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明日天気にな〜れ

作者: はたせゆきと
掲載日:2026/04/22

1.出会い

 

 その日、マヤは悲しみの涙にくれながら時間を過ごしていた。

 母から問い詰められても何も答えようとしないマヤは、ただ静かに涙を流し続け、声に出して泣くことさえ忘れていた。

 マヤが、とても大事に、そして可愛がっていたカナリヤがその日死んでしまった。


 マヤの大きな瞳から流れ落ちた大粒の涙がカナリヤの黄色い羽根を濡らし、虹色の光彩を放った。それでも、カナリヤはピクリとも動こうとはせず、マヤの掌の上で少しづつ硬く冷たくなりながら、確かに死んでいた。


 マヤがこのカナリアを飼い始めたのには、その以前の幾つかの出来事を話しておかなければならない。

 

 マヤは、母一人、娘一人の暮らしをしていた。マヤは、それをとても幸せに思っていたが、それでも、よその家族の話などを聞くと、やはり寂しいと感じる時も少なくはなかった。

 マヤが一生背負い続けなければならない運命の十字架、ハーフ。この時代、ハーフに対する風当たりは決して少ないものではなかった。そのことがマヤをあまり笑うことを知らない少女にさせてしまっていた。


 心の底から笑えるのは、マヤとは全く別世界の出来事であった。そのためマヤが無理に笑おうとすると、見知らぬ別の世界で引き起こされた出来事のように不自然さを感じさせてしまった。

 そういうこともあってか、マヤは感受性がとても強く、ちょっとした出来事にもすぐに涙を浮かべるような、そんな少女だった。


 『赤毛』『 青い目』『あいの子』など、彼女の周りの子供達からの心ない下げ済むような揶揄(からかい)にいつももじっと耐えていた。揶揄う子供達でさえも、混血の本当の意味を良くは知らなかったかも知れない。

 それでも子供達の好奇な目は、マヤにいつも辛い思いをさせていた。この頃のマヤ自身はハーフの持つ意味を十分には理解できない程度に未だ幼かった。


 マヤは、

  『 どうして、みんなと違うの?』

  『マヤだけどうして青い目をしているの?』

  『 どうして、髪が金色なの?』

  『 ママは、黒い目、黒い髪をしているのに 』

と涙ながらに母に聞いた。

 

 母は、ただマヤをじっと抱きしめて、

『 マヤ、ごめんなさい。全部おママが悪いの。マヤはちっとも悪くなんかないの。マヤのパパは、アメリカの人で、ママはマヤのパパが大好きになり、結婚したの。だけど、パパはね戦争に行って死んでしまったわ!』と言いながら一筋の涙を流した。


 マヤの父親は綺麗な金色の髪で、どこまでも吸い込まれるような綺麗な青い目をしていた。まるで、今のマヤのように、、、。


 若い時の感情で、マヤの父を好きになり、その恋愛を貫く為に親の反対を押し切ってその彼と結婚し、そしてマヤが生まれた。

 しかし、マヤの母はマヤが虐められる毎びに、自分が罪深く覚えて怯むのだった。


 マヤを出産する時、不安が全くなかったかと言うと嘘になるが、当時はマヤの父が、健在で、とても彼女に優しかった。

 そして彼女はマヤを出産した。当時、母は二十歳だった。マヤが生まれて3ヶ月後に父はベトナムへと出征した。そして運悪く戦死してしまった。それ以来、ずーっと母とマヤの二人で暮らしている。


 春の陽気な青空の下。今日は、何となく珍しく良いことが起こりそうな予感を感じながら、庭先でマヤは花の上で蜜を吸っている蝶々に話しかけていた。

 その時、垣根超しにカナリアを手に乗せた2〜3才くらい年上と思われる少年が、マヤをじっと見ていた。


 マヤは、そのことには気づかず無心に蝶と話をしていたが、不意に少年の持っていたカナリアが彼の手を離れ、マヤの肩に止まった。驚いた蝶は、マヤの視界から見えない所へと飛び去ってしまった。代わりにそのカナリアがマヤの視界を埋め尽くし、仕切りにマヤに囁きかけていた。


 一瞬だが初めての出来事にマヤは言葉を失い、飛んでいった蝶を追おうと、大きな水色の瞳で空を見上げていた。マヤの瞳の色と空の青さが混じり合い、少年は息を大きく飲み込んだ。マヤのブルーの瞳一杯に映り込んだのは、少年のあどけなさが少し残った笑顔と、少し弁解を乞うような黒い瞳の色だった。

 


 マヤは、一瞬たじろいで、慌てて家の中に入ろうとした。


 

