064⚫️他人事
彼は手を止めた。
ストーリーの構想を練る。
読んでくれるヒトは、数えるほどだがありがたい。
ふとテレビをつける。
ニュースだ。ああ、戦争が続いている。
また、民間人に犠牲者が。
テロップだけが淡々と数字を更新していく。
画面が切り替わり、空港での街頭インタビューが映し出された。
「もう、本当に迷惑ですよ。迂回ルートになってしまって、時間も費用も余計にかかるんですから。ええ、行きますよ。ずっと楽しみにしていた旅行なんですもの。」
一瞬、彼は呆然とした。
大勢の命が、大国の野望と相互不信の濁流に呑み込まれているというのに。
旅行。目的地。費用。・・・そんな意識でいられるものなのか。
だが、すぐに我に返る。
自分も同じではないか。
物流に支障が出る。物価が上がる。生活が厳しくなる。
それらはすべて、自分を中心とした「他人事の視点」だ。
実際にミサイルや砲撃に晒され、
愛する者を失っている人々の痛みを、
自分はどれほど想像できているというのか。
何もできず、ただ無力に祈ることしかできない。
かつて、ヒバクシャの語り部から聞いた言葉が蘇る。
「平和のために、それぞれの持ち場持ち場で、できることに取り組んでくださいね。」
その人は、もう亡くなって久しい。
最後にいただいた年賀状は、いつの分だっただろうか。
彼は拳を固め、冠橋義歯になった奥歯を食いしばる。
どちらも、力が入るほどに、空しさだけが指の間から零れ落ちていく。
・・・彼は、再びキーボードに指を置いた。




