「夕飯」
沙耶と話ながら歩いていると本当に家は近くにあった。
「一真さん、ここが家の私の家です」
沙耶は立ち止まると少し小さな家の前で止まり言った。小さいと言っても都会で育った自分の感覚であって周りの風景も広大なのでそう思ってしまったのかもしれない。
「本当に近くだな、こんなに家が少ないのに家が近所って奇跡的な確率かもしれないな」
実際にはあるいて十分ほどとはいえ、こんなに家が少ないからこそのお隣さんかもしれないが、家がない時点で奇跡的と言えるのではないだろうか。
「そうですか?確かに確率的にはそうかもしれませんけど偶然も起きてしまい際すれば逆に必然だったと思いますよ」
嬉しそうに沙耶は微笑んで言った。確かにそう思った方が現実的だし俺もその方が好みだった。
「そうか、起きてしまえばそれもまた必然か、じゃあ俺と沙耶が出会ったのもまた必然という事になるな」
俺もどこか嬉しそうな顔で言った。
「そうですね、これらよろしくお願いします。」
そう言って沙耶は鞄から鍵を取り出して家の玄関を開けて俺を招き入れてくれた。
「
どうぞお入りください、すぐにご飯の準備をしますね。一真さんは適当に寛いでいてください」
玄関を通ってすぎに入った部屋はリビングというよりお茶の間と言った方が適切な部屋だった。
「いや俺も簡単な料理くらいならできるし何か手伝うよ」
何もしないまま座っているよりはその方が良かったし、ただご馳走になるのも悪いと思った。
「大丈夫ですよ、料理は得意ですしお客様にお手伝いなんてさせられません」
一瞬で却下されてしまった。本当は手伝いたかったが沙耶の顔は遠慮というよりもっと違う顔をしていたので大人しく引き下がることにした。
「分かった、じゃあ悪いけど座って待たせてもらうよ」
「はい、30分ほどで出来ますのでゆっくりしていてください」
そう言って沙耶は満足そうな笑顔で台所に行ってしまった。
30分後に出来た料理がテーブルの上に並べられた、とてもこの短時間で作ったとは思えない出来だった。
「一真さん、それでは頂きましょう」
そういって客人用のお茶碗にご飯を盛りつけて渡してくれた。
「ありがとう、すごいな沙耶、この短時間でこんなご馳走を」
「お世辞がお上手ですね。そんなに褒めていただくほどの物ではないですよ」
そう言って、照れくさそうに微笑む沙耶だったが、お世辞とかではなく俺は心底驚いていた。しかも並べられた料理は和風料理の中では俺の好物がたくさんあった。例えばこの肉じゃがなんて本当にいい香りがしてとてもおいしそうだ。
「さっそくご馳走になっていいかな。この料理を見たらもうお腹が」
俺は両手を合わせて、正面を見たら沙耶も両手を合わせていた。
「「いただきます」」
2人は同時に言って各々食事に伸ばした。
「うん、すごくおいしい」
お世辞でもなんでもなくたた思ったことを素直に声に出していた。
「本当ですか? ありがとうございます」
やはり女の子なら自分が作った料理を褒められると嬉しいみたいで、沙耶も嬉しげに微笑んでいる。
「私はいつも一人で食べているのでこうやって誰かと一緒に食べる事が嬉しいです」
沙耶は当然のように言ったがそれと同時に俺の食事の手が止まった。
「……聞いても良い事か分からないけど、「いつも」って?」
両親が単身赴任だとか家庭の事情でとかでありえない話ではない。実際の一真の家でも陰陽師である祖父が遠征で家を空けることが多かった。しかし質問をした時に沙耶の顔を見て俺は分かってしまった。
きっとこの子の家族は……
「私の――」
「ごめん、変な事聞いたね。それより明日から行く最上高校ってどんな所?」
沙耶が何か言いかけたが聞いてはいけない事だと悟ってしまった、数十秒前の自分に後悔し多少強引でも慌てて会話を変えることにした。
