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01

「半年も経って収穫ゼロとか、ありえなくねー?」

「まあなー。でもアレ、もう少しで落ちると思うよ」

 決して聞きたくなかった会話に、私は自分の表情が凍り付いたことを自覚する。

 私はその場から走り去った。


「──菜月!」


 後ろから、あまりにも無造作に“私”を示す単語が放たれる。そう呼ぶことを許したつもりなんてないのに。

 走る。大学の入り口に立っていた人が驚いたようにこちらを見た。──それがよく知る人だと気付いた瞬間、私はその温かな腕の中に飛び込んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 私こと相田(あいだ)菜月(なつき)と、篠原(しのはら)(あきら)なる人物の出会いは、大学のテニスサークル──その新歓だった。いや正確には、その次の日か。


 一番初めに交わした言葉なんて、ちっとも憶えていない。それどころか、途中の会話も曖昧だ。当時の私は、結構、テンパっていた。

 だからその後に大学の廊下で、「昨日はドーモ」と話し掛けられた時も、“誰だっけ、この人”状態だった。


 綺麗なお顔をした青年だ。さぞやおモテになることだろう。

 こんな格好良い人と話したなら、記憶の片隅に残りそうなものだが、サッパリ覚えがない──後から思えば、本当に話したことなんてなかったのかもしれない、とも思った──。


 昨日、という言葉を頼りに記憶をさばくり、『昨日といえば新歓。新歓といえばたくさんの人と話をした(気がする)。つまりは先輩か同級生である』というなんの意味も無い結論に辿り着く。

 新歓と言われ憶えているのは、『後輩に歓迎の意をしめーす!』と叫んだゴリラちっくなお兄さんが変な踊りを披露していたことのみだ。

 彼のことを思い出せないと悟った私は、「あ、あー。新歓……ですよね。あはは、こちらこそお世話になりましたぁ、ははは」と目を泳がせながら、先輩でも同輩でも可な、無難を極めた返答をした。仲良くなる必要は無い。この場を乗り切れられたら、それでいい。

 挙動不審具合から完全に私の記憶が抜け落ちていることに気付いたはずだろうに、彼は「いえいえ」と当たり障りなく笑う。ニセモノくさい笑顔だな、と失礼な感想を抱きながら、私はこれ以上のボロが出る前にその場を離れようと一歩後退。


 しかしその姑息な手段が通じる相手ではなかったようだ。


「ねえ」

「はっ、……はい?」

 ビクリと震える子羊のような私に、ギラついた目を向ける狼のような彼。いや狼だってグルメなはずだ。だからこの捕食者のように見える目は、全て気のせいだ。多分。

「昨日、すごく楽しかった。もし良ければ、またご飯に行かない。……二人きりで」

 ゾクリとするほどの色香に、私は早々に()を上げた。なんか……キモチワルイ。

「わたくしめなどがそのような畏れ多いことは致しかねまする」

 言い終わる直前(・・)には、既にその場から逃げていた。まさに、脱兎のごとく! 言葉尻は相手に届いていたのか、どうなのか。

 相手もまさか大学で追いかけっこなんていう恥ずかしい真似はしたくなかったのだろう。追い掛けては来なかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あー、それ。三年の篠原晃先輩だよ」


 大学からの我が友人、清水(しみず)(れい)は私から特徴を聞くなり、即答した。しのはら、しのはら、と何度か頭に浮かべて見たが、ヒットしたのは某有名女優くらいで、『サークルの先輩=篠原先輩』という情報は私の辞書には無い。

 噴き出る汗の量が増えていく私の顔を観察していたらしい悪友は、「ふっ」と口元を上げて馬鹿にしたように笑った。

 ギッと睨むと、玲は即座に笑みを引っ込めた。


「でもよくナツ無事だったね。篠原先輩の前に出ると魂抜かれるって噂流れてるけど」

「んな大袈裟な」

 確かに綺麗な顔だったけれど、魂抜かれるって……。引き気味の私に気付いたのであろう玲は、「ナツの場合、身近にイケメンがいるから慣れてんのね」と結論付ける。



 そう、そうなのだ!

 このシンプル・イズ・ザ・ベスト! を()で行く私ではあるが、母と兄と弟は、私を嘲笑うかのような美形揃いだ。実際に嘲笑ってくるのは小生意気な弟くらいなのだけど。

 母の圧倒的な美貌を受け継いだ兄と弟は、私との血の繋がりを疑われるくらい、格好良い顔をしていらっしゃる。

 娘には、ほにゃーんとした顔をした父の血が、濃く流れている。

 だから友人を家に招こうものならば、大変なことになる。まず母が玄関で出迎えると「間違えましたぁ!」と友人が帰って行く。間違ってないよ。失礼な。なんとか誤解を解いて家に押し込むと、すごく聞きにくそうに、かつ申し訳なさそうに「連れ子だったの……? 苦労したんだね」と言われる。連れ子ではないが、苦労はしている、まさに今。しまいには──いや、この話はよそう。


 顔は全く似ていないが、血を疑ったことはない。

 何故かというと、それはとても単純で。


「お母さんは、お父さんのどこを好きになったの?」

「顔!」


 この母の存在があるからだ。

 父の好きなところを『顔』と言い切った美女──今時は美魔女、と呼ぶべきなのか──は、「頰と目の絶妙な垂れ具合! あの素晴らしさに敵う人なんてこの世にはいないわ!」とくねくねしている。

 顔ねえ、と私は鏡を見た。この顔に敵う人など、ごまんといるだろうに。

 ちなみにこの母の趣味は、兄にしっかりと受け継がれたようだ。母と兄に囲まれた場合、私は生意気な弟を捕まえて逃げることにしている。


 とにかく!

 この母が浮気をすることなどあり得ないし、浮気を許すことも無いだろうと思うので、私は誰になんと言われようと、血の繋がった家族だと思っている。



 玲は奇特な友人だ。

 周りが冗談半分・本気半分で母娘であることを疑う中で、一度も『血が繋がっていると思えない』などと言ったことはない。

 むしろ。

「ナツはお母さんそっくりだから、自分好みの顔じゃない場合ドーデモイイのかもしれないけどね」

 そんなことを言う。

「いやいや、格好良いと思うよ?」

「でも騒ぐ程じゃないでしょ」

「まあ……ねえ……」

 私はもっとダンディーな方が良い!

 という主張は心の中に留めておく。

「篠原先輩って、良い噂ばっかりでもないし、気を付けなね」

「あいよー」

 サークルが同じだ。接触する機会は少ないだろうが、ゼロじゃない。私は玲のありがたい助言を、しっかり胸に刻み込んだ。



 しかし事態は、思ったよりも深刻だったらしい。



 何が目的なのか、篠原先輩は私に付き纏い始めた──いや、自惚れではなく、本気で。初めは気のせいかと思ったけれども、何度か女性軍団からお呼び出しを食らい、『本気じゃないから勘違いして馬鹿な真似をしないように』というとても丁寧な、本当に丁寧な説明を受けたので──。

 幼気(いたいけ)な平凡女子をどうしようというのか。痛めつけて楽しんでいる説が、今のところ有力。

 たまに表に出てくるギラついた瞳に、私はサークルを辞めることも考えた。けれども、元々自分が興味があって入ったサークルだ。こんなことのために辞めるのも馬鹿らしい。




読んで頂きありがとうございます!

よろしくお願い致します。

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