十八話 息抜き
リノウス星系は、三つの居住可能惑星と四つの交易コロニー、一つの研究コロニーを一つの恒星系に抱えている栄えた星系である。
トラビッシュ宙域の主な産業が、資源採掘であったことに対し、リノウス星系では巨大星間企業のエグロン社とその系列企業が生み出す多くのハイテク製品の輸出と、それを生産するための資源の輸入が盛んにおこなわれており、交易船の行き来が非常に多い。
その交易船を狙う宙賊も当然おり、護衛依頼を行なう傭兵の需要が高いというわけである。
現在、アレンたちスターリングの面々が乗るジーベックは目的地へ向かって超光速航行中であり、メンバーは思い思いの場所で過ごしていた。
そしてスターリングの団長を務める作業着姿の青年アレン・リードは、格納庫にてゼナの搭乗機であるエルカノの戦闘データとにらめっこしていた。
「やはりエルカノはシルヴァーナと相性が悪いな」
アレンが頭を悩ますのは、先の合同依頼の戦闘データから見えたシルヴァーナとエルカノの運用課題だ。
シルヴァーナとエルカノでは、最高速度に大きな差があるという問題だ。
シルヴァーナは高機動戦闘が設計思想の根幹にあるため、長距離射撃用に改造されたゼナ専用エルカノと相性が良くないのはある程度仕方のないことではある。
しかし、ゼナがネオンを援護する戦況は今後も起きるだろう、その場合に毎度シルヴァーナがエルカノのバックパックを掴んで、運搬するというのは非効率すぎる、二機を管理する整備士として許すことはできない。
「専用のフロートを用意する、いや、無しか」
エルカノが乗る専用のフロートを用意する方策を一瞬思いつくが、すぐに問題が思考に浮かんできて却下する。
現実的な問題が二つ、一つはジーベックにはカタパルトがないので、フロートの運用に適していないこと、二つめはフロートの推力でもジーベックには及ばない可能性が高いことだ。
(前者はARMSの運用を前提とした船なら可能だな、後者の解決策は…)
「エルトロンジェネレーターに換装する?、駆動系を刷新するとしても運動性能をあげるのは難しいか」
アレンは手早く、脳内でシュミレーションを組み上げるが、問題はそう簡単に解決しないことが分かった。
それはひとえにエルカノのマシンポテンシャル不足に他ならない。
「やはり新しく作るしかないか」
アレン謹製の厳重なセキリュティに守られた小型端末を起動したアレンは、『レヴィーヴァ』と書かれたファイルをタップした。
そこには未完成のARMSの機体データが、入っている。
以前ネオンにチラ見せした時から変化したのは、機体名を付けたぐらいで、設計図を書く作業自体は遅々として進んでいない。
しばらく設計図を睨んでいたアレンは、意を決したように立ち上がり、設計ファイルを閉じて、格納庫を後にした。
◆◆◆◆
インスピレーションというものは、座しているだけでは湧いてこない。
それを経験則で知っているアレンは、煮詰まってしまった時は、何も考えず、歩くことにしていた。
歩くという行為に大した意味はない、それはアレン流の設計図のことを思考から切り離すための行為だ。
目的もなく、ジーベックの船内を歩くアレンの姿をリラクゼーションルームの扉越しに見かけたゼナは、声を上げる。
「アレンの野郎は、何してるんだ?」
「いつものやつ」
「いつもの?」
「ん、研究とかが上手くいかない時はああして、目的もなく歩く」
「へぇー、つまり暇ってことか」
ソファーから立ち上がったゼナは、リラグゼーションルームを出て、アレンの背中に声をかける。
「アレン、今暇か?」
「ああ」
「なら少し付き合えよ」
手招きしてリラグゼーションルームに引っ込んだゼナを、追いかけるようにアレンはリラグゼーションルームに入る。
部屋に入ると、ソファーに座るネオンが目に入り、次いで卓上のホログラムが目に入る。
「チェスか、随分と古典的だな」
リラグゼーションルームを作る際、めぼしい盤上遊戯はあらかたダウンロードしたが、その中でも二人が遊んでいたのは、もはや化石レベルと言っても過言ではないほどの、歴史を持つチェスだった。
「シンプルが一番」
「結局な」
ネオンの隣に座ったアレンが、ホログラムの盤上を見ると、ネオンの圧勝だった。
「戦績は?」
「20戦20勝0敗」
ゼナでは、ネオンの相手にはならなかったらしい。
「アレン、暇なら付き合えよ」
どうやらゼナは、ネオンにボコボコにやられて喪失した自信を取り戻したいようだ。
「構わないぞ」
ゼナの思惑を看破しつつも、アレンは快諾した。
設計図のことを一度頭から追い出したいアレンにとっては、誘いを断る理由がなかった。
ネオンにひとり分横にズレてもらって、プレイする席を譲ってもらう。
「ルールは分かるよな?」
「あらかたは大丈夫だ」
「それならやるぞ、先手は譲るわ」
アレンにチェス経験は、全くない。
ARMSの開発に捧げた人生、娯楽の類を触れてこなかったので、仕方のない部分ではあるとアレンは思っている。
それでもゼナにパーフェクトゲームで負けたのは、さすがに驚いた。
「ゼナって強いんだな」
「そうだよ、これでも分隊では負け無しだったんだ」
ゼナはネオンを睨みながらぼやく。
「分隊?」
「傭兵をやる前は、連邦軍人をやってた、最終階級は大尉だぞ」
アレンは無言でもう一戦を要求し、ゼナはそれに応じる。
「驚いてないな、ま、当然か」
「ゼナだって俺たちが、元軍人だと知って驚かなかっただろ」
「アレンはともかくネオンは納得しかなかったよ」
「私も、ゼナは戦い方が熟練の狙撃兵のそれだった」
「ふん」
嘆息したゼナは、アレンの歩兵を討ち取る。
「脱走と不名誉除隊の人間が所属する傭兵団か、真面目な軍人が知ったら怒りそうな面子だな」
「何をやらかしたんだ?」
大尉が不名誉除隊とか、いったい何をやったのかと、アレンは戦々恐々としながらも聞く。
「ばかであほの無能を半殺しにしたら、お前らも不名誉除隊になるぞ」
「絶対にそれだけじゃないだろ」
一般兵卒であれば、不名誉除隊も頷けるが、大尉という階級の持ち主がそれだけで不名誉除隊になるとは思えない。
「その半殺しにした奴が中将の愛息子だったんだよ」
「辞められて良かった」
ゼナの致命的なやらかしに、ネオンは端的に慰める。
「本当にな。軍人として命令に従い死ぬのは構わないが、無駄死にはごめんだ」
アレンの自陣はほぼ壊滅状態で、ゼナは粛々とチェクメイトする。
「そういうお前らは?、何が理由で軍を脱走した?」
「理由は色々、ひとつ言えるのはあそこは私の家じゃなかった」
「家、ね。アレンは?」
「俺はネオンとシルヴァーナに全てを捧げるって決めてるんだ」
「へぇ、ゾッコンってわけか」
「ゾッコン?、そうなのかもな」
からかったつもりが、薄く笑ったアレンに、ゼナは欲しかった反応が得られず、唇を尖らす。
「アレン」
「ん?」
「私もアレンの為なら何でもする」
ネオンの言葉に、アレンは無言で頭を撫でた。
頭を撫でられたネオンは、嬉しそうに微笑む。
「お前らはマジで特殊なんだな」
「え?」
「なんでもねぇよ、もう一戦付き合え」
アレンはゼナの誘いに応じ、当然のごとく負けた。