「
え?……あぁ、はい」
沙耶はきょとんとした顔をしていた。数秒時間が止まったが気にせず話を続けてくれた。
「最上高校はとても良い所ですよ。ただこの辺の地元の人は他の高校まではすごく遠いので県外や寮生活をして行きたい人以外は大体最上高校に入ります」
「なるほど。確かにこの辺は言ってはなんだけど田舎だからな」
平然に装いつつ話の流れが変わった事に一真は安堵した。
「ですよね。都会から来た一真さんにとってこの村はどう見えました?」
沙耶も先ほどの事は気にした様子はなかったが何故か少し困った顔をしていた。
「来たと言ってもまだ数時間だからね。ただこの村には都会にはない物がたくさんあると思ったよ」
「都会にはない物ですか?」
「そう、例えばこの村に来た時に初めて思ったのが空気にも味があるという事。星も綺麗だし今まで雑音でしかなかった虫の声もとても新鮮に聞こえた」
俺は数時間前の自然を体感した記憶を取り戻した。
「そして目印になりそうな物が全くない」
そして途方に暮れている記憶もおまけでついて来てテーブルの上に項垂れた。
沙耶も苦笑い気味にこちらを見ている。
「でもこうして沙耶にも出会えたし、まさかこんなにおいしいご飯もご馳走になれるとは思っていなかったから。まさに旅先で出会う地元住民の優しさに感謝だよ」
そういって俺は両手を合わせて沙耶を拝んだ。沙耶は照れくさそうに慌てて両手の手のひらを前に出して言った。
「やめてください、私はただ当然の事をしただけです」
「これが当然の事なら世の中争いや悲劇は絶対に起きないな、沙耶は自分の優しさに自信を持って良いと思うよ。
……ありがとう沙耶」
俺は感謝の気持ちを込めて一礼し満面の笑みをした。
沙耶は恥ずかしげに俯き一真にも聞こえない声で言った。
「良かったです。……少しでも一真さんのお役に立つ事ができて」
「ごめん何か言った?聞こえなかった」
「どういてしまして。って言ったんですよ、これからお隣さんですから何か困った事があればいつでも行ってください」
「こちらこそ何かあれば言ってくれ。引っ越したばかりで何もわからないけど相談ならいつでも乗るから」
それからは2人とも残りの食事を終え、お茶を飲みながら時間がたつのも忘れ他愛もない世間話をした。壁時計が鳴ったので時計を確認したらもうすでに21時になっていた。
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ帰るよ。」
「そうですね、明日は登校されるのですか?」
「うん、明日から登校するよ」
「でしたら、明日の朝に迎えに行きましょうか?」
「ありがとう、助かるよ。実は学校の場所もまだ確認していなかったから」
「いえいえ、この辺からだと歩いて1時間かかりますけど何時にお向かいしましょうか?」
「最上高校は何時から出席を確認するの?」
「えっと、朝のホームルームで出席確認をしますが開始時間が9時です」
「最初に職員室にも挨拶に行かなきゃならないし、30分前には学校に着いていたいから7時30分でどうかな?」
「分かりました、ではそう時間にお伺いいたします」
「今日は本当にありがとう、それしゃまた明日」
俺は立ち上がり言った。
「はい、こちらこそ楽しかったです」
そう言って沙耶もこちらを見て微笑んだ。
そして俺も沙耶の家を後にする。5分後に家に帰るとまずは家の中の確認をした。じいさんが何もしなくても大丈夫とは言っていたが、しばらく放置していたのにそんなに汚れもなく水道も電気も使えたのでもしかしたら手をまわしてくれたのだろうか。そして風呂を沸かして明日の準備をした。
風呂あがると時間は12時になっていた。
「もう寝るか。明日は忙しくなりそうだし」
俺は布団を敷き、中に入ると目を閉じた。