5-3 襲撃と衝撃
なんと一ヶ月半ぶりの更新です。次はもっと早く更新します。できれば。
「敵襲じゃ!」
操縦席からジョンたちのいる第一貨物室へ入ったシャープは開口一番にそう言った。
ジョン、アーニャ、ペニー、シエルが一斉にシャープを見る。シャープは続けた。
「前方に<大蜂>の大群だ。空での戦闘経験が最も多いローシェが臨時でリーダーだ。指示をよく聞け」
ジョンは「俺の立場は?」と思ったが黙っておくことにした。人間関係に波風を立てないことは大事だ。
数秒後、船内の譜機械(スペルマシン。略してスペマ)でローシェの声が響いた。これの名前は『伝音機』という物で、無線や電話のようなものだ。
「<大蜂>の群れには約七十秒後に接触します。視認できる限りではポーン級が少なくとも百から二百。ルーク級の有無はわかりません。これから指示を出します」
そこでローシェが息継ぎを挟む。
「シエルは操縦席に、ペニーは砲撃台へ。准将とジョン、アーニャは第一貨物室で待機。ジョンとアーニャは准将の指示に従って下さい」
ローシェの指示でシエルは操縦室へ向かい、ペニーは天井への梯子を上り始めた。第一貨物室の梯子から船外に出ることができる。砲撃台は船の背中、ちょうどイルカの背びれのような位置にあった。
「砲撃、開始!」
「合点承知ってなもんよ!」
ローシェの合図とともにペニーの大声と銃声が聞こえてきた。
ちなみにペニーが砲撃台で撃ちまくっているのは<魔銃>という譜機械で、具象化結晶の弾丸をスペルで撃ち出している。強力な武器で、マテリアルの鎧で覆われた魔物でもダメージは割と通るのだが、残念なことに重量と反動の関係で携帯武器にするのは難しい。
「砲撃、止め!シールド、展開!」
<大蜂>の群との距離が縮み、ローシェが新たな命令を下す。
<魔銃>なら<大蜂>単体にけっこうなダメージは与えられる。しかし群全体を食い止められるか、と言うとそれは土台無理な話だ。射程距離に入ってからシールドを張るまでのわずかな時間にペニーに撃たせたのは一匹でも減らしたいというローシェの本音があったからだ。焼け石に水でもやらないよりマシ、ということである。ちなみにシールド展開中は内から外への攻撃も遮断されるので<魔銃>も使えなくなる。
ガガガガガガガガガガガ!!
大量の<大蜂>がシールドにぶち当たる音が船内に響く。ついでに殺しきれなかった衝撃もかなり船内に来てしまっており、ジョンたちはたまらず船壁につかまった。
シールドはつまるところラグビーボールのような形をした巨大な具象化結晶に過ぎない。それをキャシャラト本体につないでいるだけだ。シールドは攻撃を受け続ければ壊れるし、衝撃も緩和されてはいるものの船内に伝わるのである。
しばらくすると、地震のように続いていた揺れがピタリと止まった。直後、ローシェの船内放送が流れた。
「ルーク級の個体を正面に確認!総員、衝撃にそな・・・・・・」
ローシェの警告の途中で衝撃はやってきたが、警告が十分早くとも大して意味は無かったろう。知っていても到底耐えきれる衝撃ではなかったのだ。
シャープが吹っ飛び、ペニーは梯子から落ち、アーニャが宙に浮き、ジョンは操縦席への扉に叩きつけられた。
「うおっ!」
「ぎゃっ!」
「きゃっ!」
「ぐはっ!」
ジョンが打ったらしい頭をさすりながら貨物室のメンバーの様子を見た。全員深刻なケガは無さそうだった。そして振り返ると操縦席への扉が開いており、ローシェとシエルの姿が見えた。二人とも無事らしい。
そこまで確認してジョンはふと視線を上にずらした。フロントガラス越しに外を確認しようとしたのだ。
奇怪な物が視界を遮っていた。
それは巨大な一つ目の模様。誰かが壁に書いた大きな目玉のラクガキ。いくらかコミカルにも見えるそれはこの緊迫した雰囲気にひどく不釣り合いだった。
その巨大な目玉模様を持つ魔物がルーク級の<大蜂>であり、たった今シールドを破壊したのだとジョンが理解するまでに三秒かかった。