「ぼくのカナリア返してくれよう!」


 マヤは、自分の肩にカナリアが止まっていたことを思い出し、その鳥を掴もうとしたが、それより一瞬早く、そのカナリヤは飛び去り屋根の上に止まった。マヤは少し涙ぐみながらカナリアを見つめていた。先程からの次々と起こる非日常がマヤを思考を混乱に陥れ、涙を流させていた。




「庭に入っても良いかい?」

 少年はマヤに問いかけた。マヤは半ベソの状態で少年が庭に入って来るのを待った。少年は、マヤの側で、屋根に向かって口笛を吹いた。カナリアは何の戸惑いもなく少年の肩に納まっていた。マヤは少ししゃくり上げながらも、みるみる明るい笑顔に変わっていった。


「このカナリア、お兄ちゃんの? とっても可愛い 」


  少年は少し得意そうに『 そうだよ 』と笑顔を見せた。


「お兄ちゃんのお名前、何ていうの?」

「じゅんいち、なかむら じゅんいち 」

「ジュンイチ!」

「ジュンイチ!」

 

 マヤは心の中で数回繰り返していたが、『 マヤには難しいから、ジュン兄ちゃんでも良い?』と少し許しを請うように(うつむ)きながら聞いた。


 「うん良いよ、家でもジュンって呼ばれてっから 」

 「私は、マヤ 」

 「知ってるよ、友達がマヤのこと色々と話していたから 」

 少年は、少し目を伏せてながらそう言ったが、マヤは気にする風もなく『 もう慣れてるから 』と答え、そして歌を忘れたカナリアを歌い始めた。


    歌を忘れたカナリアは

    後ろの山に捨てましょうか

    いえいえ、それはなりません


 いつしか、少年もマヤに吊られて歌っていた。歌が終わると、『 マヤのお父さんは何処に居るの?』と少年は尋ねた。


「マヤのパパはね、お昼は居ないの!夜になったら、お星様になって見えるの。ママが言っていたけど、北の空で大きく一番光っているのが、マヤのパパだって 」

 マヤは、瞳を輝かせて得意そうに少年にそう言った。


 少年は、その汚れのない純真無垢なマヤの瞳を見ていると『 それはお父様が死んでしまったからだ 』 とはとても言えなかった。


「逢いたいだろう、お父さんに!」


 マヤは、青く澄んだ午後の空を見上げて『 マヤが大きくなったら、パパはきっと逢いに来てくれるの!だからそれ迄、一杯お利口さんにしていないといけないの 』

と少し寂しそうに言った。


「マヤがお父さんに会えるように、何時も天気の良い夜ばっかりだったらとても良いのにね 」


「そう、マヤは雨の日は大嫌い!、だってパパに会えないんだもの 」


 マヤの幼い顔には、再び暗い影が戻り始めていた。少年は言葉が出なくて、ただじっとマヤの顔を眺めていた。


「マヤ!このカナリア貸してあげる 」

「本当?ジュンお兄ちゃん! マヤに貸してくれるの?」


 マヤは驚きと喜びの顔で、青い瞳を大きく開け、少年の顔を見つめていた。この時、少年とマヤの間に、友達を超えた感情が芽生え始めたのかもしれない。


「明日、鳥籠とエサを持って来るよ 」

「もう帰らなくては!母さんが心配するから 」


 夕日が薄く二人の顔を染め始めた頃、少年はちょっぴり名残惜しそうな顔を残して、自分の家へと帰っていった。

 マヤの手の上には、カナリアが一羽、優しくマヤの眼差しを独り占めにしていた。

 マヤは突然に大きな声を出した。

  ” ああっ ”

 このカナリアの名前をあの少年に聞いてなかったことに気がついたからだ。


「カナリアちゃん!!あなたの目も黒いのね!でもマヤは、もうちっとも悲しくなんかない。だって、ジュンお兄ちゃんに逢えたんだもの 」


 マヤは、カナリアを貸して貰ったことは勿論だが、少年の優しい言葉、その気遣いが自分の心の痛い部分に知らず知らずの内に染み渡って、心がぼーっと暖かくなるのを感じていた。それは、母の優しさとは違う別の心地良さでもあった。


 マヤは、カナリアを手に乗せたまま話し始めた。それは、マヤが泣いている時に、母は眠れないでいるマヤの横に座って、繰り返し、繰り返し語って聞かせてくれた童話のようであった。


 カナリヤは何か言いたいのか、マヤの顔を見上げ、しきりに(さえずり)り続けた。

 大人には見られないマヤの澄み渡った水色の瞳の中には、カナリアの黄色がくっきりと写り込んでいた。マヤは、自分がとても疲れていることさえ忘れ、カナリアと自分だけの空間に入り込んでいた。



  カナリアちゃん!

