷たいんだよなぁ)

 特に誘いを掛けるような視線や態度を取ると、目が一気に冷たくなる。本気でなんなんだ、あれ。理解不能。


「まだかよー」

「もう一ヶ月は余裕で経つぜー?」


 まさかの展開に、仲間たちも困惑気味だ。

「だーいじょうぶだって!」

 俺も余裕を見せつけるように笑いながら、内心では焦っていた。なんで落ちないの!?



 理由がわかったのは、そのすぐ後のことだった。



「──彼氏に怒られるので」



 答えることが恥ずかしいと言わんばかりにおどおどしながら、彼女はハッキリと口にした。

 ああ、略奪コースですか。下手したら相手の男に恨まれるかなあ。殴られるのは勘弁してほしいな。

 この時、俺はまだ悠長にもそんな構えでいた。


 ──すこーし不安感を煽って、彼氏との関係にヒビ入れて、すこぶる優しく振る舞って、その隙間に潜り込む。


 これまでにも使ったことがある手だ。どうやら彼氏の存在があった所為でなかなか落ちなかったらしい。まあ、ネタが分かりさえすれば、ゲームクリアに大きな障害は無い。


 初心っぽい反応をする彼女を、揶揄い半分で攻める。軽くジョブを入れるつもりで、彼氏は自信が無いんだね、と投げ掛けた。

 さて、勝手なことを言わないで怒るか、俺に同調するか。前者の怒りは、不安や不満の表れ。後者なら、もう彼氏の存在は薄いので、後は楽だ。

 ──彼女が見せたのは、困惑、だった。


 嫉妬をするのは、当たり前だ、と言う。

 陳腐でお綺麗な意見。

 嫉妬? それだって、一時的なもんだ。なんで彼女は、そんなものを大事にするのだろう。


「確かに篠原先輩より顔は良くないですけど」

 俺の疑問を察知したように、彼女は続けた。

「優しくて、私のことをちゃんと見てくれて、気にしてくれて、同じことで笑ってくれる人が──そんな人だから、好きです」

 何も特別性を感じない言葉。ありふれた、よくある言葉。なのに一瞬、言葉が奪われた。彼女から、目を逸らせなかった。


 普段から垂れた目が、更に細まって柔らかくなる。その瞳に、本当に愛おしいものを想うような温かさが灯る。

 これまで見たことがないくらい、優しい顔。


「本当に好きなんだね」


 思わず、唸るように呟いていた。

 はい! と満面の笑みで答える顔は、眩しくて。重たい『好き』は、もっと苦しく辛く、ちっとも羨ましくなんかないものだと思っていたのに。


 ──何故だか。


 思ってしまった。その表情が、自分に向けられるものであったら、と。



 いや、そんなものは、気の迷いだ。あってはならないことだ。

 否定するために更に彼女の元に通い詰めた。不用意に誘い出すことはできなかった。冷たい目に晒されたら、あの温かい眼差しとの落差にひどく苦しむような気がして。そうなったらもう“言い訳”など一切効かない。

 他愛もない話をした。そんなことしても仕方が無いだろう。そう思い込もうとしているのに──早く切り上げちまえばいい、とちゃんと思っているのに、ゲームとは無関係な会話が楽しくて。


 彼女は、話すことが特別得意ではないようだった。たどたどしい相槌。初々しい反応。彼女にとって未知のものを語れば、垂れた目を精一杯丸くして驚き、好奇心で目を輝かせる。素直すぎる感情表現。

 その全てに、どうしようもなく揺さぶられる。

 でもどれも、あの時の彼女の微笑みを超えるものではないことが、悔しかった。



 ──根底に潜む自分の気持ちを、自覚してはいけない。

 働いたのは、自己防衛本能か。



 しかし彼女と過ごす時間が、俺の本心を擽る。

 笑いながら箒を片付けに行く彼女の背中に指先が伸びる。寸でのところで我に返り、引っ込めた。


「それにしてもさ」

 無理に余裕を浮かべる。内心どれだけ余裕が無いか、なんて相手に伝わるわけがない。伝わってはならない。

「菜月ちゃんの彼氏って、迎えとか全然来ないよね」

 来なくて良かった。自分が興味を引かれる表情を、別の男が引き出すなんて、それはとても……否、それ以上深く考えるな。自分を制する。


「篠原先輩は、放置してても平気派じゃなかったですっけ? よそ見なんてさせない、って」


 なのに、そんなことを気にするんですか?


 表情が凍り付いた自覚があった。

 それは確かに自分のスタンスだったはずだ。

 “放置していても、大丈夫”。

『会える時間は限られているけど、きみは俺の傍を離れていったりしないよね? 会えない時間は切ないけど、その分、会えた時がこんなに嬉しいんだからさ』──恋愛ゲームが生む、ただの選択肢(セリフ)。興味があるなら戻ってくる。無いなら戻ってこないが、それでも構わない。軽い言葉。

 それで良かったはずだった。


 浮かんだ考えを振り払うように、反論する。

「俺なら良いけど、その男は違うだろ。するかもしれないし、よそ見!」

 彼女は俺の言葉を吹き飛ばすように笑った。

「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、円満ですから」

 それはよかった。返しながら、唇を噛み締める。幸せそうな彼女。それは良いことのはずだ。それなのに、どうしようもなく苛立つ。



 ──すればいいのに。

 少しくらい、俺を見ればいいんだ。




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