***
ルーク級、ポーン級とは、魔物たちを分類する等級である。ポーン級は雑兵、ザコに当てられ、ルーク級はとりわけ大きな個体や重量のある個体に当てられる。
ポーン級の<大蜂>は体長一メートル。昆虫の蜂としては十分に大きいが、ルーク級は体長五メートルである。小さいの巨大ロボ並の迫力がある。
五メートル大の巨大な具象化結晶の塊が正面から突っ込んでくれば堅固なシールドでも破壊されるのは無理のない話だ。しかしシールドも最後の意地くらいは見せてくれたらしく、<大蜂>はシールドの一部を破壊した所で亀裂に挟まった。じたばたと暴れる<大蜂>を見てローシェが声を上げる。
「あいつ、挟まったのか!?」
「そのようだな」
シエルが冷静に応える。そして顎に手をやって続けた。
「ふむ、攻撃するなら絶好のチャンスだな。奴はすぐにでも邪魔なシールドを破壊して中に侵入するぞ。そうなったらもう駄目だ。打つ手が無い。<魔銃>も効くまい」
「遠距離攻撃のスキルなら僕とペニーだが、威力が無いからトドメは刺す前に奴は抜け出してしまうな・・・・・・」
そこで二人はうーん、といって黙りこんでしまった。ジョンは思わず、
「え、終わり?」
と聞いてしまった。するとローシェが怒ったように答える。
「あの蜂を攻撃するなら砲撃台からです。ですが、<魔銃>はルーク級を殺すには役不足です。だからスキルでの攻撃を考えなければいけないのですが、遠距離攻撃のスキルでもかなりの時間がかかります。つまり我々には打つ手が・・・・・・」
「ある!!俺なら奴を殺せる!!」
ジョンはローシェの言葉を遮って声高に叫んだ。
「何を言っているんですか、ジョン?遠距離攻撃のスキルも持たないあなたが奴を殺せるわけ・・・・・・」
「できる!」
「どうして・・・・・・」
「俺は勇者だからな!」
そう言ってジョンはにひひ、と笑った。
「信じてくれ、ローシェ。俺は勇者だ。みんなを守るくらいのことはできる」
ローシェは自称勇者の顔を穴の開くほど見つめていたが、不意にため息を吐いた。
「・・・・・・わかりました。あなたを信じます。砲撃台へ行ってください」
「ああ、任せとけ!」
***
ジョンは砲撃台への梯子に手をかけながらシャープたちに、
「行ってくるぜ!」
と言った。するとシャープはグッと親指を突き出して、
「うむ、行くがよい!」
と言った。信頼されてるなあ、とジョンは少し嬉しくなった。
アーニャとペニーがぎゃーぎゃーと騒ぐ中、ジョンは砲撃台に上った。
周囲は全て透明なシールドに囲まれている。シールドを透かして青い空と海が見えた。魔物さえいなければ絶景なんだけどな、とジョンが心の中でつぶやく。
魔物、ルーク級の<大蜂>はまだシールドに挟まったまま身動きがとれないでいた。だが、亀裂が広がっているので抜け出してまうのも時間の問題だろう。
「化け物め、年貢の納め時だぜ!」
ジョンはそう言って右手を突き出した。
「召喚・紫電槍!」
宣言に呼応するようにジョンの右手に一本の槍が現れた。長さは約百九十センチ。スペルの書かれた擬木製の柄、先端には鋭い両刃を持ち、刃の根本には動物の毛のようなもさもさした塊がついていた。
召喚とかこの槍の詳しい話はまたいずれ。
ともかく。
ジョンは槍を構え、そのままの体勢でスペルを起動させた。槍の柄のスペル文字がぼんやりと鈍い光を放つ。
スペルを起動させるとジョンは槍を<大蜂>めがけて思いっきり投げた。
「突き破れッ、<紫電槍>!!!」
紫電槍はほぼ直線の軌道をとり、見事<大蜂>の顔面に突き刺さった。
突き刺さった槍は一度だけバチリと小さく鳴くと、船をも震わす咆哮を上げて<大蜂>の身体を食い破る雷と化した。
メキメキと轟音を上げて<大蜂>に絡みつく紫電の帯はさながら獲物を絞め上げる大蛇のようだった。
今回登場した魔法についてはいずれまた説明します。するはずです。