  ジュンお兄ちゃんて、

  とっても優しいね

  カナリアちゃん!

  帰りたいの?

  ジュンお兄ちゃんのところに

  帰りたいの?

  カナリアちゃん

  マヤのそばでも良いよね!

  マヤのお話素敵だったでしょう

  マヤは悪い子って

  みんなが言うの

  ママも悪い女って

  でも、マヤにはとっても優しいの

  カナリアちゃんのこと

  きっとママも喜んでくれるはず

  だって、マヤ、ママが大好きだもの


 マヤが好きなもの

   「ママ」

   「ジュンお兄ちゃん」

   「カナリアちゃん」

   「雨に濡れたみかんの色」

   「雨に濡れたブドウの色」

   「お日様の下のりんご」

   「でも、、、」

   「やっぱり、パパに逢いたい、、、」

   「カナリヤちゃんも会いたいよね、パパとママに 」


 いつの間にか帰って来たマヤの母は、マヤが無心に何かに囁きかけている後ろ姿を見て独り言を呟いているのかと思い、声をかけず夕食の充備を始めていた。小鳥の鳴き声にそれと気が付いたのか、母は『 マヤ!誰とお話ししているの?』と問いかけた。

 それでも気が付かず一所懸命に話しかけているマヤを不思議に思い、マヤの肩を揺する。

「あっ、ママ! いつ帰ってきたの?」

 マヤはひどく驚いた顔をして母を見上げた。


「もうずっと前からよ!」

「ごめんなさい、ちっとも気付かなかったわ!」

「ねえ、ねえ! ママ? このカナリアちゃんとっても可愛いでしょう 」

「どうしたのそのカナリア? マヤちゃん!」

「このカナリアちゃんね、ジュンお兄ちゃんが貸してくれるって 」

「マヤね、庭で蝶々さんとお話ししていたの。その時、ジュンお兄ちゃんとカナリアちゃんが一緒に来たの 」


「ジュンお兄ちゃんって誰? マヤちゃん!」


「マヤ、良く知らないの。だけどマヤにとっても優しくしてくれるお兄ちゃんなの。お星様と、パパのお話とか、カナリヤちゃんの話とか、一杯、いっぱいお話ししてくれたの。明日ね、カナリヤちゃんのお家と食べ物持ってきてくれるって 」


「マヤね!とっても楽しみ 」


「それは良かったね。マヤにも優しい友達ができたのね!今晩は、マヤちゃんにとっても良い友達ができたお祝いに一杯おご馳走作らなきゃね 」


 マヤの母は、上機嫌で料理を続けた。その顔にはいつもに無い微笑みが浮かんでいた。その日からマヤは毎日毎日が楽しく、午後になって垣根越しにやって来るジュンを待つようになった。

 それ以来マヤの顔には久しく失われていた微笑みが少しづつ見られるようになり、暗い面影は次第に消え始めた。


 少年が、垣根ごしにマヤを呼ぶと、決まってカナリヤを持ってマヤは飛び出て来た。


「ママが、カナリヤちゃんの名前つけないと駄目だと言っていたの。マヤね!カナリヤちゃんと言う名前にしようと思っているの。だって、最初からずーっとそう呼んでいたから 」


「ジュンお兄ちゃん!カナリアちゃんのこと、何んて呼んでいたの?」


 少年は、少し歯に噛んだように ” ピーコ ” と言った。その時少年は小鳥の名前をあまりにも安易につけてしまったことを後悔していた。


「カナリアちゃんで良いんじゃないか。マヤも気に入っているんだろう。僕も好きだよその名前 」


「うん!カナリアちゃんって呼びかけると、マヤの方を振り向くの。やっぱりカナリヤちゃんにしよう 」


「昨日ね、カナリアちゃんがママの肩に止まっておしっこしたの。そしてママに怒られたの!マヤがそんなに怒らないでって言ったら、ママは笑って許してくれたの 」

・・・・・・・!

「もう、あんなことしないよね。カナリヤちゃん!」

・・・・・・・!

「カナリヤちゃん、マヤのこと大好きって 」

・・・・・・・!

「ジュンお兄ちゃんもよく言って聞かせてね。もう悪戯はしないようにっ

て!」


「ピーコはマヤみたいに賢い子じゃないから、またするかもしれないよ 」


「困っちゃうなマヤ、またママに怒られるかも知れない?でも良いわ。また許してもらうから。だってマヤのママはとっても優しいの 」

 マヤは澄んだ瞳を輝かせながら、明るい笑顔を見せた。




2.そして旅立ち


 少年は、いつも明るく元気だった。少年の微笑みはマヤにとって春の太陽よりも優しく、そして暖かった。少年の言葉は、冬の日の雪よりも白く、春に咲く花よりも優しく、秋の日の紅葉よりも綺麗だった。


「マヤ!今日は公園へ遊びに行こう。」


 マヤは、普段あまり外に出ることをしなくなっていたが、この少年と一緒なら少しも怖くないと思った。その時、少年の瞳の奥にふっとよぎった影にマヤは気がつき不安になった。


「ジュンお兄ちゃん、今日少し元気がない 」

「何かあったの?」

「マヤのこと? 、、、」

「そう、やっぱりマヤのことなのね。ジュンお兄ちゃんのママが何か言ったの?マヤのことを 」


「マヤ!僕は違うから。母さんが何と言おうとも。僕は変わらないから 」

「マヤのことは、僕が守るから。絶対に!、、、」


 公園のブランコを漕ぎながら、少年はいつもの明るい笑顔に戻ってマヤのことをじっと見つめていた。

 二つのブランコは、いつまでもいつまでも揺れ続けていた。


 やがてその影が長く延び切った頃『 マヤ! 見てごらん。マヤの影があんなに長く大きくなっているよ 』とその影を指差した。


「ジュンお兄ちゃんの影も一緒だね 」


「もうすぐ、マヤの父さんに会えるね 」

・・・・・・・!

「北の空を見てごらん。薄く見え始めて来たよ。そう、あのぼんやりと見えているのがマヤのパパなんだな。ほら、こっちを見て笑っているように輝き始めたよ。とても綺麗だな!」


 少年は、マヤの澄んだ美しい瞳を見ながら考えていた。

「どうして青い瞳がいけないんだ?どうして混血がいけないんだ 」

 そして自分にそう問いかけた。


 マヤと少年とカナリヤは、次の春も夏も秋も、そして冬もマヤの家の庭先や公園で見かけることができた。


 やがて春が訪れ、少年はマヤの家の庭の塀越しにマヤに話しかけた。その黒い瞳には大粒の涙が浮かび、そして頬を伝わって落ちていった。少年は泣いていた。


「マヤ!ごめん。マヤのこと絶対にずっと守るって言ったけど。守れなくなってしまった。父さんが仕事で東京に転勤する事になってしまって、僕も一緒に行かなければならなくなってしまった。マヤのこと、絶対守るって約束したのに!」


 マヤの驚いた顔が、次第に歪み、大粒の涙が次々と浮かんでは溢れ、庭の花を濡らした。


「カナリヤちゃんはマヤにあげるよ。」


「カナリヤちゃんのこと大好きだけど、ジュンお兄ちゃんがもっと好き 」


 もう、二度と逢えないと思うと、マヤは、全身の力が抜け落ちていくような目眩を感じていた。そして、少年は何度も何度もマヤの方を振り返りながら帰って行ってしまった。



 それから十数年が過ぎ、マヤは、流れるような金髪、どこまでも澄み渡った青空のような瞳の大人となって、芸能界のオーデイションを次々と勝ち抜き、東京の大きななプロダクションのスターとなっていた。多くのフアンクラブも出来、歌や踊りや映画出演など忙しい毎日を送っていた。


 そんなある日のサイン会で、マヤはサインを頼まれた。その青年は、サイン用の色紙を手渡すとき『 マヤ! 』と小さく呟いた。


 久しく呼ばれたことのない、自分の本名を囁かれたマヤは、弾かれたようにその青年の顔をじっと見つめた。


 青年は、『 マヤを守るって言った約束果たせなくてごめん!今からでも遅くないかい。あの約束 』と、恥ずかしそうに視線を下ろした。


 マヤの、驚いた白い顔が次第に紅潮して行った。


 「ジュンお兄ちゃん!」

「私もごめんなさい、あのカナリヤちゃん死んでしまったわ。だけど、あのカナリヤちゃんのおかげで、私は今ここに居られるの。そしてまた今ジュンお兄ちゃんに逢うことができたの 」



  黒い、絵の具で

  一回、

  さらに、もう一回

  重ねて描いた、絵のように

  心の中は、暗闇なのです


  小鳥の声を聴いても

  蝶々さんと話をしても

  

  ママの顔を見ても

  本を読んでも

  情け深い犬の眼差しを見ても

  何となく心は晴れないんです


  空のない夜は

  今日もやってくるのかしら?

  星が見えたら

  窓を開けて

  お祈りしましょう

  お父様に、、、


  明日の天気のように

  どうぞ

  わたしの心も晴れますように

  そして

  明日もまた

  あなたに逢えますように



      「明日天気にな〜れ」







               終わり

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